こよりバトル・オブ・トイレ
同じ制服だった。
わたしは七夕短冊。都立第三女子中学校の三年生。わたしには悩みがあった。実は・・・このところ毎朝、通学中の電車内で痴漢をされていた。
ずっと女子ばかりの学校に通っていた。だから男の人がどんなものか知らなかった。痴漢もはじめは何をされているのかわからなかった。
わかったときには時すでに遅くターゲットにされていた。痴漢をしても騒がない女だと認識された。その翌日から地獄がはじまった。
気持ち悪い。怖い。誰か助けて。
けれどわたしの声は小さすぎた。だから誰にもわたしの声は届かなかった。その日も痴漢に体を触られて、気持ち悪さと怖さと自分の弱さと世の中に絶望していた。
でも彼女はちがった。わたしの声に気づいてくれた。わたしよりも小さな体でわたしよりもかわいい顔でわたしを助けてくれた。
「痴漢されてる女の子の心はもっと痛いんだよ!」
怒ってくれた。わたしのために怒ってくれた。
これはきっと運命。神様がくれたプレゼント。
次の駅で痴漢の男を突き出すときに彼女はお姉様らしき女性と電車を降りてしまった。ちゃんとお礼も言えなかった自分が情けない。
でも大丈夫。
だって同じ学校の制服を着ていた。これからも彼女と会える。もしかしたら今日、学校で会えるかもしれない。そしたらちゃんとお礼を言おう。お礼をしよう。
なにをプレゼントしたら喜んでもらえるのかな。友達になってもらえるかな。
いつのまにか短冊は毎日に絶望していことさえ忘れていた。考えることはあの美しい少女のことで占められていた。
学校に向かう足取りはとても軽かった。
「神人こよりです。よろしくお願いします」
ボクは初日から学校に遅刻した。あの痴漢野郎のせいだ。つぎに電車であったらぶっ転がしてやる。お姉ちゃんも隣接する高校だから、姉妹同時で盛大に遅刻したことになる。
「ごめんなさい。お姉ちゃん」
「気にしないで。あなたは良いことをしたのだから」
「ありがとう」
「では職員室に行きましょうか」
「うん・・・でもお姉ちゃん」
「校内では手を離してくれないかな」
「駄目よ。誘拐されちゃうかもしれないでしょ」
いや学校の中で誘拐されないから。どんだけ妹が心配なの。電車内でも駅からもずっと手をつないで登校したボクたち姉妹。
遅刻したせいで登校中の生徒はほとんどおらず、校内にはいっても授業中で目撃者がほとんどいなかったのは幸いだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「失礼します」
「しまーす」
職員室に姉妹が入室する。姉の顔をみた教師たちがざわめいた。
「今日から転入する妹のこよりを連れてきました」
「ああ、おりがみさんの妹さんか」
「それでは先生。妹のことをどうかよろしくお願いいたします」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「いいのよ。困ったことがあったらなんでも相談しなさい」
「わかった」
姉が職員室から出ていく。なぜか教師たちがほっとしたようだった。まあ男とみれば「寄らば斬る」オーラを全開で放出している姉だ。教師もとっつきにくかっただろう。
「あれがゴッド・イーターの妹か」
「問題を起こさなければよいが」
「かわいい顔してどんなことをしでかすのやら」
うん??なんだか姉のせいでボクまで変な目でみられているぞ。きっと気のせいだろう。
その後、三年一組に案内され自己紹介をした。
「かわいい」
「お人形さんみたい」
「でも性転換者なんでしょ」
「抱いてほしい」
「ゴッド・イーターの妹よ」
「ならこのクラスの女はみんな喰われちゃうのかしら」
女子高のせいかヒソヒソ声もバラエティ豊かだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
キーンコーンカーンコーン
「やばいトイレもれるもれる」
昼休み。ボクは隣の旧校舎に急いでいた。
性転換者は元が男性。いくら体が女性でも忌避感を覚える女生徒は少なからずいる。
そのためにトランスレーター専用のトイレが旧校舎に用意されていた。もちろん元男性なので男性用の個室に入室する。
どのみちホースがないから座ってするしかないんだけどね。この時だけは面倒に思う。だって男ならさっと取り出してさっと放水してさっとしまう。この動作が一分もかからない。けれど女性は違う。個室にはいって脱いで座っていたしてふいてはいて立って出る。
トイレを利用する目的のほとんどが小の男にとって、個室は大以外に入る必要のない場所だったりする。
男の用足しについて語るのはここまでにしよう。とにかくセーフだった。それだけでいい。
「だから足りないって言ってるんだよ!!」
「おまえ舐めてんのか!!」
「体を売ってでも金つくってこい!!」
ガシャーン。隣の女子用トイレから凄い音がした。ああ、これはイジメもしくは恐喝だな。
声からすると三人で一人をイジメてるようだ。
「ちょっとフェアじゃないな」
体が女なボクはスタスタと女子トイレに入っていった。
「もうお金はありません!」
「作ってこいや!」
「その立派な胸があれば簡単だろ」
「なんなら客を紹介してやるぜ」
文字だけみると男みたいなセリフだよね。
「はいはーい。イジメはやめましょうねー」
「なんだテメエは」
「ひっこんでな」
「それともお前がこいつの代わりに金払うのか」
あー、悪い奴らの典型だ。これ。
「なんでボクがキミたちにお金を払わないといけないのさ」
「舐めてんのか」
「おまえ、この人は拳法部の部長だぞ」
「そのかわいい顔ぐしゃぐしゃにしてやろうか」
少しムッとした。こいつら拳法部の人間か。弱いものを守る拳法をイジメに使うなんて。
「拳法って弱いひとを助けるものだよね」
「そんなの知らねえよ」
「強いモノが勝つ。そしてすべてを手にする。それが世の中だ」
「さっさと消えろ」
はぁ。ダメだこいつら。早くなんとかしないと。
「もういいよ。ケンカは口でするものじゃないでしょ」
「ほぅ、なら主将であるわたしが相手をしてやる」
「主将やっちゃってください!!」
「早く来なよ」
奥にいた拳法部の主将が突っ込んでくる。さすがに素人のようなテレフォンパンチは打ってこないだろうな。
「おら!ぶっ飛びな!!」
拳を縦にまっすぐボクの顔めがけて突き出してきた。鼻の急所を狙うあたり、こいつ喧嘩慣れしてるな。ボクは少し体重を後ろ足にかける。
ドスッ
鈍い音がした。
「やった!」
「さすが主将の上段突き。いい音する!」
「グフッ」
次の瞬間、主将が腹をおさえて崩れ落ちた。グフって言っても青いモビルスーツの名前じゃないよ。
「人間ってさ。腕よりも足の方が長いんだよ」
主将の腹。急所である鳩尾にはボクの足先がめりこんでいた。ボクはただ足を出しただけ。しかも相手から突っ込んできたからカウンターで倍の威力にはなっただろう。
「こいつ」
「よくも主将を」
不良部員A子とB子が同時に突っ込んでくる。さすがに足技は警戒しているようだ。ならば油断を誘ってみるか。
くるり
ボクはA子に背をむけた。
「馬鹿が。いまさら逃がすかよ」
ドスッ
A子の腹にボクの回転後ろ直線蹴りがさく裂した。ボクはただ後ろをむいて右足を出しただけ。A子から突っ込んでくれたのだからラクチンラクチン。
「こいつ」
次にB子が突っ込んでくる。弱い者いじめになってきたのでそろそろ勘弁してやるか。
A子の腹にささった右足を床に下ろす。そして右足を軸足にしてB子の顔面に左足の足刀を決める。つもりだったけど、相手が女の子なので一センチ前で足をとめた。ピッタリと。
「ひっ」
B子の動きがとまる。すかさず左足を降ろすボク。またその左足を軸に今度は右足の足刀をB子の顔面一センチ前でピタっと止める。
「まだやるかい」
「ひいいいい」
「お前・・・素人じゃないな」
「あ、こいつ」
「全中で優勝した神人こよりだ!!」
「いやだってアイツは男だろ」
「今日から女の子でーす」
主将と不良部員A子とB子はポカーンとしていた。だって本当のことなんだから仕方ない。
「今度やったら部活ごと潰すから」
「わかった。もう手は出さない」
無事なB子に肩をかされた主将とA子はおとなしく出て行った。
「キミ大丈夫かい」
「あ、はい。ありがとうございました」
「いいよ。当たり前のことをしただけだから」
そこには黒髪をおさげにした眼鏡の知的な女の子がいた。胸は・・・姉さんより大きかった。
「またカツアゲされるようなら言ってね。すぐ部活ごと潰してくるから」
「あなた強いのね」
「そんなことないよ。もっと強い奴はいくらでも世界にいる」
「ふふ、それでいて謙虚でかわいい」
「ボクは神人こより。今日から転入した三年生さ」
「わたしは笹飾ねがい。おなじ三年生よ」
「ねがいちゃんね。よろしくさん」
「ねえ、こよりちゃん。お礼がしたいわ」
「いらないよ」
「そういわずに」
ちゅっ
ねがいちゃんがボクの唇に唇を重ねた。
ボクのやり直しファーストキスの場所は女子トイレだった。
はい異世界シニアです。
いっきに登場人物が増えてきました。名前を考えるだけで大変です。
いちおう、こより、おりがみときて短冊、ねがいと七夕系で攻めております。
さて次回のプロットはとくに考えておりません。
こよりトランスレーション。こより大人のキスをする(仮)
我を守りしものよ その名を示せ。