こよりコミカ
「お姉ちゃん、ボク恥ずかしいよぅ」
「我慢なさい。これがわたしたちに与えられた最重要任務よ」
カシャカシャカシャカシャ
パシャリ
眩いばかりのカメラのフラッシュが焚かれる。絶え間なく光るフラッシュの数に目を開けているのも大変だ。
ここは夏コミ。コミック・カタログ会場。会場は異様な興奮に包まれていた。そしてその中心には二人の姉妹がいた。
「氷の女王だ!」
「天使こよりんよ!!」
「百合の子で来たか」
「なんでポップティーンの二人がこんなところに!?」
「素敵。ジュンとしちゃう」
騒げ騒げ有象無象ども。そしてSNSを炎上させろ。それがさらにわたしの人気を確実なものにする。
わたしは野獣先輩。漫画家だ。夏コミで百合の子の同人誌を頒布することにした。ただ売るだけでは面白くない。そこで百合界隈では有名な神人おりがみ、こより姉妹を召喚した。
結果は想像以上。同人誌は飛ぶように売れ、ヒヨッターのトレンドにも"百合の子"がランクインするほどの注目を集めていた。
夏コミ開催前の二人との打ち合わせを思い出す。
「え、ボク立ってるだけでいいんですか」
「なるほど・・マネキンですか」
「さすがプロだね。話が早い」
「野獣先生ほどではありません」
頭の回転も早く、決断力・判断力もある。これがわたしのおりがみさんの第一印象だった。好みの女を根こそぎ喰らうゴッド・イーターの異名は伊達ではないか。こよりくんの姉、恐るべし。
この子とはこよりくんをめぐっていつか勝負をする予感がした。
「わたしからのオーダーは一つ。有象無象に見せつけてやれ」
「お任せあれ。神喰いの名にかけて」
「え、え、え」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
なんてことだ。あちらからチャンスをくれるとは。これでこよりは完全にわたしのモノ。
わたしは神人おりがみ。妹を世界の誰よりも愛する姉。いや、いまは百合の子の姉のパール。
わたしが受けたオーダーはたった一つ。
公衆の面前でただひたすら妹のダイヤとイチャコラすること。
野獣先生にわたしの本気を見せてやる。
「全集中!百合の呼吸!!」
コミック・カタログ2025夏開催です。パチパチパチパチパチパチ。
いよいよ戦闘開始の合図だ。
「「「野郎ども気合を入れろ!!!」」」
さすが拳法部のモブ三人衆。腹から声がでている。野郎は一人もいないけれど。
「おーっほっほ。誰が主役か。わからせてさしあげますわ!」
帝織姫さんもノリノリね。
「こより様!短冊の勇姿、見ていてください!」
七夕さん、戦闘といっても合戦じゃないから。その気合はイキスギ。
「ゆっくり見ていってね♡」
笹飾ねがいさんのゆるさが救いよ。このメンバーだと。
「ハーイ!ミーはココにイマース!!」
クリスくん。あんまり跳びはねないで。いくら見せパンでも、見放題になってるから。
「いらっしゃいませ!」
わたしは百合崎百合。神人こよりくんの彼女。今日はクラスメイト役のサファイアを演じている。
お姉ちゃんが描く百合の子はTVアニメにもなるほどの人気漫画だ。そのキャラクターを妹である自分が演じている。売り子として役立っている。やりがいはある。
できればダイヤ役のこよりくんともっとイチャコラできたらよかったのに。でもその役は姉のおりがみさんに独占されてしまった。
少し寂しいけれどこれが姉から与えられた役目だもの。いまは目の前に集中すべきだ。
「ありがとうございます!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
昼近くになり、だいぶ落ち着いてきた。
「打ち合わせどおり、交代で食事と休憩をとろう」
「水分補給を忘れずに。トイレも我慢しないこと」
「先におりがみさん、帝さん、七夕さん、クリスくん行ってくれ」
「わかりました」
みんな姉の指示に従う。残されたわたしたちはモブ三人衆と売り子をすることになるだろう。
「おっとサファイアはこっちだ」
「え」
「ダイヤ。まだ一時間は大丈夫かな」
「はい先生!!」
お姉ちゃん。わたしとこよりくんを二人にするための時間をわざわざ作ってくれたんだ。嬉しくて涙がでた。
「百合ちゃん、お化粧が落ちちゃうよ」
「こよりくん」
そっとハンカチでこよりくんが涙を拭いてくれる。その時だった。
うおおおおおおお
ぶふぉ
きゃっ
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ
パシャリパシャリパシャリパシャリパシャリ
おりがみさんの時とは比べ物にならない歓声とシャッター音が響き渡った。
「ダイヤサファイアきた!!」
「なんて新鮮なの!」
「ここが天国か!」
「てぇてぇよぅ」
まいったな。まさかここまでとは。二人の絆は肉親さえも予想できないほど深まっていた。
「これが本物の愛の力か」
なにも肉体関係だけが愛ではない。お互いを大切に思うからこそ踏み込めない愛もある。ささやかな愛。秘めた想い。わたしがダイヤとサファイアの二人に求めたものだ。
「凄い」
「呼吸ぴったりよ」
「まるで輪舞じゃないか」
「綺麗」
そりゃそうだ。二人は幼なじみ。さらに拳法道場で切磋琢磨している。呼吸なんてあわせなくても自然にあってしまう。自分のことよりも相手のことがわかる。
おりがみさんがこよりくんを振り回していたのだとしたら、いまは二人で仲良くダンスを踊っているようなものだ。
どちらが優れているわけでもない。けれど、こよりくんの良さを引き出しているのは百合で間違いがなかった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「喜んでもらえたかな」
「うん!」
「さあ二人でお昼を食べておいで」
「行ってきます!!」
仲良く手を繋いでブースを出ていく二人を親のような心でわたしは見送った。
「こより」
なんてこと。わたしの全力が負けるなんて。神人おりがみはすべて離れたところから二人の様子を見ていた。
もう猶予はない。ゆっくり攻略なんて眠たいことは言ってられない。
今夜、天使を堕とす。
おりがみの心は嫉妬で黒く染められていた。
はい異世界シニアです。
夏コミ初日がやってきました。こよりハーレムフルメンバーです。
ただ姉が闇落ちしました。
さあどうなりますか。
次回こよりトランスレーション。こよりフォールンエンジェル。
見てください!!




