Ep2.0 What's Inside the Box?
『お嬢様、宅配ボックスにユウマ様から荷物が届いていおります』
自宅マンションの駐輪場にL.U.N.Aを格納したところで光が報告する。
「アニキから?」
差出人の情報を確認すると、確かに兄・ユウマの名前が記されていた。しかし、最後に連絡を取ってからしばらく経っている。突然の荷物に違和感を覚えながらも、エレベーターを使わずに階段を駆け上がる。
部屋に入るなり、ヒカルのホログラムが目の前に浮かび上がった。少年執事姿のAIは、いつもの飄々とした口調で言う。
『お帰りなさいませ、お嬢様。ですが、少々気になることがございます』
「ん? 何?」
『先ほど届いた荷物ですが、発送元のデータに不審な改ざんが見られます。ユウマ様からのものに間違いはないと思われますが、慎重に確認したほうがよろしいかと』
「……やっぱり?変だと思ったんだよね」
レイナはセキュリティボックスから荷物を取り出し、慎重に持ち上げた。無地の梱包、手書きの宛名。いつもなら兄はもっと几帳面に送り状を記すはず。
「開ける前に、念のためスキャンを」
『既に行いました。爆発物や毒物の反応はありませんが……』
「ないけど?」
『データチップが含まれています。しかも、かなり高度な暗号化が施されているようですね』
レイナは息を飲んだ。ユウマがこんなものを送るなんて、ただ事ではない。慎重に梱包を開き、中から小型のデータチップと一枚のメモを取り出す。
[真実を知りたければ、これを解読しろ—— Y]
「……アニキ、何に巻き込まれてるの?」
その瞬間、ヒカルが鋭く警告を発した。
『お嬢様、室外に不審なシグナルを感知しました。監視カメラの映像を確認しますか?』
レイナの心臓が高鳴る。どうやら、ただの荷物では済まされないらしい——。
「ヒカル、至急映像を」
ホログラムが切り替わり、マンションの外に停車した黒い車両が映し出された。後部座席の窓にはうっすらと人影が見える。
『通信傍受の痕跡もあります。おそらく、レイナ様の端末の通信状態を監視していると思われます。』
「……マジ?」
レイナは即座に決断した。データチップを握りしめ、荷物の梱包材を手早く処分する。
「ヒカル、L.U.N.A.の起動準備」
『承知しました。すぐに出られるよう整えます』
何者かが見張っている。兄の荷物がただのメッセージで終わるはずがないことを、レイナは本能的に悟っていた。
——L.U.N.Aが起動し、灯火類が輝きだす...
レイナはヘルメットを手に取り、勢いよく玄関を開けた。エレベーターは使えない。階段を一段飛ばしで駆け下りながらヒカルに指示を飛ばす。
「周囲のカメラ、リアルタイム監視!不審な動きがあったら即報告!」
『了解しました、お嬢様』
レイナは駐車場のスロープを降りきると、低い天井から垂れ下がる蛍光灯が、無機質な白い光を放っていた。湿ったコンクリートの匂いが鼻を突く。だが、次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。
〈囲まれている…動きが早すぎるんですけど!ヤバイ…かも〉
足音もなく現れた全身黒ずくめの男たちが、四方を囲むように立ち並ぶ——明らかにプロの立ち回りだ。
その内の一人が背後からレイナの肩を掴み、
「おいおい、嬢ちゃん。悪いがここから先は通行止めだぜ?」
(このっ!)
レイナが男の腕を振り払おうとした瞬間!地下駐車場に回転子が奏でる高周波のノイズが響いた。
——キイィィィィィィン!!
突如として暴漢たちの間に青銀色の車体が割り込んだ。L.U.N.A——レイナの相棒である電動バイクが、火花を散らしながらドリフトして滑り込む。自動運転モードで、暴漢の隙間を正確に縫うように侵入し、レイナの目の前でピタリと停止した。
「お出迎え、サンキュー!」
澪奈は肩を掴んでいる男をヘルメットでぶん殴り、L.U.N.Aに飛び乗った。バイクに跨った瞬間、ヒカルがニヤリと笑う。
『お嬢様、ここはお任せを。』
次の瞬間、L.U.N.A.の後輪がうなりを上げた。モーターのトルクが極限まで引き出され、タイヤがコンクリートを噛んだままその場で暴れ出す。
キュルルルルル――ッ!!
灰色の煙と焦げたゴムの匂いが一気に立ち上り、L.U.N.A.の車体が横滑りを始める。その軌道はまるで獣が咆哮しながら円を描くような、螺旋の弾丸。
――ドーナツターン!
「うわっ!?」
「ぐぅッ!」
バイクの旋回軌道に巻き込まれた黒ずくめの男たちは、反応する暇もなくタイヤの側面に膝を蹴られ、腹を抉られ、次々に吹き飛ばされる。電動バイク特有の無音に近い滑走と、機械が叩き出す強烈な遠心力――音もなく迫る暴力に、男たちはただ地面に転がされるしかなかった。
レイナはハンドルを切り、蹴散らされた男たちの間をすり抜ける。
「悪いけど、遊んでるヒマはないんでね!」
L.U.N.A.はそのままスロープを駆け上がり、出口へと向かう。背後では呻き声と金属音が響いていたが、レイナは振り返らない。
駐車場のシャッターが閉まりかける中、L.U.N.Aはブーストモードで最大出力にしてギリギリで滑り込んだ。
「はー、危なかった!」
息をつくレイナに、ホログラムの葵が得意げに言う。
『お見事でした、お嬢様。』
「はいはい、お前もグッジョブ!」
マンションの駐車場からの逃走には成功したが、敵はすぐに動いた。黒い車両の一台が並走しながら窓を開ける。黒ずくめの男が口元に笑みを浮かべて、サブマシンガンを構え——。
「ちょっ、待っ——」
だが、聞こえる筈の銃声が聞こえず、マズルフラッシュと弾痕がレイナを追いかける。
「ヒャーぁぁあーっ!!!」
澪奈はL.U.N.Aを右にバンクさせ、壁を走行し弾道を回避。壁を蹴るようにして追跡車の前に躍り出る。
〈音消しの魔術?マギアまで居るの?ええいっ!考えてる暇はない、今は!〉
「コンニャロー、お返しだっ!」
L.U.N.Aからスタンボムが転がり落ちる。
『ビンゴ!』
ヒカルの声が響くと同時に、車両の電子機器が一瞬でダウン。操縦不能になった車がガードレールに衝突し、火花を散らしながら停止した。
「ヒカル、他の追跡は?」
『車両2台とドローン3機が後を追ってきてます。』
残る二台が速度を上げ、レイナを挟み込もうとする。
「お嬢様、前方の交差点。左に曲って高架下へ」
「OK!」
L.U.N.Aのブーストモードを再び起動し、急加速。レイナは敵車の動きを見極めながら、一瞬の隙を突いて左折。タイヤが滑るが、すぐにバランスを立て直し、高架下の狭い路地に突入する。
「お嬢様、追跡車両の一台、進入困難と判断。現在撤退中」
「もう一台は?」
「まだ追ってきます」
バックミラーには、しつこく食い下がる最後の黒い車両。その瞬間——
「前方、封鎖されてます!」
レイナは前を見る。工事現場の障害物が行く手を阻んでいる。だが、迷う暇はなかった。
「大丈夫!」
アクセル全開。L.U.N.A.の静電吸着装置を起動し、レイナの霊子を込めるとホイールが紫電を発し、バイクごと鉄骨の足場を駆け上がる。瞬間、バイクが宙を舞い——。
レイナはおもむろにハンドルから手を離し、後ろを振り返る!
空中にドローンを視認すると、右手の人差し指と中指を一機のドローンに向け、親指を添えて銃の形を作る。
『お嬢様。敵機ロックオン。予測進路算出完了。行けます!』
ヒカルの合図を受け、レイナはひと言呟く…
BANG!!
刹那、眩い青白い雷光が天から降り、蛇のようにうねりながらドローンへと伸びる。
放たれた雷撃は一本の線に収束することなく、瞬時に三方へ分岐。光の槍となって疾駆し、正確無比にドローンの機体へと突き刺さる。
バチィィィン!!
爆ぜる閃光とともに、ドローンの機体が激しく痙攣し、制御を失って揺らめく。高圧電流に晒された機械は一瞬でシステムを焼かれ、青いスパークを撒き散らしながら次々に墜落していった。
地面に叩きつけられた残骸から煙が立ち上るのを確認し、レイナは小さく息をつく。
「まったく……こんなおもちゃみたいな耐久力じゃ、遊び相手にもならないっての」
空中に残る微かな電気の余韻を払いながら、視線を前に戻す。
「ヒカル、着地制御!」
『お任せを!』
L.U.N.Aはスムーズに着地し、そのまま夜の街へと疾走していく。背後では、追跡車両が対応しきれず、急ブレーキをかけながら止まった。
「……ふぅ」
レイナは息を整え、ギアを入れ直す。
『お嬢様、敵の通信を傍受しました。『対象、逃走。プランBに以降』とのこと』
「プランB——、ね」
レイナは口元を歪める。当たり前だが、これで終わりではないと言う事だ。
「ヒカル、新横のアニキのセーフハウスまでのルートを案内して」
『了解しました、お嬢様』
夜の街を切り裂くように、L.U.N.A.はさらに加速していった。
(しっかし、街中で平気で魔術を使って銃をぶっ放すって…アニキ今度はどんなヤツらに手を出したのよ…)




