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冥約都市  作者: 迂遠るら
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Ep1.0 So… A Rival?

麻宮騎亜先生のサイレントメビウスが好きなので…

 レイナは、目の前に置かれた熱々のチャーハンを見つめ、思わず笑みを浮かべた。

 レンゲを手に取り、ふわりと香る湯気ごと一口頬張る。


「んんっ、最高……!」


 パラパラの米に絡んだ卵のまろやかさ。カリッとしたチャーシューの食感。口いっぱいに広がるニンニクの香りに、自然と顔がほころぶ。


(たまにはチャーハンも良いよね。)


(お嬢様、また昼間から油と炭水化物の食事とは…しかも、ニンニク臭まで…)


 昨日のラーメン屋がアレだったので、フラッと目についた町中華入ったが、当たりだった!幸せそうに頬を膨らませながら、最後の一口までしっかりと味わう。


 ふと厨房に視線を向けたレイナの目に飛び込んできたのは、見覚えのある顔だった。

 頭に包帯を巻いたまま、あのラーメン屋の店主が、中華鍋を豪快に振るっている。

 一瞬、時間が止まったような感覚――


「……えっ?」


 目が合った瞬間、店主は口の端を上げ、いたずらっぽくウインクを寄こす。

 思わず二度見したレイナの動揺などどこ吹く風。彼は次の瞬間にはもう、炎を操る料理人としての顔に戻り、激しく燃え上がる火と鉄鍋のリズムに全神経を注いでいた。


 まるで――炎と会話しているように。


(無事で良かった…)


 満足感に浸りながら店を出ると、脳内コンソールに通知が届いていた。


「ヤッホー、何してる?今夜合コンやるんだけど、来ない?メチャメチャ楽しいメンバー集まってるからさ!」


 送り主は、大学の友人・アイ。


「ごめん、今日はバイトなんだ。また今度誘って!」


 即座に返信すると、すぐにメッセージが返ってくる。


「そっかー、残念!でもバイト頑張ってね!次は絶対に来なさいよ!」


 思わず苦笑する。


「……ふぅ」


 ふと、視界の隅でヒカルがやれやれと肩をすくめるのが見えた。


『お嬢様、せっかくのイブなのに合コンすら行かないとは……』


「うるさいなぁ、別に興味ないもん」


『──はぁ……まあ、お嬢様らしいですが』


 小さくため息をつくAI執事に呆れながら、レイナは愛機〈L.U.N.A.(ルナ)〉に跨り、バイト先へ向かった。


 ◆


 ──三十年前の大震災で、東京湾岸部の風景は大きく変わった。

 首都・東京は壊滅的な被害を受け、政府機能は富士の麓に移転。今では新たな首都〈央都〉が築かれている。

 横浜も沿岸部が大きく損壊したが、霊子ホットスポットの発見により、魔術特区として再開発が進んだ。

 かつての中心部は多層構造となり、旧市街(下層)と新市街(上層)で貧富の差は益々広がっていた。


 都市の光が、夜空に幾何学模様を描く。

 ホログラム広告が宙に浮かび、ドローンが行き交う光景は、まるで近未来都市の絵画のようだった。


 レイナはL.U.N.A.と共に静かに夜の街を滑っていく。

 ビルの間を縫うように走るその姿は、まるで都市そのものと呼吸を合わせているかのようだった。

 ──L.U.N.A.は、ICE(内燃機関)仕様の旧式バイクをレストモッドし、電動化した特注機体だ。レイナの大学の入学祝いに兄・悠馬(ユウマ)から送られたもので、正直今のバイトには向かない車体だが、レイナはことの他気に入って、更にチューンナップして使っている。


『お嬢様、スピードの出しすぎです。ユウマ様に言いつけますよ?』


「はいはい、ちょっとだけだから」


 電脳コンソールにリアルタイムのナビ情報と速度メーターが映し出されている。

 電脳(サイバー)技術(エンジニアリング)が発達したこの都市では、ありふれた仕様だ。


 ビル群を縫うように走りながら、ふと空を見上げる。


(相変わらず、監視ドローンだらけね……)


 プライバシーなど、もはや過去の遺物。

 今の時代、人々はデータ化された「個人情報」として管理されるのが当たり前になっていた。


「……やっぱ、今日も光ってるな」


 震災後に増築されたランドマークタワーが視界に入る。震災前から変わらずに下層から伸びるその様は、聖書に書かれたバベルの塔を彷彿とさせる。

 しかし、その周囲には結界が張られ、一般人は近づくことすらできない。

 あそこでは今も、魔術師たちが日夜研究を続けているのだ。


(この街は、本当に不思議な場所になったよね)


 ──未来と過去が交錯する都市。


 ◆


 バイトを終え、ラーメン屋で夜食を済ませた帰り道。

 吐く息が白く染まる冬の夜。


「やめてくださいっ!」


 路地裏に響く、少女の悲鳴。

 瞬間、レイナの表情が険しくなる。

 二人の男が、怯えた少女を囲んでいた。


 少女は色の抜けたような白い肌に、白に近い金髪。ウサギのような赤い瞳をしている。唇だけが濡れた様に紅く塗られているのが目立っていた。アルビノというヤツだろうか?俗に言うゴスロリ衣装と言う物で着飾っていて、正直場違い感が半端ない。


 怯えているように見える少女に、男達が話しかける。


「なぁに、ちょっと遊ぶだけさ」


「おとなしくしてりゃ、すぐに解放してやるよ」


 ニヤつく男たちの腕が、少女の肩を掴もうとする。


「──ったく、クリスマスイブにチンピラの相手とか、サイテーなんだけど」


 場違いなほど軽い口調とともに、レイナが歩み寄る。


「おいおい、お嬢ちゃん、余計なことすんなよ?」


 舌打ちしながら睨む男に、レイナは肩をすくめた。


「いや、こんなの放っといたら寝覚めが悪いっしょ?」


「チッ……おい、コイツ、黙らせろ!」


 筋肉質の男が拳を握りしめた、その瞬間――


 バチッ!


 突如、男の体が硬直する。


「な……なんだ……!?」


 レイナの指先から、青紫色の電撃が弾けていた。

 そのまま、勢いよく回し蹴りを放つ。


 雷光を帯びた一撃が男の側頭部に炸裂し、彼は壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 呻く間もなく、男は昏倒する。


「……ふぅ。ま、こんなもんでしょ」


 指を鳴らすと、空気がかすかに震えた。


「クソが……コイツ〈ヘクセ(魔女)〉か!」

 〈ヘクセ(魔女)〉──霊子術式を使う女性術者に対する、俗称めいた呼び方である。因みに男性術師は〈マギア(魔術師)〉と呼ぶ。


 ──レイナが操るのは電脳魔術(サイバーアルカナ)。脳の電脳領域に〈電脳聖刻(サイバーグリフ)〉と呼ばれる刻印を術式により定着させることで発現する後天的な"恩恵(アルカナ)"である。"魔術"と呼ばれているが、正確には科学と霊子理論に基づいた技術体系である。


 残った男がナイフを抜き、少女を人質に取ろうとする──。


 だが、その瞬間。


「──やれやれ、聖夜に無粋なことだ…」


 静かな声が響いた。


 男の背後に立つ、漆黒のロングコートの女。

 長い黒髪が風に揺れ、冷たい瞳が月光を映す。手には文字らしき物がビッシリと刻まれた古めかしい薄刃の直刀が握られている。仄かに翠色に光る刀身は、霊妙な雰囲気を纏っている。


「っ……!?」


 刹那、鋭い閃光が闇を裂いた。

 振り上げられた刃は、躊躇いもなく男の右腕に食い込んだ。


 スパァッン!


 弾けるように鮮血が噴き出し、腕は肘から先を失い、無惨に宙を舞った。断面から溢れる赤黒い液体が地面を濡らし、男の絶叫が夜を引き裂く。


 しかし、その声すら終わらせるように、女の刃は迷いなく返される。

 上段から振り抜かれた刀が、空気を裂きながら一瞬で男の首筋に到達した。


 シュパッ!


 次の瞬間――


 男は白目を剥いて崩れ落ちた。


 血は流れていない。

 だが、確かに斬られたように見えた。


「──首、切られた、よね……?」


 驚くレイナをよそに、女は淡々と刀を払う。刃先から血が落ちるが、奇妙なことに、その刀身には一滴の血も残っていない。

 女は無言で刀を収める。


 そして、怯える少女に歩み寄った。


「アンジェリカ様、お怪我は?」


 どうやら、知り合いらしい。


翠玲(ツイリン)……ありがと」


「夜遊びは程々に。お父上もご心配しておりますよ」


 その言葉に、少女はバツの悪そうな顔をする。


「──なに、今の」


 レイナは背筋に冷たいものが走るのを感じながら、意識を失ったチンピラを見下ろした。


『凄く精錬された所作の女性ですね、お嬢様とは大違い。』


「うっさい!ガサツで悪かったわね!」


 少女を無事に保護した後、レイナが緊張を解いたその瞬間――


「──それで、あなたは?」


 ツイリンが、レイナに向かって一歩進み出る。

 その手はすでに刀の柄にかかっている。


「えっ、あたし? ただの女子大生?みたいな?」


 レイナは軽口を叩きつつも、紫電を指先に纏わせている。


(あれっ?、お嬢様、気のせいでしょうか?何だか不穏な気配が…)


(あんた…相変わらず鈍いわね……!)


 次の瞬間。


 無拍子でツイリンが踏み込むと同時に、刀が抜かれる。

 正確に首筋を狙ってきた刃をダッキングでかわし、相手の懐に飛び込むレイナ。刀を振り抜いた事で無防備になった腹部を狙い雷撃を纏わせた左フックを撃ち込むが、こちらもあっさりとかわされてしまった。


「チッ!」


「このっ!!」


 斬撃と雷拳が再び交錯する、閃光の一瞬。


 爆ぜる光と風圧に、周囲の空気が震える。

 互いの攻撃はギリギリで相殺され、どちらも一歩も引かずに間合いを取り直す。


「っ……!」


「ふふ、やるじゃない。まさか躱されるとは思わなかったわ」


 ツイリンの目に、わずかな驚きと――そして笑み。


「アンタこそ……ちょっと手加減してたでしょ。なんかムカつくんだけど」


 火花を散らす視線。


 だが、そこで少女――アンジェリカが二人の間に立ち、口を開く。


「やめて、ツイリン!この人、私を助けてくれたの」


 ツイリンはしばしレイナを見つめ――そして、刀をゆっくり鞘に戻す。


「そう……じゃあ、今日のところは見逃してあげるわ」


「何その謎の上から目線……! でもまあ、こっちも用は無いし?」


 ふん、とレイナがそっぽを向く。


 別れ際、ツイリンが振り返り、静かに言う。


「気をつけなさい。ここでは、善意だけじゃ生き残れない」


 そして彼女は、少女を連れて夜の路地裏に消えていった。


 ツイリン達が見えなくなると、光が目をキラキラさせて、


『お嬢様、今のはライバルフラグですよね♩。僕ちょっとワクワクしてきました。』


「──アンタ…ラノベの読み過ぎじゃないの?」


 ジト目でレイナが答える。


 ◆


 車窓の向こう、都市のネオンが静かに流れていく。

 車内には、漆黒のコートを纏った女と、アンジェリカと呼ばれた少女の姿。


「──あれが、神代レイナ。ふふ……なかなか面白そうね」


 先ほどまでの怯えた様子は微塵もなく、まるで別人のように妖艶な微笑を浮かべている。


「アンジェリカ様。少々、行き過ぎではございませんか」


「うふふ、ごめんなさいね。ツイリン。結局いつも、後始末をお願いしちゃってるわね」


「──任務でございますので」


 淡々と応じる声に、珍しくわずかな笑みの気配が混じる。


 それを見逃さず、アンジェリカがいたずらっぽく目を細める。


「まあ……ツイリン、今の微笑み、頂きましたわ?」


「アンジェリカ様。どうか、そのようなご冗談はお控えください」


 少女の笑い声が、深夜の静寂に溶けて消えていった。





L.U.N.A=Lightweight Utility Navigational Automachine

B〇WのS1000RRを電動化した感じの車体をイメージしています。


翠玲の剣は武侠映画に出てくるしなる直刀です。

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