弱小野球部
なんだかんだあったけど僕の野球部生活が始まった。
さすが進学校の弱小野球部なだけのことはある。
部員数が抜群に少ない。
僕と竜ケ崎君を入れて9人しかいない。
僕たちが入部しなかったら試合も出来ない人数だ。
こんな少ない人数しかいない野球部が今深刻な問題を抱えている。
むしろ少ないから問題なんだ。
9人しかいないのに完全に2つのグループに分かれてしまっている。
1つは坊主グループ、坊主頭を貫く姉川派、もう1つは髪の毛を伸ばし始めた佐々原派だ。
主将を含めた4人が坊主頭で集まり姉川さんに鑑賞されている。
僕も近くに立ってみる。
「なんで新澤君がここにいるのよ。せっかくの坊主が台無しだわ」
「新澤よくないぞ。今のお前は坊主を乱しているぞ」
主将の『乱している』の意味がいまいちピンと来ていないけど拒否された事は確かだ。
確かに今ちょっとづつ、髪は伸びている最中だけど乱してるって・・・。
「新澤君こっちこっち」
僕を呼ぶ声がする。
佐々原さんだ。
「やっぱり髪の毛は伸ばすべきよね。ちょっとずつ伸びてきててかっこよくなってきてるわよ」
佐々原さんが下から上目遣いで僕の顔をのぞき込む。
小悪魔的な角度だ。
ドキドキが止まらない。
なんか野球部入って良かった。
「あなたたちせっかく9人そろったから練習試合を決めてきたわよ。必死に練習して頂戴、そして高校球児らしく汗臭くなって頂戴」
監督の高校球児に対する偏見というか興奮ポイントが理解不能だ。
「監督!対戦相手は?」
そうそう、そうだ監督の変な性癖よりも練習試合の方が重要だ。
さすが柿崎主将ちゃんとしてる。
「びっくりしないでね。対戦相手はなんと姉ヶ崎宮島高校よ。」
・・・・知らない初めて聞く高校だ。
「主将・・・?」
「なに!・・・姉ヶ崎宮島・・・」
「どんな高校なんですか?」
「しらん!初めて聞く高校だ」
「監督?」
「えーあなたたち知らないの前回の甲子園の地方大会3回戦までいった高校よ」
3回戦・・・微妙・・・2勝しているんだから弱くもないけどびっくりするほど強いわけでもない。
そもそも学校名を初めて聞いたのでびっくりしようもないし・・・。
「何よそのリアクションせっかく練習試合決めてきてあげたのにぃ。もっと、か・ん・しゃ・して」
首筋を指でぴーっとなぞられる。
せっ先生もっと・・・って違う違うそうじゃない。
そんなことをしている場合じゃない。
「監督、練習しましょう!」
相手チーム云々の前にたった9人しかいないチームなんだ。
「柿崎主将!!」
柿崎主将はなんかこっちを睨んでる。
「なんでおまえだけなんでおまえだけなんでおまえだけ・・・」
怖い・・・あいつも首筋ぴーっとされたかったのか・・・?
「柿崎君あんな人どうでもいいじゃない。あなたが坊主頭である限り私はあなたの事をずっと見てるわ」
怖い坊主頭に対する思いが怖い。
柿崎主将は満足げな顔をしている。
それで良いんだ・・・もう2人付き合ったら良いんじゃないだろうか。
まあそんな事はさておき練習が始まった。
監督がノックをする。
「ライトー」
バットが空を切る。
ちょっと気まずい。
「もう1回ライトー」
カキン
今度ははバットちゃんと当たる。
大きな当たり、そのままホームランになる。
ノックの練習にならない。
でも今の僕はそんな事は全然気にならない。
キャッチャーのポジションにいる僕が気になっている事それは監督から良いにおいがする。
そして目のやり場に困ること・・・それだけ。
あふれてる完全にあふれてる。
耐えられず立ち上がる。
「どうしたの新澤君?」
「ぼっ僕が打ちます。もう座れないです!!」
「なに?どうしたの?」
どうしたもこうしたもない。
監督からバットを奪いバットを振る。
ひたすらノックをした。
「えー?」
監督がちょっとむっとした顔をする。
ダメだ!!その表情もいい!!
全然収まらない!!
「私もちゃんと打てるわよー」
打てるか打てないかじゃない!!僕はもう座れないしじっともしていられないんです。
「あぶないですから・・・」
むしろちょっと離れてもらう。
近くにいたら全然収まらないから・・・。
それはそれとしてノックをしていて気づいたことが1つある。
それは全員恐ろしく下手だということだ。
誰一人ボールを捕ることが出来ない。
ただただ飛んで行って転がっていくボール。
そのボールをみんなで追いかけている。
少年野球のレベルですらない。
野球のルールを知っているのかどうかも怪しいレベルだ。
まずい・・・サードを守る柿崎主将は?
サードにボールを打つ。
鋭い打球が柿崎主将の横を抜けていく。
柿崎主将は一歩も動かない。
これは・・・そっと手前で止まりそうなぐらいのゴロを打ってみる。
ボールは柿崎首相の前に転がって行く。
グラブを下にしてボールを捕りに行く主将。
そしてボールは柿崎主将の後ろに転がっていった。
・・・下手なんだ。
「ドンマイ!!しまっていこう!!」
うんほんとうに、おまえがしまっていこう。
その後も柿崎首相は1球もボールを捕ることなく方々にボールが転がっていく。
あんなに堂々としていて野球できそうな雰囲気は出ていたけど・・・下手・・・なんだ。
これは・・・完全に竜ケ崎君に頼っていくしかないチームだ。
竜ケ崎君の超能力で勝つしかない。
「竜ケ崎君!!」
ピッチャーフライを打つ。
思ったより大きく打ってしまった。
これじゃさすがに捕れない。
大きく竜ケ崎君の後ろに飛んでいくボール。
竜ケ崎君はグラブをした右手をあげる。
一歩も動かない。
そしてボールは大きく角度を変えグラブの中に納まった。
不自然だ、不自然すぎる。
ありえない角度でボールが曲がってきた。
捕れてる、捕れてるけど、これはこれでダメな気がする。
これは・・・練習試合がとっても不安だ。