彼って…
「何やってるの?」
突然の声をかけたから、彼が驚いて振り返る。
「…いや、別に」
「そっか…」
彼の視線は目の前の馬に戻ったっきり。その瞳だけを見つめて、顔をなでてあげている。
……。
静かな沈黙は嫌いだ。
何か話さなきゃ。
「あ、あのさ…」
「別に…」
彼は私の言いたいことが分かったらしい。最後まで聞くという親切もせずに、馬を撫でている。
「私には興味なしってか!!私は馬より魅力ないんかぃ!!!!」
と、彼の首根っこでも掴んで怒鳴ってやろうと思ったけど、普段拝めない穏やかさを見せられたら、なんにも言えなかった。
しばらく横で馬を撫でる彼を見ていた。
「あのさ…」
「好きだよ」
…またか。
「はいはい、馬やら犬やら人間以外の動物達は大好きなんですよね〜だ」
「…分かっているなら聞くな」
全然こっちを見ない彼に舌を突き出した。こいつとの会話はいつも投げやりになる。
私の言いたいことは全部先に言い当てて、答えだけを出す。
その洞察力は感心するが、言葉を最後まで言わせないってのは、会話したい側にはすごいストレスが溜まる。
彼は面倒くさがりなのか、人嫌いなのか、偏屈なのか、無口なのか…。
たぶん、その全てが当てはまりそうだが。
長々と会話をすることを嫌う。
相手の言い分を聞かずに、何が言いたいのかを理解したら、必要な言葉を告げて、会話終了。
そして、近くの小動物に寄って行っては頭を撫でる。寄り道も道草も彼は大好きだ。
何をするにも人間は二の次。
一番大好きなのは自然と人以外の動物。
人間には憎悪を含んだ鋭い眼光を向けるのに、それ以外になるとすぐに頬が緩んでる。幸せそうな顔をしてる。
(いったい、何がそんなに憎いんだろ?)
いつも頭の中にふと湧いてくる疑問を、彼にぶつけたことは一度もない。
聞いてはいけない。
勝手にそう判断して、それ以外の会話をいつも探してる。じゃないと、今の2番目の質問と1番目の質問しか出てこないから。
(聞きたいことあるのになぁ…、言いたいこともあるんだけどなぁ…。)
横にいる彼は人を見ていない。
私を見ていない。
日差しを受けた水面のような瞳はただ目の前を写してる。
(果たして、彼の世界に私はいるのだろうか。)
彼は会話が嫌い。
だから、彼の外側の世界から、何も言わずに見つめるしかない。
それが、彼と一緒にいることを許される、わずかな時間だから――。