表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/132

30 心の火宿場で生まれ宿場で育ち (3)

 翌年の夏、異人勇者たちがカワサキに到着した日は、大変な騒ぎとなった。


 ナガサキ沖にそのランデン船が逗留中、先触れの船がエド城への連絡のため遣わされた。


 エドの庶民恐るべし、それを嗅ぎ取ってカワサキへの到着日を予測し、念のため海岸に見張りを立たせる。

 そして遠くに黒船(フライト船)が見えるや否や、役人の馬に負けんぞとばかりにエドへ走り、人々に触れ回った。


 イセ参りの大流行時よりもはるかに多くの人が東海道を押し寄せてきて、海岸からロクゴウ川沿いを埋め尽くす。

 皆、異人勇者をひと目見ようとやって来たのだ。


 海岸には西洋の船も見たいという人たちが大勢いた。

 あいにく、異人たちは湾から離れた沖で小型船に乗り換えて来る。それを見物人たちは粗末な望遠鏡を回しながら見る。

 これは、勇者宿の商人が需要を見越して職人にできるだけ大量生産させた物だ。


 叔父もそれを思いついたのであったがひと足遅く、すでに職人は手いっぱいだった。それで仕方なく、ラン語の挨拶(「こんにちは」「ようこそ」「調子はどうですか」など)が書かれたビラを大量に印刷させ、見事に完売した。


 この日、あらかじめ漁師たちを漕ぎ手として動員させた何十隻もの小舟に武士が乗り、庶民が陸から離れないよう警備していた。

 勇者を暴徒から守るためではない。異国の武装商船に近寄らせないためだ。

 しかし陸上の規制はほとんどしなかった。勇者宿の周囲だけは人々が塀の中に殺到しないよう、数日間警備された。


 勇者を乗せた小型船がロクゴウ川を遡上すると、それに合わせて見物人も動く。川岸は河口から町に至るまで、切れ間のない行列ができた。押し合いへし合いのなか川に転落する人も多かったと聞く。


 勇者たちは宿場に入るまで、叔父の刷ったビラを手にした人たちから絶え間なく声をかけられた。

 あとから聞いた話では、船旅でグッタリしながらもそれが大歓迎されているのではなくて、見世物扱いされているのだとわかっていたらしい。


 幸いにも石を投げるような人はいなかった。勇者とはいえ、将軍政府の許しを得て入国した異人をむやみに死傷させたとなれば、威信に傷が付く。だからそういったことのないよう、厳罰が伴う御触れも出されている。


 勇蘭堂の前では手伝いや奉公人の子どもが集まるとでもなくたむろしていた。


「あとでいつでもいくらでも見られるってのによぉ、ご苦労なこった」

 そう言ったのは吉蔵だった。塀の外の狂騒に対して冷静なそぶりであったが、声の調子は緊張や興奮を隠そうとしているようにも思えた。


 ……勇者も見物人も、いつ死ぬかわからない。だからきょう見ておいたほうがいいのかもしれない。

 そう言うと吉蔵はこちらを見る。


「まあ、そういう考え方もあるのはわかっていたけどよ。お前、名前は?」


 吉蔵との付き合いが始まったのはこの時からだ。


 数日後、魔石を活性化。その時の魔石はすぐに魔封じが施され、半月の間はそのままにされた。この期間は寺や神社に魔除けを求める人々が群がった。


 そして、エドに運ばれた活性魔石から魔封じが取り払われ、魔物狩りが始まる。




 一方的に見物するだけであれば、異人勇者も珍しい見世物のようなものだ。ゾウのように。

 けれども勇者たちは狩りのため、そして日常生活のため自由に動き回る。野獣のように。

 見物人たちが日常へと戻ったあとも、街なかや道筋などで勇者と出くわすようになる。魔物のように。


 あの日、あれだけの人々が異人勇者を見にやって来たというのに、魔物狩り開始後はあっという間に避けられる存在となった。叔父の販売したビラを手に話しかけるような人も、黒死病の発生とともにいなくなった。


 魔石事業開始直後にはやはり、さまざまな混乱があった。それがある程度落ち着いてからは、多くの人は新しい日常に慣れていった……と思う。

 魔除けと護身具を持ち歩き、勇者を避け、エドの人たちは魔石の光を見る。勇者宿のほうでも、商工人、ヤマタ人勇者、異人勇者それぞれの日常が形成されていった。


 異人と接するのが日常になると、彼らから聞く異界の話が心の火に薪をくべ、あおり始めた。


 異国のこと、旅のこと、魔物との戦いのことを聞くのは楽しい。どんな書物や演劇にもない娯楽だ。異人たちを通して里やカワサキ、サガミやムサシといったクニ、そしてヤマタという世界の外の、異界とつながっている気になれる。里に身を置いたままでは絶対に知ることのなかった世界だ。


 そうして心の火は、思わぬ方向に揺れ動きながら大きくなっていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ