12 酒場にて朝飯と掲示板
コーフィーハウス・メナム。
結局、朝食はこの勇者館の酒場で取ることにした。
バノイナでは二六時中の魔物狩りが認められていて、勇者館も酒場も朝立ち・朝帰りの勇者のためにいつでも開いている。
ただし。入口の扉横には【酒類の提供は朝五時から昼二時と、昼五時から真夜中まで】と書かれた板が打ち付けられている。
朝から飲む・朝まで飲む勇者たちによる風紀の乱れのため、このような制限が課されたようだ。
世も末よ夜もすがら飲む勇者たち
そんなありさまであったのだろう。
やはり勇者館から離れたひとり部屋を取ってよかった。活動時間の異なる勇者たちの物音で起こされるのはごめんだ。
受付で棍棒と短刀を預ける。
勇者同士の暴力沙汰は規定によって固く禁じられているのだが、元よりろくでなしの多い勇者たちだ。それがパーティーという集団を形成し、一か所に集まって、さらに酒が入るとなれば、魔物より危険な酒羅場の出来上がりだ。
よって武具の持ち込みはお断り。飲酒禁止になるよりは、時間制限と共に受け入れるほかない。
酒場に入るとすぐ脇の竹かごから「コンニチハッコンニチワッ」とキュウカンチョウがエイ語でしゃべる。
数組の勇者たちが一斉に顔を向けてきた。半数くらいは上半身裸で、おそらく全員西洋人だ。ヤマタに来る異人勇者よりもガラが悪そうに見える。ヤマタ人はいない。
異国でひとり、新入りとしてほかの勇者たちの注目を受けると、多少怯んでしまう。ここは無関心を装い、コーヒーのにおいをかき分けてカウンターに直行する。店員は華人の男だ。
「おはよう。朝食? あれ、初めて見るねえ? きのうの船で来た、もしかしてヤマタ人? 丁髷ないけど」とエイ語言い、続けてヤマタ語で「おはようございます」。
宿の男よりはだいぶシャンさんに近い雰囲気の人だ。
朝定食を注文し、店内を見渡す。まだチラチラとこちらをうかがう顔もある。街なかの一般人よりも勇者のほうが見知らぬ顔を気にするらしい。彼らはこのあと狩りに出るのだろうか。
窓の鎧戸は全て開け放たれている。テイブルは二十卓ほどで、立ち食い・立ち飲み用の背の高いものもある。
カウンターの向こうの棚には酒の瓶が並び、床には樽が置かれている。その奥は厨房で、パンや肉を焼くにおいが漂ってくる。
カウンター脇の壁にはヤシの葉を張り紙にしたものが多数打ち付けられている。パーティーを作るためのメンバー募集掲示板だ。
食事が出てくるまで、読める文字で書かれたものに目を通す。
【当方、元騎兵。三名募集。特に回復魔法の使い手求む。初心者不可。】
どの張り紙にもこのような文面に続いて名前や出身国、連絡手段などが記されている。
【二名募集です。北の国に拠点を移したい人いませんか? 時期は応相談にて。無法者×】
パーティーを解散あるいは脱退して新たな仲間を探す勇者もいるのだろう。~名募集とは、その数のメンバーが死んだ、という可能性もある。
【急募! 回復魔法使い ただし、抗議派に限る】
【宗派の違いに寛容な回復魔法使い、求む】
回復魔法の需要は高い。使い手はやはり元宗教者が多いのだろう。
【勇者の頂点を目指す!! やる気があれば初心者でも○○(意味不明)野郎でも問題なし! オレの魔法は大砲並みの威力!!!】
熱い魔法使いのようだ。
【月光党では夜間活動できる仲間を一名募集中。涼しくいこうぜ。】
たしかに昼間は暑すぎる。しかし危険な夜狩りを、それも異国でするのは無理だ。
【エイグランド人で勇者歴二年。ほかの仲間が死亡したため新たに募集。エイ語話者のみ。※注意 当人が字を書けないため代筆。この者、以前にもパーティーでひとりだけ生き残っている】
……。この注意書きが何を示唆しているのか。仲間を見捨てて逃げたのか、あるいは……。
ともかく、読み書きできない、自国語しかできないと仲間探しも苦労しそうだ。
いや、言葉の問題もあるが、やはり勇者パーティーのメンバーとして重視されるのは狩りのレヴェルだ。
勇者が魔石を売却すると、手形帳にその重さが記載される。現在その単位は“グラム”で統一されている。これがその勇者の狩りの実績、すなわち強さの目安となるため、手形帳は勇者のレヴェル証明書としてメンバー募集にも活用される。
張り紙にも【最大○○グラム平均○○グラムの実績あり】【○○グラム級の魔物を狙う】といった表現で、求めるレヴェルの判断基準が示されているものが多い。
自分の手形帳では……レヴェルアップしたつもりでいたし、それ以上の力も発揮できるかもしれないのだが、やはり初心者程度にしか見られないだろう。店内にいる勇者たちが皆屈強で手練れの男たちに見えてくる。
ヤマタ語で書かれた張り紙を発見する。
これは……。
【STOON IN THE KINGDAM 謎の物体、秘密の目的――漆黒のSTOONを求めし者よ……。我ト共ニ××××ニナリマショウ。パーティー名は「暗黒魔死苦狂団」。……人は我をこう呼ぶ。「魔界の東宮」と……。そう、今まさに、我ら新しき勇者の戦いが始まるのだ……。
魔のSTOON末法の世を鮮やかにこの期に及び蓮華飾らん
打撃武具禁止。装いは黒のみ。三名募集で、内二人は魔法使い――(以下省略)】
綴りや文法が間違いだらけのエイ語訳も添えられている。
……。バノイナにいるヤマタ人とは、この者か。熱い魔法使いは少し気になる。
「おっと、それは剥がし忘れたやつだ。そのヤマタ人はもういないよ」
店員に声をかけられる。「本日の朝セット、おまちどおさま」
カウンターに皿の載った盆が置かれる。魔界の東宮は旅立ったのか。
「死んだよ。ええと、なんか強い魔物と相打ちになったんだって」
……奇人であることは間違いないだろうが、勇者として異国で一旗揚げようとしたヤマタ人だ。その気概と末路に、せめて冥福を祈る。
掲示板には【小舟売ります】【華国語教えます】といったものもある。
朝セットはパンと目玉焼き、腸詰、“ジャガラタ”イモと唐ガキの汁だ。飲み物はエイグランド人が好む紅茶にした。
異国の料理はヤマタの宿場で時おり食べていた。大概のものはすぐに慣れておいしく食べられる。
お代はきのうの晩飯に比べると割高だ。
近くのテイブルにいる勇者たちの会話に耳を立てる。
大げさな身振り手振りで話す男の言葉に、ほかの男たちが笑う。エイ語ではあるのだがとても聞き取りにくい。母国語話者同士の会話にはまだついていけなさそうだ。おそらく訛りも強い。
異国の地でパーティーメンバーを探すことの苦労を低く見積もりすぎていたのかもしれない。かといって、ひとりで魔物を狩るのは危険すぎる。魔界の東宮のようになりたくはない。
夕方にまた来ることにして、きょうは街をぶらつくとする。
酒場を出る時にまたキュウカンチョウが鳴く。
「テメーッコノヤローッ」