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うく家ぞく

作者: 大原三日月

 パパやママが小さいころは、子どもはたいてい毎日学校に通っていました。でも、今はもう学校はありません。ういは生まれてから一ども学校に通ったことはないのです。

「学校って何をするところ?」

 ういはパパに聞いてみました。

「教科書という本を読みながら先生にいろいろなことを教わったり、お友だちといっしょにあそぶところだよ。もうずいぶん前になくなってしまったんだ」

 パパはなつかしそうに思い出しながら話してくれました。

「学校という言ばをどこで知ったのかな?」

「さっきどう画で見たの。大きなたてもので、広場があった」

「校ていのことだね」

 ういはまもなく八さいになりますから、むかしなら学校に通っているはずでした。

「月曜日から金曜日まで、学校ではお昼ごはんが出てね、きゅう食とよんでいたよ」

 ういは食べることが大すきなのですから、もうたまりません。みをのり出して、

「学校行きたかったなぁ」

 とざんねんがりました。

「先生になろうという人がへってしまったし、今はロボットが何でも教えてくれるからね」

 パパはじだいのながれをうけ入れるタイプです。学校ではおべん強だけでなくお友だちとのかんけいも学べたとか、みんなでいっせいに同じことをするくんれんも大切にされていたなどとは言わない人なのです。なくなったということは、なくてもよかったということなのかもしれません。

 さて、ういとパパがこうしてお話をすることができたのは、ひさしぶりのことでした。同じ家ぞくでも、毎日いっしょにくらしていても、なかなかお話をするタイミングはやってこないものです。それがなぜかというのは、もう少し先にせつめいすることにしましょう。

 きゅう食のお話を聞いてしまったういは、おなかが空いてきました。大じょうぶです。ママのすがたが見えなくても、食べものをさがす方ほうを知っていましたから。たいていは台どころの戸だなの中にビスケットやポップコーンなどがしまってあるのです。今日もういはまよわずおやつを見つけました。こんがりきつね色にあがったポテトチップスです。おさらごととり出してかかえ、かけてあるラップをめくりながらぱりりと音を立てて食べました。

「さい近ママに会っていないな」

 ういは食べながらひとり言を言いました。同じ家にくらしていて、そんなことはあるのでしょうか。そう言えばパパもいつの間にかどこかに行ってしまったようです。もの心ついた時からこんなかんじなので、ういはそれがふ通だと思っているのです。でも、同じ家の中でパパやママとめったに会わないというのはふ通なのでしょうか。そんなことはありませんよね。

 ういがなかなか会えないと思っていたパパやママは、本当はずっとずっと高いところにうかんでいました。そう、同じ家の中のたとえばふきぬけの天じょうのあたりだったり、二かいのかいだんのつき当りにある出まどのあたりに。ただういている時もあれば、まるでプールでおよいでいるみたいに空中をただよっている時もありました。ういはそんなに上の方を見ませんから、近くにいるパパやママに気づけないでいたのですね。

 パパやママがいなくても、ういは一人で何でもできました。用いされたごはんを食べおわったら、おさらを台どころのシンクに置いたり、お風ろに入って体をきれいにあらったり、ねむくなったらベッドにもぐりこんでいつの間にかぐっすりねむってしまいます。こまることなど何もありませんでした。

 考えてみてください。一日というのはいつからいつまでをさすのでしょうか。もし一日というものがあったとして、かならずしなければならないことなどあるのでしょうか。ごはんを三回食べ、お風ろに入り、ベッドでねむると、ようやく一日がおわるときまっているのでしょうか。

ういにはきまりごとなどありませんでした。おなかが空いたら食べ、さっぱりしたければお風ろで体をあらい、ねむくなればベッドへもぐりこむのです。パパやママがこうしなさいああしなさいと言うことはありません。こんなふうにしてみたいと思ったら自分で工ふうするのです。それだけでとても楽しい時間をすごせます。ういのまわりにはおもしろそうなものがたくさんあるのですから、たいくつするひまなどはありませんでした。

 ういのお気に入りのぬいぐるみをしょうかいしましょう。まずはエプロンをつけた女の子のぬいぐるみです。ういがずっと小さいころに『むぎ』という名前をつけました。それからおでこに角を生やしたユニコーンの『いち』、どこまでもころがるすいかの『さく』。たいていはベッドの上でみんな大人しくしていますが、ういのきげんによってはほうりなげられてしまうこともあります。

 こんなかんじで、パパとママに会えない日も、ういはぬいぐるみたちといっしょにしらべたいことをパソコンでけんさくしては、じっさいにためしてあそびます。この家の外のせかいのことはそれほどかん心がないようですが、とにかくおも白くすごしています。

 それではパパやママは上の方にうきながら、どんなことを考えているのでしょう。パパはおしごとに出かけなくてすむようになって、すきな本をいつまでも読んでいます。ういがどんどんへんかして、新しいことを学んでいるのをかんじるのがうれしいようです。ママはどうでしょう。家じはほとんどきかいがかたづけてくれるので、ママもしたいことができます。歌を歌ったり、家のかべに絵をかいたり、お話を作ったりしています。もちろんういのことも見まもっています。

 パパとママはうきはじめた時、いろいろなことが心ぱいになりました。一番はやっぱりういのことです。そばにぴったりとついていないと、ういがつまづいてしまいそうでしたから。そして二番に、パパとママが家の中でべつべつなところにういてしまうことにとまどいました。すきなところにいどうできないというのはこまったことでした。それでも、いつまでも思いなやんでいてもし方がありません。ういがぶじでいるようですし、一人であれこれ工ふうしてかしこくなっていくのをかんじてうれしかったのです。パパはパパで、ママはママでそれぞれにうくことをうけ入れ、自分らも遠りょせずに楽しくすごしてみようと思うようになりました。パパとママがそばにういている時は、まずういのよう子をほうこくし合い、つぎにおたがいのよろこびを分かち合いました。パパはママがういのせい長をかんじていることや、ママの内がわをいろいろな方ほうでひょうげんしはじめたことをうれしく思いました。ママはパパがういにさりげなくヒントをなげてくれていることや、パパが読書にどっぷりとはまっていることをうれしく思いました。そしてパパとママはおたがいに気づきはじめました。生まれた時のかんかくにどんどんもどっているような気がすると。だからどうだということはありませんが、いつの間にか自分らしくすごせるようになっていました。こういう言い方はおかしいかもしれませんが、100パーセント自分でいられるようになったのです。当たり前のことが、少し前まではできませんでしたから。パパはおつとめをしておきゅうりょうをもらい、そのかわりにがまんもしてきました。ママは内がわからわきおこるものをおさえて、おせんたくやおりょう理やご近じょさんとのおつきあいをしてきました。生まれてすぐから一生けんめいど力して、まわりに合わせてきました。合わせるということは、本当の自分をぎゅっとおしこめることです。ど力したりがんばったりしなくなって、今はほんとうにうれしいことばかりです。

 ういはさっきから『むぎ』といっしょにかけ算の九九をおぼえようとしています。むかしの子どもはおうちのかべにポスターのようなものをはりつけておぼえていましたが、今はどう画を見ながら体をくねらせ歌っておぼえてしまいます。『いち』を小わきにかかえ、『さく』をけとばし、どう画のダンスをまねています。正直に言うと、もう九九はおぼえるひつようもないのですが、ういがきょうみをもって自ぜんとおぼえてしまうなら、それはもちろんパパもママもそんちょうすることにしています。

 ずっとそばにいないことで、この家ぞくができるようになったこともあります。生きものというのは本当にふ思ぎです。ういはさい近、パパやママに言ばをつかわずに気もちをつたえることができるようになりました。テレパシーというのでしょうか。パパもママもういに思いをおくります。すばらしくよろこびにみちている日々なのですから、すばらしい気もちしかつたえることはないはずです。ういはそれをかんじるととてもあん心できるようです。パパが紙の本のページをぺらりとめくって読むのがうらやましいのか、今どはかん字も学びたいそうです。もちろんかん字を知らなくても、音声で読み聞かせてもらえますが、ページをめくることにあこがれているようです。いつかママみたいにお話を作ってだれかにプレゼントできるようになるかもしれません。

 ういはういのままでいてほしいと、パパもママもねがっています。それができるこの時だいというのは、キラキラとかがやいているようにかんじます。今、パパとママからういにメッセージがおくられてきました。ういははじめははてなと思いましたが、またまたういはうれしくて『いち』の首をぎゅぎゅっとしめつけ、『さく』をけとばしてしまいました。ういにまもなく弟が生まれるそうです。




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