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チッタ長者

 所有するアンバータカ園を精舎として献じたのは、マッチーカンダ市のチッタ[質(しっ)()]長者である。彼は最初の仏弟子で五比丘の一人、マハーナーマと出会い、その厳かな様子に打たれて供養し、法話を聴いた後、熱心な信者となった。シャーリプトラやマウドガリヤーヤナが彼の徳に感じて精舎によく遊行したので、長者は二人の教えによって不還果(ふげんか)[修行による到達境地で阿羅漢の次]を得ることが出来た。そのため出家したとはいえ未熟な仏弟子など、彼の足元にも及ばなかった。チッタ長者は園林に滞在する弟子たちをしばしば招待して供養したが、そのとき質問をされて答えたイシダッタという弟子は(おのれ)の至らなさを感じてそれ以後、再びマッチーカンダに戻って来なかったという。さらに彼は朋友(ともだち)が世尊の教えを聴く機縁を作った。

 アージーヴィカの行者であるアチューラ・カーシャパ[裸形梵(らぎょうぼん)()迦葉(かしょう)]はチッタ長者とは家に()ったころの友人であった。その友がマッチーカンダに来たと噂で知って、長者はアチューラ・カーシャパを訪ね、挨拶したのち()いた。

「大徳よ、家を捨ててから何年(いくとせ)になりますか」

互いに老いた姿を見、しかし変わらずに健在であることを喜び、懐かしい想いを胸に抱きながら、二人は相対していた。

居士(あるじ)よ、もう三十年(みそとせ)になります」

「大徳よ、この三十年(みそとせ)()って、何か人に勝れた(みち)を得、勝れた知見を開き、安らかな心境を得られましたか」

居士(あるじ)よ、三十年(みそとせ)は過ぎたが、裸体(はだか)禿頭(はげあたま)論議(あげつらい)に巧みになっただけで、何も変わったことはありません」

 と、彼は照れ隠しをするように頭をつるりと撫でた。

「大徳よ、三十年(みそとせ)も出家となっていて、裸体(はだか)禿頭(はげあたま)論議(あげつらい)に巧みになっただけとは、大徳の(おしえ)は誠に珍しいものです」

チッタ長者は皮肉ではなく、真面目に云った。友も彼の性格はよく知っている。

居士(あるじ)よ、あなたは仏の信者(よろこびて)になられてから何年(いくとせ)になられますか」

 今度はアチューラ・カーシャパが()いた。

三十年(みそとせ)になります」

「その三十年(みそとせ)に、何か超人(かみ)(みち)を得、勝れた(きよ)らかな知見を開き、安らかな心境を得られたか」

「大徳よ、得なくて何としましょう」 

 長者が、我が意を得たりと身を乗り出して答える。

「私は禅定(こころしずめ)に自由に入ることが出来ます。また私が、私の世尊よりも早く死ぬならば、世尊は私のことを『この世に再び帰って来る煩悩のなくなったもの』と説き明かして下さるでしょう」

居士(あるじ)よ、在家の身でその様な素晴らしい結果を得るというのは、何という勝れた(みち)であろう。私もその教えの(もと)弟子(おしえご)となることが出来ようか」

 そこでチッタ長者は友を連れて仏陀の弟子達の(ところ)へ行き、教えを聞いて因縁(えにし)を結ばしめた。後にアチューラ・カーシャパは阿羅漢果を得ることが出来たという。

 そして長者の信ずる心は臨終の際にも揺るぐことがなかった。彼が死の病に臥していたとき、夢うつつの中で声を聞いた。

「長者よ、未来(つぎのよ)には(てん)(りん)(じょう)(おう)となるように願われよ」

 林の樹の神であった。

「それも常ないもの、壊れるものである。捨ててゆかねばならぬ」

 長者は答えた。

 これを、枕辺に控えていた身寄りや友たちが聞いて驚き、云った。

「気を確かに持って下さい」

 長者が目を開ける。

「みな……私を気狂いあつかいにしてくれるな。今、林の樹の神が現れて、未来には(てん)(りん)(じょう)(おう)となるように勧めたから、それも常ないもの、壊れるものである、捨ててゆかねばならぬと答えたのである。あなた方は、仏と法と僧伽とに壊れぬ信心を(いだ)き、いかなる供養(みつぎ)も、(いましめ)をたもつ正しい心、平等の心でせねばならない」

 チッタ長者はこのように人々へ三宝の信心と布施の心を与えて亡くなったのであった。




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