表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/44

バックラ

 釈迦牟尼世尊のもとで修行した弟子の数は、一二五0人ともいわれる。バラモン、王侯貴族、または貧民出身の者など、あらゆる階層から集まった個性ある人々の中で、ただ無病と長寿で名の知られた者がいた。

 彼はバックラ[薄拘羅(ばくくら)]、コーサンビー市の資産家の子として生まれた。幼い頃、ヤムナー河で遊んでいたとき、大魚にのまれてしまった。ところが、その魚がベナレスの長者の妻に買われ、調理をしようと腹を割いたので彼は助かった。この幸運な子供を長者の妻は神からの授かりものと思い、自分の子にしようとしたが生みの母は許さず、二人の女は互いに自分の子であると王に訴えた。このとき王が両家共有の子供であると裁定したため、『両家(バックラ)』という名がついたという。

 彼は釈迦牟尼世尊が滅度の後、ラージャグリハの竹林精舎に滞在していた。そのとき、家に居た頃の友アチューラ・カーシャパ[無()()迦葉(かしょう)]が彼を訪ねてきた。その人は挨拶をして傍らに坐り、()く。

「バックラよ、あなたは世を捨てられて何年になるか」

「もう八十年になる」

 涼しい木陰で、百歳を越したふたりの老人が語らっている。

 その頭上では、さやさやと葉ずれの音がしていた。風は花の香りを運び、鳥たちが巣作りに精を出している。この季節の営みと歩みは、どれほどの歳月を経ても変わることがなかった。互いに老人の姿となった今でも、懐かしい穏やかな時間が流れる中で、彼らの心は少年の頃に戻っていった。

 そこで友が問う。

「バックラよ、あなたはこの八十年の間に、幾度(いくたび)婦人(おんな)と交わられた」

 まったく、この幼馴染(おさななじみ)は何を云うか、とバックラは片方の眉を上げた。そして、まだ歯の残っている口を開け、笑った。

「カーシャパよ、おんみは私にそのような問いをしてはならぬ。カーシャパよ、このように問うがよろしい。

『バックラよ、あなたはこの八十年の間に、幾度(いくたび)欲の思いを起こしたか』と。

 カーシャパよ、私はこの八十年の間、未だかつて欲の思いを起こしたことを知らない。友よ、私はこの八十年の間、未だかつて人を(そこな)(おぼえ)を起こしたことを知らない。そして、この間未だかつて欲の(おぼえ)を起こしたことを知らない。友よ、私はまた、この間未だかつて(いかり)(おぼえ)を起こしたことを知らない」

 幼馴染(おさななじみ)の老人は、本当か、と目を丸くした。けれどもそれにかまわず、バックラは続ける。

「また、在家の人の着る衣を受けたこと、刃物で衣を切ったこと、針で衣を縫ったこと、色で衣を染めたこと、同学(なかま)の衣を縫う手伝いをしたこと、などをしたことを知らない。また、招待を受けたこと、誰かが私を招待すればよいという考えを起こしたこと、在家の人の(いえ)に入って坐り、そこで食事し、婦人の美しい姿に心を捕えられたこと、それらも為したことを知らない。婦人へ法を説くのに一番短い四句の(うた)すら説いたことがなく、尼の住居(すまい)に行って尼へ説いたこと、見習いの尼や幼き尼に法を説いたことさえもない。また、この八十年の間、私は他を出家させたことも、他に助力を与えたことも、幼い弟子に給仕させたことも、温浴室で湯浴みしたことも、石鹸(あらいこ)をつけて洗ったことも、同じ仲間の身体(からだ)をもみさすりしたことも知らないで、またこの八十年の間、病に(かか)ったことも、訶梨勒(ハリータキー)の薬を用いたことも知らない。寄りかかったり、横になったりして眠ったことも知らない。雨期の三月(みつき)を村の住居で過ごしたことも知らない。

 友よ、私は仏の御弟子(みでし)となって七日目まで、罪の(けが)れを()って国の布施食(ほどこしのかて)を食べたが、八日目には(さとり)を開いたのである」

 幼馴染(おさななじみ)の老人は、うなずきながら感心して聞いていた。

「バックラよ、私は以上のことをバックラの()しき行いとして記憶するであろう」

 そして老人は云う。

「バックラよ、私もまた、この(のり)(おきて)との中に御弟子(みでし)となることが出来るであろうか」

 バックラは頷いた。

 こうしてアチューラ・カーシャパは自ら()うて弟子となった。そして間もなく煩悩を遠ざけ離れ、(さとり)を開いて聖者(ひじり)となった。

 幸運と無病と長寿は、誰もが望むものである。この三つを具えた彼を人々は供養しようとしたが、バックラの日常は慎ましいものであった。彼は常に糞掃(ふんぞう)()を身に着け、眠るときも横にならず、静かに坐って禅定の楽しみを味わっていた。

 この友との語らいの後しばらくして、突然バックラは(うわ)(ころも)をとって住房(へや)から住房(へや)へとめぐり歩くことがあった。

「尊者たちよ、進めよ、進め。私は今日、(みま)(かり)に入るであろう」

 と、云って自らの言葉通りその日のうちに世を去った。これもバックラの不思議の一つとして人々に伝えられた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ