不良に憧れる少年、「伝説の不良」に会いに行く
中学二年生の健人は不良になりたがっていた。
きっかけは不良が主人公の漫画を読んで、「かっこいい!」と憧れたという単純なもの。
そのため健人は整髪料をつけ、制服の上の方のボタンは外し、口調は荒っぽくし、少しでも不良になれるよう心がけた。
もちろん親や先生からは注意されたが、健人は聞く耳を持たなかった。
漫画に出てくるようなかっこいい不良になりたい。健人の気持ちはどんどん膨らんでいった。
そんなある日、健人はクラスでこんな噂を耳にした。
「隣町に昔“伝説の不良”だった人がいるらしいぞ」
「ものすごく強くて怖いらしい」
「見に行くか?」
「絶対イヤだよ。殴られたらどうするんだ」
健人は心の中で彼らをバカにした。なんていくじのない奴らだ。だけど俺は違う。“伝説の不良”なんか怖くない。
むしろ会いに行って、不良になるにはどうすればいいのか教えてもらおう。そう心に決めたのだった。
次の日、健人はさっそく電車で隣町まで来ていた。
学校がある日だったが、健人は授業をサボってしまった。授業をサボって“伝説の不良”に会いに行くだなんて、俺もいよいよ不良に近づいてるな、と健人はいい気分になっていた。
“伝説の不良”は、現在は工場を営んでいるという。ネットで手に入れた地図を頼りに、健人はその工場まで徒歩で向かった。
二十分ほど歩くと、健人は工場にたどり着いた。健人は工場というので、煙突があるような大工場を想像していたが、目の前にあるのは「小屋」といってもいいような小さな工場だった。
健人は急に心細くなってきたが、ここで引き返したら学校をサボった意味がなくなる。勇気を振り絞って、工場に向かって声を出した。
「すみませーん」
まもなく一人の男が出てきた。作業服を着て、小太りの、中年の男だった。五十歳ぐらいだろうか。ちょうど健人の父親と同じぐらいの世代に見える。
「はいはい、なんだい?」
中年の男は優しい声だった。
“伝説の不良”はここの工場長だと聞いている。
「あの……この工場の工場長さんに会いに来ました」
「それなら私だけど」
「え!?」
健人は驚いた。こんな優しそうな男が“伝説の不良”だなんてとても信じられない。
「せっかく来たんだ。ま、ゆっくりしていきなさい」
健人は言われるがまま、工場の中に案内された。
工場内の一室。どうやら応接室のようだが、部屋の広さは健人の自室と似たようなものだった。
ソファに座ると、工場長の奥さんが飲み物を出してくれた。優しそうな女性だった。
「ジュースでいいかしら?」
「ありがとうございます」
健人は礼儀正しくお辞儀をする。まだまだ不良にはなりきれていない。
「私の名前は大山と言うんだがね……」
工場長は自己紹介をしてくれた。
さらに工場について説明してくれる。
「この工場は電気系統の設備に使う部品を作っていてね。従業員はたった三人だけど、みんなよく働いてくれて、評判もよく……」
健人にとってはよく分からない話だし、ほとんど頭に入ってこない。
やがてそれを察したのか、大山が話題を変えようとする。
「もしかすると君、この工場を見学しにきたわけじゃないとか?」
健人はうなずいた。
そして、自分の名前や年齢、工場に来た目的を打ち明ける。
「俺は……あなたが“伝説の不良”だって聞いて、会いに来たんです。不良になるにはどうすればいいのか、教えて欲しくて……」
「そういうことだったのか」
健人はこう思った。この人は“伝説の不良”でもなんでもなくて、多分断られるだろうと。
しかし、大山からの答えは意外なものだった。
「分かった。立派な不良になる方法を教えよう」
「本当ですか!?」
健人は喜んだ。人は見かけによらないものだ。これで自分も不良になることができる。
「まず、何をすればいいですか!?」
健人がたずねると、大山が答える。
「まずはよく遊ぶこと」
「なるほど!」
不良になるからには遊び回らねばならない。健人は当然だと思った。
「それから友達をたくさん作ること」
「友達を? どうしてですか?」
「だって不良はグループを組むものだろ? 友達がいっぱいいた方がいいに決まってるじゃないか」
「確かにそうですね」
健人は納得した。漫画の中の不良も、自分たちで“チーム”を作ったりしている。
「それからよく運動をして、体を鍛えること」
「運動ですか? 不良が運動するなんて聞いたことない……」
「だって不良はよく喧嘩をするだろう。体を鍛えなくちゃ勝てないよ」
「その通りですね!」
これにも健人はうなずいた。
「あとは勉強すること!」
健人は首をかしげる。
「勉強ですか? 不良が?」
「不良は悪いことをするだろ。悪いことをするには頭のよさが必要だ。だからきちんと勉強もしなきゃならない」
「ふうん……」
返事はするが、健人はどこかおかしいと感じ始めていた。
「そして最後に、お父さんとお母さんを大事にすること!」
「どうして?」
健人は問い返す。
「不良は色々とお金がかかる。お父さんやお母さんを大切にして、いざという時はすぐお金をもらえるようにしておかないとね」
「……」
健人は黙ったままだ。
大山が語った立派な不良になる方法をまとめると、こうなる。
よく遊び、友達を作り、運動をし、勉強をし、お父さんお母さんを大切にする。これの一体どこが不良だろう。不良どころか“良”じゃないか。
健人は大山の目をじっと見て、疑問を口にする。
「おじさん、本当は“伝説の不良”なんかじゃないですよね? 俺を真面目な子にしようとしてますよね?」
大山は笑いながら答えた。
「バレたか……実はそうなんだ」
バレるに決まってるじゃないか。健人は心の中で呆れた。
じゃあ、なんで大山が“伝説の不良”なんて噂が立ったかという疑問が残る。これに大山はこう答えてくれた。
「電気設備というのはね、略して“電設”ともいうんだけど、うちの工場は始めた当初は不良品を多く出してしまっていた。だから、“電設の不良”と呼ばれてしまったのかもしれないね」
とんだオチが待っていた。
健人はがっかりした。
不良ならばここで「ふざけんな!」と机でも蹴飛ばして帰るところだろうが、まだ不良になりきれていない健人は、しばらく大山と話をした後、肩を落として工場を出た。
学校をサボってまでここに来たのに、結局“伝説の不良”に出会うことはできなかった。
健人が工場から駅に向かっていると、派手なシャツを着たガラの悪そうな若い三人組が前から歩いてきた。
怖いなと思いつつ、健人は道路の脇を歩く。
「ん、なんだこのガキ?」
目をつけられてしまった。
「なんで制服着た奴が、こんな時間に町を歩いてるんだよ」
「サボリかぁ?」
「不良になりたいお年頃ってやつか?」
三人組が立て続けに、健人に絡んでくる。
相手は体も声も大きく、健人は心も体も震えてしまう。漫画の中の不良とはまるで違う。これが本物の不良なんだと健人は実感する。
やがて、一人が言った。
「生意気だなぁ、こういう奴は痛めつけてやるか!」
胸ぐらをつかまれる健人。助けを呼ぼうにも、恐ろしくてその声が出ない。
その時だった。
「乱暴はやめなさい!」
大山が駆けつけてきた。
三人組の一人が、大山を睨みつける。
「なんだおっさん、このガキの親か?」
「そうではないが、その子ははるばる私を訪ねてくれた大事なお客さんだ。傷つけさせるわけにはいかん!」
大山の言葉は丁寧だが、迫力はものすごかった。
三人組もその迫力に圧倒されたのか、すごすごと引き下がっていった。
「大丈夫かい?」
「ありがとうございます……でも、どうして」
「せっかくだから駅までは送ってあげようかと思って追いかけたら、君が悪そうな連中に絡まれててね。無事でよかった」
大山の勇気ある行動と優しい笑顔に、健人は感動する。
「ごめんなさい、俺……おじさんに色々と失礼なことしちゃって」
「失礼だなんてとんでもない。君と色々話せて楽しかったよ」
健人は大山の顔をまっすぐ見つめる。
「俺、分かりました。不良って、さっきの三人組みたいに怖い存在なんですよね」
「そうだね。私も怖かったよ」
「決めました。俺は不良じゃなく、おじさんみたいにかっこいい大人になってみせます!」
「そうか、それはなによりだ」
大山はにっこり笑った。
健人は堂々とした足取りで帰っていく。彼はもう、不良になりたいと思ったり、学校をサボったりはしないだろう。
健人を見送った大山のところに、先ほどの三人組がやってくる。
「おやっさん、これでよかったんですか?」
「ああ、ご苦労だった。これで彼も不良を目指したりせず、立派な大人になることだろう」
三人組は大山の工場の従業員だったのだ。
つまり、これは彼らの演技であった。健人に不良の怖さを思い知らせ、不良になるのをやめさせるための。
三人組の一人が言う。
「しかし、若い頃は“伝説の不良”と恐れられてたあなたがこんなことするなんて、人は変わるもんですね」
大山はふと若い頃に戻ったような表情で答えた。
「私も不良として、散々喧嘩や悪さをして、親を泣かせてしまったからな。あんないい子が不良を目指すのを、なんとしても止めてやりたくなったのさ」
完
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