5話「少なくとも城とはここで」
「おはようございます、お迎えにあがりました」
約束の朝、やって来たアデンスは石膏のような色をしたスーツを身にまとっていた。控えめなデザインかつ地味な色ではあるものの、そこが逆に彼のありのままの雰囲気をより一層印象的なものへと引き上げている。派手にするだけがおしゃれではないというのはこういうことか、と教えてくれているかのようだ。
「アデンスさん!」
「まだ用がありますか? もしそうでしたら、待っておきます」
「いえ……いいんです、特に何も」
「そうですか、分かりました。ではこちらへ。お乗りください」
「あ、はい……ありがとうございます」
彼が用意してくれた馬車のような乗り物に乗り込む。
もしかしたら、この国とももうここでお別れかもしれない。それに、少なくとも城とはここでお別れだ。きっともうこの城へは戻らないだろう。
乗り込んでから。
「アデンスさん、これは、このままゼオルガート国へ行くのですか?」
ふと思って尋ねた。
「そうですね」
彼は柔らかな表情で答えてくれる。
「どこか寄りますか?」
「いえ、特に行きたいところはありませんので」
「そうですか、ではこのままで。しばらくかかると思いますので、ゆっくりしていてください。寝ていても良いですよ」
アデンスはそう言ってくれるのだけれど――次期国王なんて人がいる横で眠るのは無理!!
異性が隣にいるところで眠るというだけでもかなりハードルが高いというのに、その異性が貴い人となればなおさら眠ることなんてできない。
それに、彼と二人きりであるという緊張で、眠くなんてなりそうにないのだ。
「そういえばアデンスさん」
「はい?」
沈黙があって、気まずくなってはいけないと思い話を振ることにした。
「そのスーツ、おしゃれですね」
「あ、これですか」
「グレーといいますか白に近い色といいますか……絶妙な色で、大人っぽくて素敵です」
こんな感じでいいのか……?
会話のセンスがないと思われないだろうか……?
ついあれこれ考えてしまうのだが。
「少し、照れますね。そんな風に褒めていただけるのは珍しくて」
照れと喜びが水彩絵の具のように混ざった彼の表情を目にしたら不安はどこかへ飛んでいってしまった。
言いたいことは伝わったみたいだな、なんて思って、安堵する。
それから私たちはいろんなことを話した。
重要な話題なんてなくて。
細やかなこと、どうでもいいようなこと、そんなことを話すばかりだった。
でもそれが案外楽しいのだ。
隣にいて、互いを見て、話をする――ただそれだけのことでも心の距離が近づくような気がして、満足感がある。
「ルージュ様はやはりおしゃれに興味があるのでしょうか?」
二人を乗せた馬車は小刻みに揺れる。
「いえ私はあまり……センスもないですし、そもそも、あまり関心がなくてですね……女なのに恥ずかしいですけど」
最初こそ小さな振動に違和感を覚えていたけれど、時が経つにつれて段々慣れてきた。それに、喋っていたら気が散るので、些細なことはそれほど気にならない。
「そうなのですね。それでも他人のことはよく見ていらっしゃるのですね」
「失礼だったらすみません」
「いえ、そういう意味ではありませんよ。むしろ褒めていただけて嬉しいです」
「なら良かったです」
「何も変な意味ではないのです。ただ、着眼点が素晴らしいなと思いまして」
「それはアデンスさんのセンスが素晴らしいからだと思います。素人にも分かる魅力があります」