2話「事実は事実なので主張しておく、が」
それから少し経ったある夜のパーティー。
ベルヴィオはその日もエルフィばかり気にかけていた。
婚約しているというのに私のことなんてほぼ無視だ。
これは何だ、新手の嫌がらせか? ――なんて言いたくなってしまうほど。
「エルフィ、今日は働かなくていいからな? 俺がそういう風に手続きしてきてやったから」
「ええ~! 嬉しいですぅ!」
侍女の服を脱ぎベルヴィオから贈られたと聞くピンクのドレスをまとったエルフィはあざとい目つきで彼にすり寄っている。
そこへ向く皆からの視線は冷ややかなものだった。
しかし当人たちは深く二人の世界に入り込んでいて気づいていない。
「今日は好きなだけ楽しめ、料理だって食べていいぞ」
「でもぉ、いいんでしょうかぁ侍女なのに~」
「当たり前だろう、いいんだ、だってお前は俺に真の意味で愛されている唯一の女性だからな」
「ほわあ~嬉しいです~」
二人はずっと手を繋いでいた。
まるでお互いに「この人は自分のもの」と主張するかのように。
「ああ可愛いなエルフィ、あの可愛げのないやつとは大違いだ」
「ええ~? 誰ですか~?」
「ルージュだよ。あいつ、魔法が使えるからって調子に乗ってやがる。しかも最低なタイミングで話を振ってきたりして鬱陶し過ぎるんだ」
「んもぉ、駄目ですよぉ~? 悪口なんて言ったら~。ご本人もいらっしゃるんですからね~?」
「いいんだ、むしろ聞かせたいくらい」
本来近くにいていいはずなのにエルフィがいるせいでベルヴィオに近づけない私は会場内のすみっこに一人でいるしかない。
寂しいが仕方ないのだ。
それ以外に方法がない。
「ベルヴィオ様ぁ、ちょっとはあっちへ行って差し上げたらどうですかぁ?」
「ルージュのほうへ?」
「そうです~、放置していたら嫌われちゃいますよぉ」
「いいんだそれで。その方が心が伝わるだろ」
「ええ~、ひっどぉ~い。ふふっ、うふ、うふふふふっ。残酷ぅ~」
「本心だからな仕方ない」
「んもぉベルヴィオ様ったら言い過ぎぃ」
二人の失礼な会話が聞こえてくる。
でも何も言い返せない――もやもやしていたその時、グラスを手にしたエルフィが急に駆け寄ってきて。
「きゃあっ」
自らぶつかってきた。
グラスに入っていたお酒が飛び散り、私とエルフィ両方の着ているものを濡らす。
「……大丈夫ですか?」
一応気を遣ってみるのだが。
「あ、あんたね! なんてことしてくれるのよ! ベルヴィオ様からいただいたこのドレスは最高級の品なのに、濡れちゃったじゃないの!」
エルフィは怒っていた。
「え」
なぜだ? なぜぶつかられた私が怒られている?
「いきなりぶつかってくるなんて酷いわ!」
「ええええ!?」
まったくもって理解できない。
「ん、どうした、エルフィ。何があったんだ」
他の人と少し喋っていたベルヴィオが騒ぎに気づいて寄ってくる。
「ベルヴィオ様! この女が!」
「何だって? ルージュが?」
「急にぶつかってきて、それでドレスが濡れてしまったのですぅ……う、う、ううう……うわあああああん!! せっかくのドレスがああああああん!!」
「お、落ち着け。取り敢えず落ち着けエルフィ。大丈夫、大丈夫だから」
エルフィの背中を撫でつつ睨んでくるベルヴィオ。
「お前……エルフィに手を出すとは……」
親の仇でも見るかのような目でこちらを見てくるベルヴィオに、親しかった頃の面影はない。
「待ってください、被害者はこちらです」
事実は事実なので主張しておく、が。
「はぁ!? ぶつかっておいてそんなことを、よく言えるな! 悪女!」
逆に怒られてしまう。
「私がぶつかったのではありません。これは事実です、どうか信じてください。私はただ急にぶつかってこられただけなのです」
「エルフィを悪者に仕立て上げる気か!?」
「違います! 私は何もしていないのです!」
ベルヴィオは苦々しい顔で「よくも卑怯なことを――」と言葉を紡ぐが、その途中で。
「ルージュ様が仰っていることは事実ですよ」
誰かが会話に入ってきた。
声がした方へ目をやれば、そこには凛とした雰囲気の青年が立っていた。