最強師匠との最〇な出会い
私の師匠は最強です。
誰がどんな文句を付けたところで、最強なのはひっくり返せない事実です。
どの辺りが最強なのかというと、捕まってからずーっと雑用ばかりやらされていた哀れな私を、まるで夜空をきらめく流れ星のように颯爽と救ってくれたからなのです。
だから、そう。師匠のやる事は全部、私を想っての行動に違いないのです。
今こうして、私がぐるぐる巻きにされている現実だって。
「あの~、師匠? 縄が食い込んで痛いんですけど、そろそろ解いてくださいよぅ」
「だーかーらー、俺は師匠じゃねえってさっきも言ったよな? 言葉は通じるよな? それともお前、言葉は通じるのに話が通じないタイプか?」
まるで私が悪いことをしたみたいに師匠(にこれからなる予定の人)はずっとそっけない。ちょっと素直じゃない人なのだろうか。
「旦那ァ、他のは全部積み終わりましたぜ。あとはこの娘っ子だけなんですが……」
師匠に付いて来ていたおヒゲのおじさんが、一仕事終わった顔で楽屋に戻ってきた。
私を捕まえてこき使っていた人達を師匠が叩きのめして、それを纏めて連れて行ったのがこのヒゲの人だ。まるでクマかなって思うぐらい、もみあげからアゴまでヒゲがびっしりなのでそう呼ぶしかない。
「私はあいつらの仲間じゃありませんー! だから解いてくださいー!」
「お前は煩いからこのままだ。他の女は全員返すんだろ? だったらこいつもそれでいいじゃねえか」
「へえ、それがですねェ……」
「だーめーでーすー。私は師匠と一緒に行くんですー」
この言葉も4回目だ。師匠は私と一緒がそんなに恥ずかしいのだろうか。
「……とまあ、このお嬢ちゃんは行方不明者のリストに無いんでさァ。届けが無いなら孤児ですかねェ」
おヒゲさんが紙束をペラペラとめくりながら、師匠と二人で私を見下ろしていた。
ヒゲの人の方はたぶんアラフォーを超えていそうな大柄で太っちょのおじさん。頭はツルツルだけど、それをもっさもさの茶色いヒゲでカバーしている。
そして師匠は、私が高校1年生でその倍くらいの歳だろうか。顔は怖いけど下品だとか悪い人という感じは受けない。何より肌の色が緑とか赤じゃなく私と同じで、髪の色も黒い。それだけでも本当に安心する。
「……この娘は身元不明だが踊り子にも使えないので下働きと。まあそうなんだろうな。他の女は眼に精気が無いのに、こいつだけはこの馬鹿さ加減だからな……」
「そうなんですよ。そう、あれはほんのりと肌寒くなり始めた秋の頃だったんですが……」
「聞いてないんだが?」
私は今までの不幸を感情込めて語った。
部活終わりの帰り道、工事中の立て看板。
県大会を前に創作ダンスの振り付けを考えるのに夢中になっていた私は、マンホールの蓋が外れているのに気付かなかった。
ステップを踏んだ先の暗闇に吸い込まれた私はそのまま意識を失って、次に目覚めた時には──。
「生ゴミの臭いがプンプンの路地裏だったのです……!」
「そりゃ、最悪のお目覚めだな」
どうでも良さそうな顔をしておいて、師匠もしっかり聞いてくれている。素直じゃない。
「大変でしたよぉ。いきなり知らない場所と言葉で、トカゲみたいな人とか居てギャーってなるし、お腹ぺこぺこで何日もうろうろして……」
「この辺りは竜のお膝元だからな。それで、彷徨った挙句辿り着いたのがここか」
「はい! 私もダンスには自信がありますから、言葉は通じなくても踊りを見せれば何とかなるかなーと思ったら……足に重り付けられてトイレ掃除やらされていたです」
「……公演は見ておくべきだったな。半裸の女が腰振ってただろ?」
ここの劇場は、夜になるとお下品なピンク色の灯りがチカチカ眩しい。あいつらは度々女の人を連れてきては、無理やり踊らせてお金を稼いでいたのだ。嫌だと抵抗してもおかしな首輪を付けられた女性は奴らの言いなりになってしまう。私が見つけた時は昼だったのでそんな場所だとは分からなかったけれど。
「うう……私もあんなえっちなカッコで踊っていたかもしれないんですね」
「いや、無理だろ。攫われていたのは大体出るとこ出てる女だったからな。お前じゃ発育不良だ」
「む、むぅ~……!」
凄い失礼。師匠じゃなかったらお巡りさんを呼んでいる。この世界にも警察があるのかは知らないけど。
「いやいや旦那ァ、顔は整ってますしあっしの見立てじゃこの娘は化けると……」
「ですよね!? 化けますよね!? ほら師匠~、こっちのおヒゲさんに見る目で負けてちゃダメじゃないですか」
ヒゲの方も失礼だけどこの際どうでもいい。
「そんな事はどうでもよくてな。結局お前は自分を証明出来るものが何も無いわけだ」
「そうですね……有るとすればこの胸の名札ぐらい。誰も読めなかったですけど」
ジャージ姿で下校をしていた私は、迷ってからずっとこれを着っぱなし。ニオイは気になるけど、今となってはこの臭さにすら何だか安心する。ろくにお風呂も入れないから、これから伸ばそうと思っていた自慢の栗毛もいつの間にか鳥の巣みたいになっていた。
『月見里』
「へ?」
「それは『ヤマナシ』だろう。それがお前の……家名の方か?」
「よよよよ読めるんですかこれぇー!?」
新学期のホームルームでは毎回説明していたこの名前を、まさか知らない世界の人が一発で。やっぱり師匠は凄い。この人こそ私の師匠だと強く思った。
「うーん? あァ、獄域の鬼連中が使う文字になんとなく似てる気もしやすが……」
ヒゲおじさんが私の名札と睨めっこ。鬼と言うからには私たちの漢字に近い文字を使うのだろうか。顔の角度を変えたところで読めないものは読めないだろうけど。
「まあ、俺も多少知識はあってな。家名がそれだとして、下の名前は?」
「うー……それがですね、名札が残ってた苗字は思い出せたんですけど名前がぽっかり抜けちゃって……」
それだけじゃない。本当に最近の事ならなんとか思い出せたけど、生まれた家、パパとママの顔、小中学校の友達。私を形作っていたはずの記憶がない。思い出そうにも、食べ切ったポテトチップスの袋をずっと手探りしているかのような、そんな無駄な時間を過ごしている感じ。
「馴染みのない言語に記憶の喪失ねえ。考えられるケースはいくつかあるが……しかしこいつが『シショーシショー』と煩い時点で警戒すべきだった。開口一番で師匠になれと来たからな……」
そう、文字は読める師匠も最初は私の言葉が分からなかった。だけどそう判断した師匠は、私の頭に手を当てて(というか顔を鷲掴みにして)何か光のようなものを放つ。その途端、不思議と頭の中に言葉が湧いてくる。師匠達と話せるようになったのだ。
後で聞いたのだけれど、これも洗脳魔法の一種らしい。頭の中を丸々書き換えるのではなく、ゲンゴヤ?の部分に一般的なボキャブラリーセットを付け足しているのだとか。何だか分からないけど師匠は凄い。
とにかく、言葉が通じるようになった私は迷うことなく言った。師匠になってくださいと。その結果、縛られて放置された。
「とーにーかーくーですね、私のことは分かりましたよね? あとは師匠が私を弟子だって認めてくれれば万事オーケーなんですよ。分かりますよね?」
「分からんが? 大体初対面のお前が何をトチ狂って弟子だとか……」
「師匠の戦う姿に惚れたんです! その棒一本で、まるでダンスをするかのような華麗さであいつらをボッコボコにして! あと何だかキラキラしてましたし!」
「ああうん、正確にはバチバチな。四肢を欠損させずに無力化するには痺れさせるのが手っ取り早いから……」
師匠はちょっとだけ得意げに説明していたけれど、いやいやそうじゃないとでも言いたげに首を横に振りだした。
「いや、そう言われたところでな……」
「まあまあ、イイんじゃないですかい? 旦那も多忙なんですから雑用を任せる子ぐらい増やしても」
「そうですよそうですよ。猫の手も借りたいなら猫にもなりますよ? にゃんにゃんと」
私は手首を折り曲げて猫のポーズを取る、つもりが今は縛られていたのを思い出してもぞもぞともがく。
「……はあ」
師匠がつかつかと歩み寄る。そして縄目をむんずと掴んで私を立ち上がらせた。
「お前、そんなに俺を『師匠』と呼びたいか」
「はい、ぜひ!」
「そうかそうか」
師匠が初めて笑顔を見せた。いや、笑顔と言うにはとっても不気味だったけど。
「という事でシバさんよ、この娘に値段を付けてくれ」
「あいよッ。生娘みたいですしそうですねェ……10万、いや旦那にゃ特別価格で5万銭でどうです?」
「妥当だな。じゃあ商談成立だ」
「え?」
え?
「ええええぇえ~~~~!?」
「あー、うるせぇ……」
師匠がうんざりした顔で耳を塞ぐ。お願いだから今そういうリアクションはやめてほしい。
「いやいやいや、今何しました!? 私は今何がどうなったんです!?」
「お前は今、奴隷として商品登録されて、俺はそれを半額処分品として買った。まあ正式な手続きは後でやるがな」
「半額って、私はまだバリバリ賞味期限残ってます! というか話聞いてました!? 私は師匠になってと……!」
「弟子でも奴隷でも俺を『マスター』って呼ぶのは変わらねえんだ。一緒だろ……」
「全然違います! 大体何のケンリがあって私を10万とか5万とか!」
勝手に値踏みしておいてヘラヘラと笑っているヒゲをキッと睨み付ける。
「そりゃあねェ、あっしは奴隷売買で食ってるからよ、お嬢ちゃん」
「……はい~~~? この人も悪い人じゃないですか! 師匠、やっちゃってくださいよ!」
「やらん。雇い主だぞ」
奴隷だとか洗脳ダンスだとか、この世界は本当に地獄としか言いようがない。
「悪い奴らをとっ捕まえて、せめて奴隷として社会に貢献させる。正義の奴隷屋シバちゃんとはあっしの事さね」
「……まあ、正義は人の数だけあるからな。こんなんでも国から認可は下りてるんだな、これが」
「そうそう、低賃金労働者の確保はおクニの為と。激安商品の裏にはあっしが斡旋した奴隷アリってもんよ」
何か白々しい事を言っているヒゲの人はシバって名前らしい。どっちでも結局もさもさ生えているんだけど。
「そしてこちらの旦那こそ、この若さでマスタークラスの腕を持つ伝説の用心棒こと……」
「伝説になった覚えはないが、ゼロだ。だがお前が馴れ馴れしく名前で呼んだら張り倒すぞ」
師匠の名前はゼロ。実際何だかしっくり来ないので私がその名前で呼ぶ日はないと思う。何と言われようが師匠は師匠だ。
「……という事で、お前共々奴隷屋に連行するから大人しくしてろ、ヒナ」
「はい? ヒナって……私の事ですか?」
「ピーチクパーチク鳴き止まない雛鳥。名無しのお前にはお似合いだろうよ」
「お似合いじゃないです! 私にはちゃんと可愛い名前が……思い出せないけどあったはずで~~~! ……~~~~~~!!!」
その後も待遇改善を訴えたけれど、結局私は奴隷のヒナとして師匠に買われる事になる。こうなっては仕方ない。奴隷でも一緒に居られる事には変わりないのだから、まずは何としても弟子と認めさせる所から。
私の師匠は最強です。
だけれども、私たちの出会いは考えられる限り最低なシチュエーションから始まったのでした。
初めまして、石転と申します。
こういった話を投稿する場として初めて使わせていただきます。
不定期にはなりますが続けていけたらと考えておりますのでよろしくお願いします。