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第4飯 炒菜

第4飯 炒菜


「頼もう! 餃子を出してるのはこの店だな!」

大声を張り上げて現れたのは、鎧に剣を佩いた女だ。

髪をお団子にしてまとめている。

顔つきはイサムとよく似ていて、平たい顔をしている。

「え、はい」

接客で出てきたアレットは驚いて固まった。

「餃子をくれ! 急いでだぞ!」

ダンダン。

女は店に入り、席に着くとテーブルを拳の鉄槌の部分で叩いた。

「は、はい、ただいま!」

アレットは急いで厨房へ駆けてゆく。


新たに手に入れた店舗は十分な空間がある。

ホールは、テーブル席が6席ほど入る広さだ。


厨房の煮炊き台は鍋を2つ置ける大きさ。

熱源は炭火である。

中央に大きなテーブルがあり、仕込みなどの細かな作業が行える。


厨房は既にイサムの空間となっていた。


「とりあえずギョザ!」

アレットが言うと、

「あいよ!」

イサムは餃子を湯に入れた。

事前に仕込んでおいたものである。

餃子、葱油餅、ガレットは毎日注文される数を記録しておき、大体必要な数を作っている。

「ほい、できたぞ!」

「おk」

アレットはお盆に餃子の皿を乗せてホールへ。


「ギョザ、お待ちどう」

「うおー!」

女は餃子を見た途端、感嘆の声をあげた。

「水餃!(発音:シュイジャオ、意味:水餃子)

 何年振りかしら!

 真棒!(発音:ジェンバン、意味:ヤフー!)」

ギャーギャー騒ぎながら、餃子を食べる。

「もっとだ! もっともってこい!」

「はいはい、ただいま!」

アレットは、また慌てて厨房へと消える。


それから、女は餃子を食べに食べまくった。

10皿は食べている。

1皿10個くらいなので、100個以上食べている。

「ふー、飽死了(発音:バオスラ、意味:お腹いっぱい)」

女は満足気にしている。

「ゆで汁です」

アレットが皿にゆで汁を持ってくる。

「お、気が利いてるな、ありがとう」

「いえいえ」

さっきまでの鬼気迫る感じはなくなっており、にこやかに話していた。

「ところで、コックと話をしたいのだが」

女が言うと、

「はい、呼んできますね」

アレットはまた厨房へ。


「あんた、もしかして中国人か!?」

イサムは会うなり叫んだ。

外見的にはアジア人で、お団子の髪。

中国語をつぶやいてるのが聞こえたからだった。

「ああ、そうだが」

女は言った。

「あんたは……?」

「日本人だけど」

「ああ、そうか」

女はどうでも良さげに言って、

「ところで、あんた、炒菜チャオツァイはできるか?」

「ああ、まあ、一応は」

イサムはうなずく。

炒菜は中国語で菜を炒める、つまり炒め料理のような意味合いになる。

「ヨシッ、ktkr!」

(なんか表現が古いな…)

女がすごく喜んでいるので、口にはできなかったが、イサムは思った。


「私は趙紅梅ジャオ・ホンメイという」

「オレは林一三六です」

女とイサムは自己紹介をした。

「え、イサムと同郷なの?」

アレットは驚いているが、

「似た地域といえばそうだが、ルグドゥネンシスとベルギカぐらい違うな」

女、ホンメイは説明する。

ホンメイはかなりこの世界には詳しいようだ。

「へー」

アレットはあまり知識がないようだった。

(さすが底辺層)

イサムが思っていると、


きっ


アレットは察したのかイサムを睨む。

イサムは明後日の方角を見て、素知らぬ顔。


「私はこっちに来て久しくてな、久々に故郷の料理を見て押しかけてきたんだ」

ホンメイは嬉々として語った。

「餃子を食べたのは何年ぶりかな、これからもちょくちょく寄らせてもらう」

「よろしくね、ホンメイさん」

アレットは常連になりそうな客をまた1人見つけたので、喜んでいる。

「で、だ。この辺の者は野菜をあまり食べない。実に嘆かわしい」

ホンメイは何やら熱く語り出す。


(あんたが食べたいだけじゃないか?)

イサムは思ったが、やはり口にはしなかった。


「この辺には野菜を炒める料理がないんだ。

 炒鶏毛菜(発音:チャオジーマオツァイ、意味:小松菜の炒め物)とか、

 香菇炒青菜(発音:シアングーチャオチンツァイ、意味:青梗菜と椎茸の炒めもの)とか、

 猪肉炒豆芽(発音:ジューロウチャオドウヤァ、意味:豚肉ともやしの炒めもの)とか、

 一切、ないんだ!」

ホンメイは一気にしゃべった。


「まあ、この辺の人たちにはこの辺の人たちの食文化があるから」

イサムは一応、弁護してみる。

「それは分かってる」

ホンメイは一瞬、目を閉じ、

「だが、私は中国菜(発音:ジョングオツァイ、意味:中華料理)が食べたいんだ!」

そして、涙を流して訴えた。

「お、落ち着いて」

アレットがなだめる。

「涙、流すほどかよッ!?」

イサムはなんか煽ってるだけだ。

「ううう…」

ホンメイはダラダラと涙を流し続けている。

「イサム、作ってあげなよ」

「分かった、でも今日はムリだぜ」

アレットとイサムはヒソヒソ話をした。

「炒菜は、野菜とか仕入れないといけないしな。

 明日また来てくれよ、そしたら作るから」

イサムはアレットに促されて、言った。

「ホントか!」

ホンメイは先ほどとは打って変わって喜んだ。

喜怒哀楽が激しい性質らしい。


(まあ、気持ちは分かるけどな…)

イサムは思った。



「来たぞ!」

ホンメイは昼前頃にやってきた。


(午前中一杯、剣を振るって腹を空かせてきてそうだな……)

イサムは思った。

「てか、ホンメイさんは武道か何かやるのか?」

「ホンメイでいいよ、ヤオサンリウ」

ホンメイは言った。


ヤオサンリウは一三六の中国語読みだ。

「一」の発音は基本は「イー」だが、数字が並ぶ場合は「チー」と間違えやすいため、「ヤオ」と発音する事が多い。


「おいおい、それじゃ番号だよ」

イサムが言うと、

「武術を少しやってたな、大聖通劈門だ」

ホンメイは質問に答えた。

「知らねーよ、そんなマイナー流派」

「じゃあ、聞くなよ」

ホンメイはぶすくれる。

「そんじゃ、適当に始めるか」

イサムは無視して、料理に取りかかった。


セリフはイサム、ホンメイ、アレットである。

ちなみにドニは自分の露店。


「豚肉とアスパラガスの炒めもの」

芦笋ルースン!」

「アスペルジュか」


「豚肉とスイスチャード(フダン草)の炒めもの、ニンニク風味」

甜菜ティエンツァイ! 大蒜ニンニクが効いてる!」

「ブレットだね」


「鶏肉とカブの炒めもの」

蕪菁ウージン!」

「ナヴェだね」


「ニンジン、キュウリ、鶏肉の炒めもの」

炒三丁チャオサンディン!」

「キャロットとコンコンブルね」


「ほうれん草のニンニク炒め」

菠菜ボーツァイ!」

「エピナールか」


「レタスの炒めもの」

生菜シュンツァイ! オイスターソースがないのが痛いな」

「レチュね」


「マッシュルームと豚肉の春巻き」

春巻チュンジュエン!」

「なにこれ、初めてみた!」


「ラディッシュとキュウリの浅漬け、塩で揉んだだけな」

萝卜ルオボ! 黄瓜ホワングア! 旨い! こういうシンプルなのがいいんだよな」

「ラディとコンコンブル」


「葉ウイキョウと豚肉の水餃子」

茴香ホイシアン!? うまー!」

「フヌイユかー」


「中華定番のトマト、ジャガイモ、ピーマンは市場になかった」

イサムは残念そうに言う。

「トマト、ジャガイモ、ピーマンは南米原産だからなぁ」

ホンメイもうなずいている。

すっと出てくるところなど、結構博識らしい。


「でも、今日は堪能できた。ありがとう」

ホンメイは礼を言った。

「いや、それより結構値が張ったんだけど、お代は大丈夫か?」

イサムは心配そうに聞く。

ガロでは、野菜はそれほど高くはないが、それでもこれだけ集めるとそれなりに金が掛かっている。

「ああ、大丈夫だ」

ホンメイはドンと胸を叩く。

「私は各地を回って仕事をしていて、財産もそれなりにあるからな」

「そうか」

イサムはホッと息をつく。

「まいどあり!」

アレットが調子に乗って言った。



翌日。


「へー、そんな客が来たのか」

ドニが言った。

いつも通り、店にやってきてだべっている。

露店街からすぐ近くなので、以前よりは頻度は減ったものの、ちょくちょく来ている。


「うん、常連さんになってくれそうなんだ」

アレットは嬉しそうに言っている。


「おい、2人とも」

イサムは出入り口から顔を覗かせる。

「材料が無くなったんだが」

「ああ、はいはい」

アレットが言って、厨房へ消える。


露店の設備を持ってきて、外でガレット、葱油餅を作り売りしている。

元の露店は賃貸を止めていた。


「よ、また来たよ!」

そこへホンメイがやってきた。

「いらっしゃい」

イサムは仏頂面で言った。

「そいうや、もう昼か」

「そんな顔じゃ客が来ないぞ、ヤオサンリウ」

ホンメイは言いながら、店に入り、席に座る。

「余計なお世話だ」

イサムは外の炭火を消し、店に入ってくる。

「ホンメイさん、ヤッホー!」

「アレットちゃん、ヤッホー!」

そこへ厨房から出てきたアレットとホンメイがハイタッチ。

「あんたがホンメイさんか」

ドニが言った。

「あんたは?」

「オレはドニ、近くの露店で雑貨を売ってる」

「そっか、よろしく」

ホンメイは結構社交的な性質らしい。

「とりあえず、餃子な」

挨拶すると、イサムに向かって言った。

「へいへい」

わいわいと騒がしい店内を尻目に、イサムは厨房へ入った。


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