婚約破棄騒動に伴う対応
※ふわりとした神様の加護などがある世界の話。
※修道院と教会に関して書いてありますが、現実世界に即しているものと創作としている部分がありますのでご了承ください。
※創作の施設がありますのでご注意ください。
昨今、平民にも基礎教育を学ぶ場が提供されるようになり識字率が上昇した。それまで本を読むのは教育を受けている貴族や裕福な平民にのみ広がっていたのだが、文字を正確に理解出来るようになった平民達の中でも特に若い女性達を中心に恋愛小説が売り上げを叩きだしていた。
彼女たちは本の中で繰り広げられる自分達には想像も出来ない貴族の優雅な恋愛模様を想像しては楽しんでいたのだが、最近そこに思わぬ弊害が生じていた。誰が書き始めたのかは分からない。しかし、高位貴族の男性と下位貴族の女性や平民の女性との恋模様や、高位貴族女性と使用人の恋愛などを主題とした本が書かれそれが爆発的な人気となったのだ。
貴族の結婚は恋愛感情とは無縁の政略が絡む。利益と権力に絡められた結婚を当たり前のように思っている貴族の常識を平民は知らない。もしも貴族が恋愛をしたいのであれば結婚し後継者を儲けた後であり、仮に婚前に恋愛をするにしても将来の結婚相手である婚約者に対してである。
特に高位貴族にもなれば強大な事業が絡んだ婚姻になる為、自由な恋愛など許されるはずはない。王族ともなれば国が絡んでいてより厳密な契約に基づく。更に貴族はその血統を重要視する。
この国の高位貴族の血統は厳格に管理されている。それも全ては『女神の加護』が王族並びに高位貴族に与えられているからだ。初代の血を引き、その加護を身に宿している貴族の血が失われるとその家は取り潰される。決して養子を跡取りにすることは許されず、男女年齢関係なく、必ずその家の血を継ぐものでなければ当主になることは許されない。その血を薄めない為、また貴族の血であることを証明しやすいように高位貴族同士の婚姻が当たり前であり、加護のない下位貴族や平民の血を混ぜようと思う家は無い。
仮に愛人に下位貴族や平民を選んだ当主がいたとして、子供が出来れば必ず貴族院に申し出なければならない。その子供たちは全て監視され加護の力があると判明すれば国が管理する施設に引き取られることになる。だが、そもそもこの国の高位貴族は愛人を持たない。何故なら、加護を与える神が女神で、唯一の愛を望んでいるからだ。不貞を許さず、万が一不貞をすればその代償を払わなければならない。だからこそ高位貴族たちは婚姻相手を選ぶ時は慎重になるし調査もしっかりと行う。
さて、ここまで厳しく血統を管理されている国において最近増えてきた問題、それは高位貴族の子息令嬢が市井に広がる恋愛小説のような血迷った行動をとることだ。その決定打となったのは、侯爵家が主催した夜会において別の侯爵家の子息が婚約者に婚約の破棄を申し出たことにある。
彼はその家の子息ではない。他家の夜会において騒動を起こす事はその家への侮辱であるにも関わらず、彼はその騒動を起こした。更に彼は上位貴族のみが招待されている夜会のパートナーとして恋愛関係にある子爵家の令嬢を伴っていた。
もちろん入場の際に止められたが、彼は強引に乗り込んだ。その時点で彼に常識的な行動を求める事は難しかっただろう。止められなかったことを悔やみ使用人たちは後に主人へ何度も詫びたが、主人自体も子息の行動があまりにも非常識であり彼らにはどうにも出来なかったと理解を示した。
その騒動は子息の家である侯爵家が彼に厳しい対応を見せたことで一先ず終焉を見せたはずなのだが、この夜会に参加していた若い子息令嬢は若さゆえの暴走を始めた。つまり、婚約破棄の模倣である。
そもそもの話、婚約を白紙撤回、解消、破棄など行えるのは家の当主のみである。婚約は本人ではなく家同士が行う契約だ。それを個人が身勝手に対応出来るはずもないのに、小説に感化されてしまった若者たちは思うがままに暴走を始めた。
結果、いくつもの婚約が白紙撤回、解消、破棄された。
この騒動はついに王家に届けられた。国王は第二王子にこの問題への対応をどのようにするべきか、という課題を与えた。王太子である第一王子は国内は無論、外交などに集中している最中であった為、彼を将来補佐する立場にある第二王子が内政を担当することになった。
彼はまず宰相と法務大臣と話をする事にした。この場合、どの部署の官吏を選ぶかを問う為である。第二王子―ダリウスは己一人の力でこの件を解決出来るとは思っていない。上に立つ者に求められる資質というのは、まず部下を適切に管理、そして運用、指示する事である。上の者が一人で勝手に動き出せば下にいる者はどのようにすればいいのか分からず、また不満も抱くだろう。
王は鷹揚として構え、必要な時に命じる事が理想とされているし、各部署の長官たちも同様である。第二王子もこの件を取りまとめるある種の組織の代表と考え、部下を揃えあらゆる意見を問おうと考えたのだ。
結果、あらゆる部署の熟練並びに若手の官吏が集められた。それだけではない、女性の意見も必要である、と己の婚約者や女性官吏、侍女長なども呼び出した。更に王都にある修道院の院長や教会の神官なども招いた。
まずはこの面々で話をし、ある程度纏めたら更に下の意見を求めることになったのだ。
「よく集まってくれた。私は第二王子のダリウスだ。この場は国王陛下より与えられた昨今起きている婚約破棄騒動の対応について広く意見を求める為に設けた。無礼講とまではいわないが、忌憚のない意見を求める」
宮廷より派遣されている官吏や侍女長、院長達は深く礼をする。その隣で婚約者である侯爵家の令嬢ルイディナは美しく微笑みながら軽く礼をすると、許可を得て口を開く。
「ダリウス殿下の婚約者のルイディナにございます。この度は殿下より女性の意見も求められているということで、僭越ながらこの場に同席させていただいております。女性の皆様も、是非忌憚なき意見を仰ってください」
宮廷の広い会議室を借り受け、これよりしばらくの期間彼らは話をする事になる。王族という身分の高いダリウスを前に緊張してるのは、彼らに謁見することも出来ない立場の官吏や院長などであるが、ダリウスが話せばそれを補佐するようにルイディナが意見を求めるように一人一人に声を掛ける。そうして行く内に彼らは次第に自分たちが思うことを積極的に述べるようになった。
ある日のことである、女性修道院の院長が困ったような表情を浮かべて意見を出してきた。
「問題になった小説を拝読しました。その中で、何故か婚約の破棄を申し出た男性が女性に修道院へ行くことを提示しております。罰として、と書いてありますが、修道院は決して罪人を受け入れる為の場ではございません」
「こちらの修道士も同様の懸念を抱いております。我らは女神に仕える為修行をしております。無論、罪を犯した者が女神に許しを請う為に修行をするのは構いませんが、自身の意思で入るのは構わないのです。しかし、罰則のように扱われるのは女神への不敬に他なりません」
この国を守護する女神に仕える修道士や修道女は女神への敬虔な気持ちを抱き修行をし、禁欲的な生活をしている。その為の場所が修道院である。
それに対して教会は女神の教えを民に伝える場所で、神官が配属されている。
女神へ仕える敬虔な気持ちのない、修行を目的としていない者が訪れることは困る、と言外に語る院長達にダリウスは頷く。
「無論だ。貴殿らは禁欲的に修行を行っている。私を始めこの場にいる者は女神の信者である。貴殿らの憂いは女神へ伝わってしまうだろう。そのような事が起きないよう、この場で明確にしたいことがある」
ダリウスが後ろに控える侍従に合図をすると、彼はすぐに複数の紙を束にしたものを配る。
「明確な場所が無いから修道院への不当な扱いが生じる。私とルイディナが話をしたものを纏めてみた。あくまでも案であり、これが決定ではないが意見があれば申し出てほしい」
そこにはいくつかの施設の建設の提案がされていた。
一つ目は救済院。これは不当な離縁や婚約を破棄された者を一時的に保護する場所である。本来であれば離縁は女神の教えに反し許されないのだが、一定数いるのだ。離縁される理由の大半が子が出来ないことにある。貴族の婚姻は子を儲ける事が前提だからこそ、数年の婚姻生活で子が出来なければ離縁することになる。しかし、女神は唯一の愛を慈しむため、離縁は望んでいない。結果、離縁された側はした側に徹底的に貶められ離縁も止む無しと周囲に思わされる。
そのような不当な扱いをされる人々は家を追い出された後に実家に帰ることも出来ず困窮することが多い。かといって彼らが身を寄せる場所はあまりない。その問題を解決するための場所として救済院である。
ここである程度生活しながら、生活に必要な技術を身に付ける。女性であれば貴族子女の家庭教師の道もあれば、平民へ下ることも出来る。男性であれば領地管理の能力があれば代官としての登用も出来るように教育を施す。王家直轄の施設の為、彼らの保証はきちんと行われる。
無論、王家の直轄施設ということは厳しい調査が行われるが、その代わりに誰にも文句を言わせない保証を与えるのだ。
二つ目は更生院。これは軽度の罪を犯した者が入る場所である。例えば、婚約の破棄を申し出た貴族の子息令嬢が入る場所である。貴族でありながら貴族に相応しくない言動を行った彼らに何が問題であったのかを丁寧に教えることである。
彼らは狭い世界に生きている。自分達の置かれている場所が全てであり、世界が広いことを知らない。一度の過ちで人生を棒に振ることの恐ろしさをここで教え込む。
更生院には問題を起こしそうな者も入ることが出来る。家での教育がこれ以上無理だと判断されれば強制的に入れることが出来る。
この施設の運営は、そのように入れざるを得ないと判断した家の寄付金によって賄われる。問題のある子供を更生する為なので、税金は使うべきではない。本来は家でどうにかすべきことが出来ない代わりに教育をするのだから、というのが理由である。
三つめは刑務院である。更生院とは異なり、明確な犯罪行為を行った貴族が入る場所である。平民が罪を犯せば鉱山などの労役を課せられる。彼らと同じでもいいのだが、平民の中には貴族へ深い恨みを持つ者もいる。平民が罪を償っている最中に、元貴族が入り何かしらが起きれば平民に待つのは死だけである。それを避ける為の場所として刑務院を作る。そこでの生活は平民と変わらない。罪人である為、貴族と同じ生活など出来ない。食べるものも平民の罪人と変わらない。ただ隔離されているだけで、行うことは同じだ。
この施設は王家直轄であるが、ある程度基礎が出来れば法務大臣直轄の場所に変わる。予算はさほど与えられない。罪人を確実に捕捉するための場所だからだ。その代わり、この場所の警護に対しての予算はきちんと支払われる。
大まかにこの三つの施設である。ダリウスとルイディナも小説を読み、修道院の扱いに疑念を抱いた結果、焦点を三つに絞りこれらの施設についての提案をした。
この草案に院長達は安堵の溜息を零す。彼らが受け入れる修道士、修道女とて最初の頃は見習いである。彼らを導くこともまた修行であると考え受け入れることは出来る。しかし、罪を犯したり、信心などないのに訪れられても彼らには導くことは出来ない。特に犯罪者の更生は彼らの専門ではないのだ。
この案は試験的に導入してみる価値があるとして意見を更に詳細に詰め、その結果をダリウスは国王と王太子、宰相と法務大臣に提案する。そこで承認を得て、まずは王都にて試験的に運用されることとなった。
直ぐに結果が出ることではないが、徐々に成果が出てきた。特に、更生院は予想を超える人数が入院した。年に数度の周期で家でもどうにも出来ない問題のある子息令嬢が育つそうだ。
例えば、兄弟姉妹の所有物を欲しがる。兄弟姉妹を貶め己を高めようとする。人の婚約者を奪おうとする。など。
家で教育をしようにもどうにも出来ずに入れる親もいれば、その親が許容している為、親戚などが親と該当する子供をまとめてこの施設に入れるという例も出た。
「ダリウス様、お疲れ様でした」
「いや。ルイディナもありがとう」
「いいえ。少しでも成果が出ると良いのですが……」
「本は出版社に釘を刺した。出版する自由はあるが、王族と高位貴族は平民や下位貴族とは異なるということを徹底的に理解してもらわないと、今後も問題が起き続けるだろう」
「ええ。ですが、それでも止める事は出来ないでしょう。ですので、この度の施設が少しでも抑止力になるとよろしいですわね」
会議は解散し、参加した面々はこれまで通りの生活に戻る。ダリウスもまた第二王子としての執務があり、その補佐をするルイディナもダリウスの執務室を訪れ書類を捌いている。室内は政務官が出入りしながら各部署より送られる書類を纏め、決裁が必要なものを重要な順から並べダリウスの机の上に並べる。ルイディナもその一部を受け取りながら金銭部分についての試算をしていたのだが、疲れた表情を浮かべたダリウスに労わりの言葉を告げる。
ある程度調整はしていたが、それでもダリウスにも通常の仕事はある。会議が終わって直ぐに滞っていた事案に取り掛かっても時間はかかるわけで。
「少し休憩にしましょう。皆様、宜しいですか?」
「ええ。ずっと机に齧りついていましたからね。少しは休憩されてください、殿下」
「良いのか?」
「はい。お二人の書類処理は十分に速いので少し休憩しても問題はありませんよ」
政務官の一人の言葉に、室内に机のある他の政務官も頷く。羽ペンをペン立てに戻したダリウスはふぅ、と息を一つ吐くと、椅子から立ち上がり己の婚約者の元へ行き手を差し出す。
「ルイディナ嬢、私と少し庭園を歩きませんか」
「ええ、喜んで」
シンプルではあるが場を弁えたドレス姿のルイディナは微笑みその手に己の手を重ねて椅子から立ち上がる。
ルイディナは幼い頃より算術を好み、恋愛よりも勉強を好む子供であった。その才は成長するごとに目を見張るものとなり、ついには王家より第二王子の婚約者の打診を受けるに至った。侯爵家の有する領地に関する書類を好んで読み、自ら意見を出しては大人顔負けの発言をするところを、偶然王弟が見かけたのだ。この王弟は侯爵と仲が良く、頻繁に家を訪れていたのだが、ルイディナのこのような姿を見るのは初めてで、この才能を埋もれさせるのはもったいないと力説したほどだ。
ダリウスとルイディナが初めて顔を合わせた時の二人の年齢は10歳。その10歳同士が語り合ったのはこの国の在り方、政治、政策、各地域の特産品などの話だ。子供らしい会話は一つとしてなかった。ダリウスもまた兄を支えるものとして育っていたので、その未来を共に出来ると確信出来たルイディナとの結婚は歓迎するもので、二人の反応も良く、婚約はすぐに調った。
政略でありながら二人の関係は良好で、王太子夫妻とも円満な関係を築いている。二人とも、上に立つのではなく補佐の立場でこそ力を発揮するタイプなので後継者争いなど起きるはずもない。
美しく整えられている執務室からほど近い小さな庭園は外部とは隔離されているので二人とも心穏やかにゆっくりと歩く。
季節の花が咲き誇る庭園を手入れしている庭師が二人の姿を見るとそっとその場から去っていった。侍女たちは少し離れた場所で控えている。
二人は取りとめもない話をしながら整えられている散歩道を進む。室内で座りっぱなしでは体も硬くなるし、思考も偏ってしまう。気分転換は必要で、こうして二人で会話をするだけで気分転換になるのだ。
「ダリウス様。私、改めてダリウス様と婚約出来て良かったと思いました。少しでも苦しむ人々を救える、そんな仕事に携わることが出来ましたもの」
「君と話しているとどんどんと考えが浮かぶしまとまるんだ。私も君と婚約が出来て良かったと思っていたところだよ」
お互いに目を見合わせ笑い合う。勿論、仕事のパートナーとして最高の相性だが、きちんと二人の間には愛もある。そっと繋いでいる手。この手の温もりが幸せの証だ。
彼らには何故婚約を破棄しようと思うのか分からない。こうしてきちんと関係を結んでいけばそのような考えは生まれない。しかし、彼らの想像しない場所では起きてしまうのだろう。だからこそ、彼らは国を守る王族とその婚約者として一人でも不幸なものが救われるようにと願うのだ。
■前作の短編で修道院について色々お言葉を頂いて改めて考えていたものを書いてみました。
多くの作品にみられる修道院の扱いについての疑問を、創作した三つの施設に入れてみました。今回の主軸がそこでしたので官吏や神官、侍女長などは発言していませんが彼らも色々意見を入れています。
ヒューマンドラマと恋愛どちらにしようかなと思ったのですが、ダリウスとルイディアナはしっかりと二人とも恋愛感情込みで共にいるというのを明記したので恋愛の方にお邪魔しましたが、違うな、と思われた方はご意見お願いいたします。
誤字脱字は、出来るだけ確認しても目が滑ってしまって見落とすのでそっとご指摘いただけると嬉しく思います。