ニヤけたモヒカン
本気で絵本風にすると書くのが大変なので、漢字を沢山使った大人向けの絵本風で失礼します。
遠い遠い或る魔法がある異世界に、鶏の鶏冠を思わせる立派な黄色いモヒカンを生やした、太く鋭く長いトゲトゲが生えた肩パッドを身に付けて余り喋らない男が居ました。
彼は立派な街壁がある街の外れに20年位前から変わらぬ姿で住んでいて、街の中をうろつく姿がよく目撃されています。
どこかのお店でニヤけながら、ほぼ身振りや指差しだけで買い物をしている姿が。
ならず者が屯する酒場に入り、ニヤけながらグラスを傾ける姿が。
広場でベンチに腰掛けて、周囲を観察しながらニヤける姿が。
街のあちらこちらで見かける犬猫を見て、立ち止まってニヤける姿が。
談笑する若者の前で立ち止まり、ニヤけるだけで怯させて走り去らせる姿が。
そこらを元気に走り回って、転げて怪我をした子供にニヤけながら近寄る姿が。
そしてその子供の母親が駆け寄り、子供を背に回されて怒鳴りつけられながらもニヤける姿が。
普通の街の人々はあまりにも怪しい彼を見て不安になり、街を守る衛兵さんに何度も相談をしているのですが、衛兵さん達は問題無いの一点張り。
衛兵の隊長さんへ強気で問い詰めたら、問題無いと領主様が言っているそうな。
街の人々はそれが信じられなくてモヒカンの彼をつけ回すと、ひと月に片手の指の数前後、領主様の館の通用門からニヤけながら出入りする姿を確認するのです。
領主様はもしかしたら、彼に何かされているのかもしれません。
それ以外にも、ひと月に何度か街に近い森へニヤけたまま向かったりする姿も見ました。
それに、この街に長く住む者から話を訊くと、何年かに一度は数ヶ月間どこかへニヤけたまま旅に出るそうです。
こんな怪し過ぎるモヒカンの彼を、普通の街の人々は怖くて仕方ありませんでした。
でも頼りの領主様達は何もせず、受け入れているのです。 大声を出して、モヒカンの彼を追い出せる状況ではありません。
なので彼の行動を怖いながらも、見ているしか出来ませんでした。
そんなある日の事でした。
彼が数年に一度の旅に出る時期。
普通の街の人々が、モヒカンの彼が居ない内に、街外れの彼の家を壊そうかと相談していた時期に。
国から沢山の兵士がやってきました。
何事かと思ったら、戦争が始まるらしいのです。
この兵士さん達が負ければ、立派な街壁の街は侵略を受けてボロボロになってしまうでしょう。
なので街も一丸となって外敵と戦い、なんとか追い払うことに成功しました。
ですが、問題はそのあとです。
戦後から、ひと月ほど。
戦争の決戦の地となった近くの平原から、なんと死者が起き上がり街へ沢山やって来ました。
ゾンビに骸骨、幽霊まで。
特にゴーストは何体も集まって、非常に強いゴーストとなるモノも出て来て、国の兵士が帰ってしまった街は大混乱です。
死者に対抗できる手段が少ない領主様の兵士達だけでは近寄らせないのがやっとで、ほとんど減らせないまま時間ばかり過ぎていきます。
他の街へ助けを求める使者も危なくて出せず、閉じこもるしか出来ません。
死者は街を囲み続けて、他の場所からの商人が来なくなってしばらく経ちます。
街で蓄えた物資も少なくなってきて、物の取り合いで騒ぎも起き始めています。
そんな時でした。
あのニヤけたモヒカンの彼が、しれっと街壁の門をくぐり、帰ってきたのです。
門をくぐった。
つまり死者を街の中へ引き入れてしまうかも知れない、危ないことをしました。
それについて怒ってやろうと、門が動く音につられてやって来た街の普通の人々でしたが、それは叶わなかったのです。
なぜならモヒカンの彼が、いつも以上に迫力のあるニヤけ顔で、信じられない行動に出たので。
なんと街を覆うのみならず、街の外の死者達もすっぽりと覆う、とても大きくて強力な魔法を使いました。
それにより街を囲んでいた全ての死者達は浄化され、天へ送られたのです。
これに驚いたのは、普通の街の人々。
死者を天へ送る魔法は、神聖魔法と呼ばれる種類の魔法です。
効果は主に人の傷を癒したり、病気を治したり、汚れを綺麗にしたり、死者を慰めて天へ送ったり。
これは優しい心を持っていないと、神様が使う事を認めてくれない魔法なのです。
しかもその心根の優しさに応じて力を貸してくれるのですが、街よりも大きな範囲に魔法を使えるなんてお人好しは、どこまでも少ないのです。
つまり彼の性格は、飛び抜けた好い人。
好い人とはまったく結びつかないですが、神聖魔法を使った以上、好い人なのでしょう。
かく言う街の普通の人々は、この神聖魔法をほとんど使えません。 使えても、小さなかすり傷をなんとか癒せる位ですから。
その日、人々は思い知りました。
モヒカンの彼の為人を勘違いしていた恥ずかしさを……。
強い偏見に囚われていた情けない自分を……。
この出来事以降、街の普通の人々は勘違いしていた事を謝り、モヒカンの彼と街の関係はとても良くなり、ニヤける彼の姿を見て良い顔をしないのは小さな子を持つ親だけになりました。
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蛇足
お店でニヤける理由
店員さんへの愛想笑いのつもりだった。 普通のお買い物以外にも、近くの森で狩った獣の肉とかを卸しに来たりもしていた。
モヒカンの彼は空間収納的な魔法で沢山の物を持ち運び出来るので、彼から沢山仕入れたり、他の店への配達もしていた。
ならず者が屯する酒場にいた理由
冒険者の酒場です。 お仕事待ちだったり、仕事相手との打ち合わせだったり、怪我して帰ってきた冒険者を治す為に待機してたり。
ちなみに傾けてたグラスの中身は、ノンアルコール。 彼は下戸なので。
冒険者の酒場
この世界に冒険者ギルドは無い。
この世界の冒険者は暴力の色が強く、ならず者扱いされるので、街中のお手伝いの依頼なんて怖くて出せない。
そんなのが集まる場所と言えば、酒場でしょ。
なお彼は、濃厚な暴力の香りがする危険な所で、馴染むだけじゃなく(回復を)頼りにされて、堂々とスマートに格好良く飲食が出来る俺KAKKEEE!!
と、実に分かりやすく自惚れながら、いつも酒場ではニヤけています。
広場のベンチにいた理由
人の幸せそうな様子を見て、自然に笑っていたつもり。
街の犬猫を見ていた理由
ひたすらに可愛くて、笑顔になっていたつもり。
談笑する若者の前で立ち止まった理由
スリを始めとした悪事の相談をしていたので、やめさせようと、にこやかに話しかけるつもりだった。
子供に近寄ってニヤけた理由
神聖魔法で傷を治していた。 元気に走り回る子供が微笑ましくて、元気が有り余って転ける子供がまぶしくて、笑っていたつもり。
なお、その魔法を使う所はモヒカンの彼が壁になって見えなかったから、誤解が生まれる。
モヒカンの彼は、ただの真っ当な子供好きである。
母親に怒鳴られていた理由
治してもらった子供達が、モヒカンの迫力ある悪そうなニヤけ顔を真似しだすので。
お礼は言うし、本当に感謝してるけど、その怖い笑顔はやめてくれと怒鳴っているだけ。
で、怒鳴られはするけどお礼を言ってくれるので、感謝されて嬉しくてついニヤける。
領主の館にニヤけながら出入りする理由
緊張から顔が強張って、つい。
ちなみに、お仕事だし営業スマイルのつもり。
どんな仕事かと言えば、領主の衛兵含めた兵士達との訓練と治療。
モヒカンの彼は優しいだけでなく、とても強いのだ。
数ヶ月旅に出る理由
モヒカンの神聖魔法の強さを知っている一部の人から、仕事として呼び出されるのがほとんど。
街の普通の人々
モヒカンの彼の魔法にお世話にならない、普通の人々。 街への愛着は当然ある。
なので、怪し過ぎる見た目をした彼とは、悲しい行き違いをしていた。
死者
怨念とかの感情で動くのはゴースト。
ゾンビやスケルトンは、遺体に寄生して動かして操る、ヤベー虫型の魔物のしわざ。
神聖魔法で浄化すると遺体まで塵に還るので、食料として狩った獣も塵になってしまうから注意が必要。
なお遺体を操るヤベー虫はどこにでもいるので、動かせない様に遺体を処理をするのが、この世界の常識。
なんだけど、戦争だったので野ざらしの遺体が沢山あって、処理しきれないから今回の騒ぎがおきた。
遺体を操るヤベー虫の補足
どこにでもいるけど、一番快適な棲み処が遺体。
快適な場所を増やそうとして、虫の中で一番の機動力と攻撃力がある遺体で、新しい遺体を作ろうとする。
とても迷惑なヤベー虫。
なぜモヒカンにトゲトゲ肩パッドなのか
冒険者として積極的に冒険していた頃、そんな呪いを受けたから。
頭を丸めても、10分もすればモヒカンが元通りになり、どんな服を着てもトゲトゲ肩パッドが肩に現れる呪い。
ついでに、顔つきもモヒカンらしく厳めしくなる呪いでもある。
結果として、何年経っても歳をとった様に見えないモヒカンの完成。
当時冒険していた仲間達にからかわれて拗ねて、少し内向的になって口数が減った。
でも今もその仲間達とは仲良しで、手紙のやり取りが続いている。