恥ずか死ぬ
ほのぼのハッピーエンドです。
性的なことを連想させる表現があります。苦手な方は回れ右をお願いいたします。
誤字報告、ありがとうございます。
誤字、訂正しました。
人間、恥で死ねる。
それは本当のことでした。
死んだのは身体じゃなくて心だけどね!
皆さんこんにちは!
私はリェーナ・サマリンといいます。
しがない田舎伯爵の長女です。
うちは田舎なもんで、王宮の権勢争いにはほとんどお呼びはかからず、ただひたすらにお父様とお母様は領地を治めています。
不可はなく、金はホドホドにあるけれど、いかんせん田舎。
国境領地だと『辺境伯』という、なんかカッコいい名前をもらえるのに、うちはただの田舎伯爵なんです。
家は四歳上の兄様が継ぐから、私はどこかに嫁ぐことになりますが、山を越えた隣領のバーベリ伯爵家の長男が幼馴染みなので、そこへ行く気満々でした。
だって。
二歳上のパヴェルは穏やかで優しい人なの。
山には山賊がいて、山越えが大変だから、会えるのは年に数回。だけど、会えば楽しくて。
会えない時も手紙のやり取りがずっと続いているわ。
いつだって私を大事にしてくれて、幼い頃からイイ感じだったから。
両家の両親も、私が学園に入学するタイミングで婚約してはどうかと、口約束だけど話が上がり、とても嬉しかったわ。
学園は各領地にもあるけれど、なんと言っても一番の格式を誇るのは、王都の王立学園よ。
入学するのも難しければ、進級するのも難しく、更には卒業するのが一番難しいと言われている最高学府なの。
パヴェルはその王立学園にとても良い成績で入学し、留年することなく最終学年の三年生になったわ。
超・優・秀!(ドヤァッ)
そして私はというと……、お父様たちが金貨を積んでくれた教育のおかげで、優秀の「秀」位ではあると思う。
地頭はそんなに良くはない。けれど、幼い頃からの学習習慣と、魔石に魔力をブッ込む特異な天恵があるおかげで、まあ、なんと! 王立学園に合格出来ちゃいました!
魔石は魔物を倒すと取れる石で、魔道具には欠かせない動力部としてとても重宝されているものです。
弱い魔物から取れる大した魔石でなくても、私が魔力をブッ込めば、あーら不思議、魔石の力が上がるのです。
他の人が魔石に魔力を注いでも、魔石の力が上がることはありません。
これは私の特殊な天恵なのです。
唯一無二の力ではあるけれど、有用かと言われると正直、そうではありません。
だって、魔物を倒せば手に入りますもん、魔石。魔石に力を注ぐより、魔道具に合う魔石をお店で選べば済む話。私の天恵は、魔道具開発の研究に力を発揮するものでしょう。
これでパヴェルと一年、一緒に学園生活を送ることが出来ます。
パヴェルは王立学園に行ってからとても忙しいらしく、一度も領地に帰って来ていません。
もちろん、私も会っていません。
ならば、私から会いに行くまで。
私頑張った……!
私、デキる子……!
驚いたパヴェルが見たいから、私が王立学園に入学することはパヴェルには秘密にしました。
パヴェルのおじ様とおば様も、一度も帰って来ないパヴェルに思う所があったのか、快く協力してくれました。
婚約の話は、パヴェルと直接話してから。
結婚は家と家との話ではあるけれど、パヴェルから直接、求婚、されたい……っ!
兄様だけは、「パヴェルにきちんと連絡してからの方が……」とモゴモゴ言っていましたが、王立学園でパヴェルと甘い青春を過ごし、中退することなく無事に卒業して、すぐにパヴェルと結婚するという夢の中にいた私は、兄様の忠告を聞き流しました。
今思えば。
兄様は領地の学園を卒業しましたが、次期領主として築いている人脈があります。
だからこそ、知っていたのでしょう。
パヴェルに恋人がいることを。
「(ファーーー~ッ!!)」
寮の自室で枕に顔を押し付けて叫びながら悶えたところで、無かったことにはならないことくらい、分かっています。
手足を総動員してジタバタとベッドと戦っても、何の勝利も得られません。
今日は王立学園の入学式でした。
あんまりにあんまりな事実を目にして耳にしたので、ちょっと落ち着くために、箇条書きでまとめてみます。
・入学式後、中庭でパヴェルを発見! 綺麗な女性と二人でベンチに座り、顔を寄せ合い、うふふ、あはは、と。
……パヴェルのあんな優しい顔、私、見たことない……。
・食堂でパヴェルを発見! さっきの女性と二人でランチを食べて、ニコニコ、うふふ、あはは、と。
……パヴェル、キノコ嫌いだったのにキノコ盛り食べてた……「あーん」で。
食堂の席に座り呆然としていると、隣に座っていた先輩方のチュートリアルが聞こえてきた。
「素敵ね~あのお二人。パヴェル・バーベリ様とイエヴァ・コルスナ様。麗しいのに騎士のような逞しさを持つバーベリ様と嫋やかで儚い美しさを持つコルスナ様。同級生で一年生の頃からのお付き合いでしょう?」
「いつも一緒にいて仲睦まじくて、憧れるわ」
「伯爵家の嫡男と侯爵家の次女で身分も釣り合ってるのに、何故婚約されないのかしらね?」
「私、茶会で聞いたことあるわ! 様々な体験をしてから、きちんとお互いを自分の意思で選びたいのですって!」
「あんなにお互いしか見えていないのに? まあ!」
「乞い願って望まれて……羨ましいですわ」
……パヴェルの恋人は、イエヴァ・コルスナ様。パヴェルの同級生で、お付き合いして、二年。つまりは、入学して、すぐに恋人になったと。
『行ってくる。待っててね、リェーナ』
そう、手紙に書いてあったのに。
・手紙といえば。パヴェルの入学前は二月に一回くらいのペース。パヴェルが入学したら、四月に一回くらい。パヴェルが二年生の時は、私の誕生日、だけ。
便りがないのは元気な証拠と言うから、領地に帰れない程、忙しいからと思っていたけど。
・将来の約束、は、言われたこと、ない。
今までもらった手紙を読み直しても(全部持って来ている)、私を気遣うことはたくさんあっても、将来の約束については、……どんなに探しても見つけられなかった。
待って!
じゃあ何で、パヴェルは私に会いに来てくれたり、領地に招待してくれたり、ずっと手紙をやり取りしてくれていたの!?
やっぱり、少なくともイイ感じだったはずだわ!
王立学園に入学して、イエヴァ・コルスナ様に一目惚れしたというの? 浮気? 浮気なの?
枕にボスボス拳を叩き込んで怒りをぶつけても、箇条書きにした事実たちは変わりません。
パヴェルが王立学園に入って、いつも一緒にいたのは、イエヴァ様。
私には、四通の当たり障りのない手紙。
パヴェルは兄様の友人です。
もしかして、もしかしなくても、私は「友人の妹」でしかなかった……?
うちに来ていたのは、兄様に会いに来ていたの?
あら? あらやだ、え、やだあ……。そう考えると、すごくしっくり来てしまった……。
つまりは、パヴェルと『イイ感じ』だと思っていたのは、私の勘違い……?
いや、例え妹枠だとしても、好意を持ってくれていたんじゃ……。
うん、ないな。
兄様が、私を大切にしてくれているのは家族の親愛だからだ。これを恋だと言われても困る。そういうジャンルを否定はしないけど、自分にはないわ。
ということは。
妹枠でしかなかった友人の妹が、恋情を持って、ド田舎から王立学園まで追いかけて来た。→私。
これは、ストーカー案件……!!
「(ファアアアアアアッ!)」
よかった……! よかった! 中庭でパヴェルに詰め寄らなくて……!
(入学初日から騒ぐのはさすがに理性が止めた)
これは、ヤバい。
私の勘違い、両家が勘違いだと思っていないのが、ものすごくヤバい!!
うちの両親とパヴェルの両親、仲良いのよ……。勝手に話を進めそうだわ! いざ婚約となった時、きっぱりバッサリとパヴェル本人に拒否されて、長年の私の勘違いがパヴェルにバレてしまう!
なんで、なんでこんな勘違いをしてしまったんだろう。
いくらパヴェルが優しいからって、私、すごく恥ずかしい……!!
いや、……待って。
パヴェルに会えば、優しいパヴェルは、ド田舎から出てきた私の面倒を見るんじゃないかしら。
それって、恋人同士の時間を奪う田舎から出てきた幼馴染み……とんでもないお邪魔虫案件……!!
だめよ。既にパヴェルとイイ感じの仲だって勘違いしていただけでも恥ずかしいのに、失恋するわストーカーにお邪魔虫扱いされるわなんて、更に、死あるのみだわ……!
ズキン。
失恋、私がパヴェルに。
そうね……私、嫁ぐならパヴェル以外考えていなかった……。
失恋、したんだわ。
パヴェルがイエヴァ・コルスナ様に向けてた顔。あんな顔、私には向けたことないもの……。
そうなれば。
私が王立学園にいることを、パヴェルに知られてはいけない。
一瞬、退学することも頭をよぎったけど、私を送り出してくれた家族と町の人の顔を思い出し、頭を振りました。
一日じゃ顔向け出来ない。せめて一年は頑張らないと。
幸い、学年で使用する棟は違うから、後は食堂や中庭なんかの共用部をやり過ごせば、一切会うことはないはず。……いけるわ。
私から会いに行かなければ、パヴェルも卒業試験で今まで以上に忙しく、一年生との接点などないだろうし。
うん、これでいこう。
パヴェルが卒業するまでの一年間、私は立派に存在感を消し去り、パヴェルに見つからずに過ごして見せるわ!
それにはまず、うちの親とパヴェル……もう名前で気軽に呼んではだめね。バーベリ先輩のおじ様たちに手紙を出さなければならないわね……。
私からの「パヴェルから求婚されたの!」っていう分厚い手紙の到着を今か今かと待っているはず。
手紙が来なければ、忙しそうだな、とりあえず婚約しておこうって、お父様同士で婚約を結んでしまうかもしれない。(やりかねないわ)
勘違いを告白することは恥ずかしいけれど、嘘をついたり取り繕っても、すぐバレるものね。
気が重いけれど、私は便箋とペンを持ち、ありのままを客観的に書き、各々に手紙を送りました。
新品だった枕は私の拳により既にズタボロでしたが、この後、一晩中思い出し羞恥で枕に顔を沈めて叫ぶ涎と、失恋の涙と鼻水で、翌朝静かにその役目を終えたのでした。ありがとう、枕。
入学して半年。
王立学園のカリキュラムはハンパありませんでした。
中途半端に優秀な私は(自分で言うな)、与えられた課題をこなすのが精一杯の日々。
加えて、入学理由の天恵について、週に一回、魔道具開発に協力するため王宮にも通っているのです。
片道徒歩三十分は結構キツいけど、いい運動になっています。
馬車? うち、田舎貴族なもんで、王都にいわゆるタウンハウスなるものはないんですよ。つまりは、この身一つでの寮暮らしです。お金を出せば馬車の手配は出来るけど、正直、もったいないし。
しかしまあ、これは忙しい。
領地に帰るどころか、手紙なんてよく書けたな……。
義理堅いな。『兄』様は。
入学式の日、私が手紙を出してから、お父様とお母様からは「とにかく、身体に気をつけて学園生活を楽しみなさい」と何も触れずに気遣ってくれる言葉と、バーベリ先輩のおじ様たちからは「こちらが勝手に騒いでリェーナを傷付けてしまい申し訳なく思う」という謝罪と、兄様からは「皆、お前の幸せを願っている」という手紙がすぐに返って来た。
今年、私がどこかの「学園」に入学する歳だと知っているはずのバーベリ先輩からの手紙は、なかった。
もう、私宛には来ないのだろう。
私が心配せずとも、学園でバーベリ先輩と遭遇することはなく、お似合いの二人が並んでいる姿を時折遠目に見かける程度でした。(見つけたらすぐ隠れて逃げる)
クラスメイトは天才と秀才ばかりで、私の成績は最下位とブービーを争う日々。
ちなみに、逆トップ争いを繰り広げている私たち三人、オレークとナターリヤとは、とっても仲良しです。
オレークは割と大きな商会の五男で、八人兄弟なんですって! お兄様から王立学園に入らなきゃ家を出ろと言われて、ヒイヒイ言いながら頑張っていますわ。
ナターリヤは子爵家の一人娘。考古学が好きで才能もあるのですが、いかんせん他の教科がからきしでヒイヒイ言っています。
私? 満遍なくヒイヒイですわ。
最下層三人で「分からん分からん」と、わちゃわちゃ勉強しているのを見かねた中くらいの成績のクラスメイトが、ちょいちょい私たちに教えてくれるようになりました。
やがて教えてくれる人数の方が多くなり、リアルトップ集団が「仲間に入れてよぅ」と参戦すると、クラス全員が参加する放課後勉強会となってしまいました。
何でも、私たち三人に理解出来るように説明出来なければ、それは真に理解していないと同じことだそうです。
絶妙に失礼ですが、教えてくれるなら黙りましょうとも。
勉強会では皆で課題をやっつけた後、輪番で、自分の得意分野をドヤァ披露する時間があります。これがまた皆の一面が知れて面白い時間なのです。
今日はとうとう私の番!
この間のテストの成績順なので、最後ですが、何か?
私が皆にドヤァ出来るのは、天恵くらいしかありません。
天恵持ちの人の中には、何が出来るかを隠す人も少なくないけれど、私は隠さずに使っています。
天恵を隠すも隠さないも、お父様も学園も私の判断に任せてくれています。
まだ、クラスメイトには私の天恵についてはっきりと話したことはありませんが、満を持すとは、この事なんでしょう。
将来的にはこれで魔道具の開発に携わってガッポリ稼ぐつもりなので、宣伝もありますし。
さあ、驚くがいい! 私の天恵に!(ドヤァ)
はて、何故こうなった?
クラスメイトのほとんど男子も女子も真っ赤な顔して机に突っ伏してしまい、ナターリヤはクラスメイトの様子にポカンとし、オレークが赤い顔して私に本気で言った。
「ドヤ顔しているお前には悪いが、皆を代表してお前の為に言うぞ。お前に他意はないのは分かっているが、天恵で魔石に魔力を入れる具体的な方法を、二度と人前で説明するな。二度とだ」
『僕以外に教えちゃだめだよ? リェーナ』
……そういえば、昔、パヴェ……バーベリ先輩にも言われたな。二人だけの秘密みたいでドキドキしたっけ。
「オレーク、何でそんな怖い顔してるの? リェーナの話、面白かったじゃない」
私が物思いに耽っていると、ナターリヤがオレークの袖をツンと引っ張って言った。
袖ツンからの首コテ。
ナターリヤは天然でそういうことがデキる子。……尊っ!
オレークがナターリヤの肩を掴んで、更に顔を真っ赤にして言った。
「いつか、俺がちゃんと教えてやる」
オレークの言葉にクラスメイトがドッカン沸きました。
オレークとナターリヤは、先日オレークのアタックで付き合い始めた初々しいカップルですの。
オレークはガラっぱちなところがありますが優しく、五男だから婿入り可能なこともあって、土掘りと古代語の石板「命」のナターリヤも満更ではないみたい。
何で歓声が上がっているのかしら……? 私の天恵ドヤァに対してではないことだけは分かるわ。
私の天恵について、オレークがナターリヤに教えるというの? ちょっと意味分かんないんだけど。
頭から「?」を飛ばしていると、クラスメイトの女子生徒たちが寄って来ました。
「素晴らしい天恵ね」
「でも、オレークの言う通り、もう人前で説明してはだめよ?」
「リェーナ、あなたは未来の旦那様に教えてもらいなさいな」
何のこっちゃでしたが、皆にそう言われたのならそうした方が良いのでしょう。
盛り上がるクラスメイトたちは、この日を境に更に団結を見せることになりました。
解せぬ。
忙しなく日々は過ぎていきました。
一年間の集大成、進級試験です。これを落とすと進級出来ません。
私は及第点ぴったりで合格することが出来ました!
貼り出された進級合格者一覧に私の名前を見つけ、クラスメイトたちが抱き合ってお互いの健闘を讃え、喜んでいます。
ええ、お世話になりましたとも。感謝しておりますわ。
私のクラスは全員合格という快挙を果たしましたが、他のクラスでは大分落第者が出ています。これが二年生から三年生になる時はもっと人数を減らし、卒業試験の合格者は本当に優秀な一握りの者だけなのです。
卒業試験の合格者一覧にパヴェル・バーベリとイエヴァ・コルスナの文字を見つけましたが、不思議なくらい感情が凪いでいました。
兄様の友人で、隣領の優秀な幼馴染みが、羽ばたいて行く。
……ご活躍を、お祈りいたします。
卒業生は二週間後の卒業パーティーでお別れです。
この一年、本当に一度もバーベリ先輩と遭遇することはありませんでした。
私、本当にやればデキる子……!
そう、感慨に耽って油断したのがいけなかったのでしょうか。
「リェーナ……?」
振り向くと、バーベリ先輩が呆然と私を見て立っていました。
なんでここに、どうして、と呟いた後、バーベリ先輩は、私が制服を着ていることに気が付きました。
「……一年生、なのか?」
「はい、バーベリ先輩。ご無沙汰しております」
私が『バーベリ先輩』と呼んだからか、先輩が息を呑みました。
領地にいる時はずっと名前を呼んでいたからでしょうが、まさか、腕に恋人をくっ付けている兄の友人に向かって、昔のように名前を呼ぶ程常識知らずではありませんよ。いくら田舎者でもね。
「え、一年生? なんで教えてくれなかったの? え、……ずっと学園にいた……?」
バーベリ先輩はハッとして左腕にくっ付いているイエヴァ様を見ました。
「待って……! リェーナ!! 説明させて!?」
バーベリ先輩が慌てているのは、本当は、私のことが……?
……なーんて思うはずもありませんわ。
もう、恥ずかしい勘違いは懲り懲りです!
「ご卒業、おめでとうございます。兄も友人が優秀で、鼻が高いことでしょう」
あくまで、私との繋がりは「兄」を通してであることを全面に出してお祝いの言葉を送ります。
イエヴァ様に誤解されたら大変でしょう?
私、デキる子なんで。
バーベリ先輩が、泣きそうな顔をしました。
ふふふ……。妹が兄離れをするのが寂しいのね。……私も、寂しいです。
でも、お別れですね『兄様』。
お辞儀してこの場を去ろうとしましたが、思わぬ声がかかりました。
「あなたが、リェーナさん? パヴェルの……幼馴染みの?」
イエヴァ様です。
これは、今さら田舎の幼馴染みが出しゃばって来てヒトの男にチョッカイかけてんじゃねぇ……ガチンコ案件……!!
身構えた私をクラスメイトたちが取り囲みました。
な、何事? イエヴァ様が見えなくなっちゃいました。
「こんにちは先輩方。僕たちはまだ課題がありますので、これで失礼します」
クラス委員長(公爵家次男)がバーベリ先輩たちに挨拶し、私を囲んだまま移動します。集団移動、器用だな。
「待って! リェーナ! 話を……!」
バーベリ先輩の声がしましたが、「失礼しまーす」とクラスメイトの合唱にかき消されました。
皆は、私が幼馴染みを追いかけて王立学園に入学したこと、……失恋したこと、知っているのね。そうでなきゃ、こんなことするはずないし。
情報元はオレーク経由のナターリヤね?
後で覚えてなさいよ。
……ありがとう。
それから、卒業パーティーの日まで、クラスメイトが代わる代わる私の壁になってくれました。
何故か一年生の棟に突撃してくる二人。
本当に、何故?
卒業試験もパスして、暇なのかしら。
私は別にもういいんだけど、ナターリヤをはじめとするクラスメイトが怒ってるの。めちゃくちゃ、怒ってるの。
これも、何故に? 何に?
進級時に人数が減ることと、皆、自分の専攻に進んでいくことになるから、二年生になったらクラスという括りは無くなり、もうすぐこのクラスも解散です。
最後までわちゃわちゃしてるけど、とても楽しかった。
私が進級出来るのも、私の努力と(ドヤァ)クラスメイトの皆のおかげね。
明日は卒業パーティー。
バーベリ先輩は壁の向こうで「卒業パーティーに絶対来てくれ!」って叫んでいたけど、私をパートナーに誘うわけでもないのに、なんででしょう? バーベリ先輩とイエヴァ様の並んだ姿を目に焼き付けろってことかしら。
もう十分お腹いっぱいなんですが。
卒業パーティーは、卒業生はもちろん、一年生と二年生、もう一回の三年生も参加します。パートナーを同伴するも良し、友人同士で出るも良し、単身乗り込むも良しです。
卒業生は皆ドレスアップしますが、その他の生徒にドレスコードはありません。制服で参加し、卒業生を祝って、食べるだけ食べたら帰る人も結構いるんですって。
お父様からは進級祝いか、水色のドレスが送られてきましたが、……私が水色を好んで着ていたのは、バーベリ先輩の瞳の色だから。着れるわけないじゃん。
バーベリ先輩に言われたからというわけではなく、私も制服で参加し、クラスメイトとの別れを惜しむつもりです。
……つもりでした。
「じゃあ私は行くけど、本当に何かある前に寮母さんに言ってね?」
オレークの瞳の色のドレスを来たナターリヤが、心配そうに私に言いました。
オレークとの婚約が成立したナターリヤは、この卒業パーティーで婚約を正式に披露します。
その場に行けないなんて……っ! 不覚!!
「ほら、もう目を瞑って? また、別の機会にクラスメイトで集まりましょうね」
大事な時に発熱するなんて子どもか。
えぐえぐ泣く私を置いて、ナターリヤは会場へと向かいました。私よりオレークを取るんだ?(当たり前)
人の気配がない寮は寂しさが増してしまい、涙が止まりません。
熱が上がってきたのか、バーベリ先輩の声が聞こえます。幻聴か。
『愛しているんだ、リェーナ』
……随分、都合の良い夢だこと。
もう、あんな勘違いして死ぬ程恥ずかしい思いは真っ平ごめんです。
恥ずかしくて恥ずかしくて、私の恋心は死にました。
大好きだったの。
あなたとの未来を疑いもしない程、好かれていると勘違いして、ごめんなさい。
熱が下がって目が覚めたら、もうバーベリ先輩は学園にいない。
山賊のいる山向こうの領地は、行こうと思わなければ行くこともありません。
もう、……大丈夫。
翌朝、熱が下がってスッキリ目が覚めました。
一つ伸びをして、空気の入れ換えに窓を開けようとカーテンを開けたら、寮の塀の外にでっかいボロ雑巾が落ちているのが見えました。
ボロ雑巾の名はパヴェル・バーベリ。
昨日、王立学園を卒業した兄様の友人で……雑巾ではなかったはずですが。
当たり前ですが、女子寮に許可のない男性は入れません。
「バーベリ先輩? どうしたんですか?」
「リェーナ……愛している」
窓を開けて声をかけると、ボロから告白されました。
はて。
あんなに欲しかった言葉なのに、全然トキメかない。
「リェーナ」
いやいや、そんな「きゅ~ん」って顔されても。耳も尾もないからね。
あなたが態度できちんと示してくれたんですからね? 私はもう勘違いしませんよ。
それにしたって、なんでそんなにボロボロなんですか?
はあ……?
バーベリ先輩が大きな声で話す「事情」とやらは、とんでもないものでした。
卒業パーティーで王太子殿下とイエヴァ・コルスナ様との御成婚が発表されたとか。
「え、バーベリ先輩、……フラれたの?」
「違う!! やめてくれ!!」
バーベリ先輩がイエヴァ様の側にいたのは、イエヴァ様の護衛兼虫除けとしてだったとか。
バーベリ先輩とイエヴァ様は、昔から王太子殿下のお茶会仲間だけど、とても仲が悪いとか。
王太子はイエヴァ様の三歳上なので、イエヴァ様とはすれ違いで卒業するため、絶対に恋愛関係にならないバーベリ先輩を護衛につけたとか。
バーベリ先輩がイエヴァ様の護衛を引き受けたのは、私たちの領地の間の山賊討伐に国軍を投入してもらうための王太子からの条件だったとか。
イエヴァ様がバーベリ先輩の嫌がる姿を見たいがために、恋人のフリに力が入ったとか。
「いつもキノコばっかり口に突っ込みやがって」
バーベリ先輩、昔キノコに当たってから、苦手だもんね。
いやいや、あんだけ見たことない優しい顔してたし。私に手紙もほとんどないし。
「好きな子に向ける顔と仕事で一緒にいるだけの顔が同じなわけない。手紙は……」
バーベリ先輩が私に出してくれた手紙は検閲され、私への気持ちが書いてあるものは全て王太子殿下に没収されていたという。
イエヴァ様と恋人だと公言はしないが、否定もしてはならない約束をしたがためだったとか。
「ようやく、昨日の卒業パーティーでお役御免となるから、自分の婚約者はリェーナだと披露しようと、きちんとサマリン家へドレスと招待状を贈ったのに、まさか学園に入学していて、あのイエヴァと恋人だと勘違いしているなんて! 昨日母上から「自分は学園で恋人がいるのに、なんでリェーナちゃんと婚約出来てると思ってるの? 腐ればいいのに。サマリン家から、一応贈られたドレスは娘に送っておきましたが、ご子息はどういうおつもりで? って手紙を頂いた母の気持ちが分かりますか? 母は恥ずかしい!」と手紙が来て、とっくに成立してるはずの婚約も保留になってるなんて……! 昨日、リェーナは来ないし……!! あいつら寄って集って手加減ないし!!」
ヨレヨレでボロボロの正装姿のバーベリ先輩は、そう一気に捲し立て、地面に突っ伏してべしょべしょに泣き出しました。
まあ! バーベリ家のおば様ったら。
お父様からだと思ってたあのドレス、バーベリ先輩からだったの? 招待状はなかったけど、きっと、お父様たちが気を使ってくれたのね。恋人がいるバーベリ先輩からの招待状がなくても在学生はパーティーに参加できるもの。
べしょべしょのバーベリ先輩を見下ろしながら、どうしたものかと困っていると、ナターリヤがノックと共に部屋に来ました。
「リェーナ、熱はどう?」
「ナターリヤ、ありがとう、もう大丈夫よ。それより……」
私がボロ雑巾に視線を送ると、ナターリヤは「ああ、まだ頑張るわね」と言いました。
ナターリヤ曰く、クラスメイトたちは卒業パーティーでも壁を作って、まるでその中心に私がいるかのように集団移動してたそう。
え、なにそれ、ちょっと見たい。
そこへ、王立学園の卒業生でもある王太子殿下がサプラーイズと軽い感じで登場してイエヴァ様の横に立ち、卒業生への祝いもそこそこ、半年後の結婚を発表。
会場は響めいたらしいです。
だって、ねぇ?
あれだけバーベリ先輩と、うふふ、あはは、していたのに。
王太子殿下がバーベリ先輩に「護衛任務ご苦労だった。これで任務を解く。本来の婚約者の元へ戻るが良い」と言い、そうしてバーベリ先輩はクラスメイトの壁に挑み、もみくちゃにされながらたどり着いた中心にいたのは。
「オレークだったと……」
どんな絵面だ。
バーベリ先輩は一瞬白く燃え尽きたらしいけど、私がパーティーに参加していないと分かると、すぐさま女子寮に会いに来たらしい。
当然入れるわけもなく、塀の外から「リェーナ」と一晩ずっと呼び、雑巾化して今に至るとのこと。
皆、意地悪ね。私がバーベリ先輩に怒ってパーティーに出てないと思わせて。
熱出して寝込んでるんだから、呼ばれる声も夢現なのに、応えられるわけもないじゃない。
「ねえ、ナターリヤ」
「なあに?」
「私、好かれていると思い込んで、勘違いが恥ずかしくて恥ずかしくて、もう、バーベリ先輩への気持ちは、死んでしまったの」
バーベリ先輩にも声は届いているわね。
呆然と見上げているわ。
「一年間、ううん、先輩が学園に入ってから三年間、自分で思うより、私、辛かったんだわ。だから……」
「リェーナ! すまなかった!!」
「私、たくさん、男の人とお付き合いしようと思うの」
ナターリヤが「え? なんで?」と呟いて、バーベリ先輩は悲鳴を上げた。
「そしたら、バーベリ先輩の私への気持ちも、死ぬでしょう?」
「リェーナ、たくさん、は必要ないんじゃないかしら?」
「ああ、人数ではないわよ。私の中の気持ちのたくさん、よ」
「リェーナ! 嫌だ! 許してくれ!! 殿下の話になんか乗らなきゃ良かった! 山賊の棲みかをいっぺんに叩くには領軍だけじゃ足りなかったんだ。リェーナが嫁いで来ても行き来しやすいようにしておきたかったんだ。リェーナを裏切ってなんかない……!!」
膝をついて懇願するバーベリ先輩に、ニッコリ笑って窓を閉めた。
「で、本当のところはどうなのかしら、リェーナ?」
「心が死んだのは本当よ。でも、今、灰色だった心にすごい勢いで芽が出て花が咲いているの。わっさわさよ! だって三年よ? 三年も私のためにキノコ食べてたのよ?」
「キノコ……? そ、そう? じゃあ、許してあげるのね」
「許すも何も……私、バーベリ先輩から交際を求められても求婚されてもいないし。さっき初めて告白されたようなものよ」
私がそう言うと、ナターリヤはとても可愛い顔で「まあ」と困った顔をした。
あ、これは怒っている顔です。かわゆ。
「ふふ、私は追いかけて学園に来たけれど、今度はバーベリ先輩が追いかけてくれるかしら」
それはちょっと、……とても楽しみだわ!
「まあ、悪い子ね」
ナターリヤとクスクス笑い合います。
大好きな友だち。
楽しいクラスメイト。
大変だけど素晴らしい授業。
私、この学園に来て良かった。
その後の話ですが。
やっぱりというか、まあ、実はちょっと分かっていたというか、二年生の授業についていけなくなった私は、お父様と学園と王宮と相談し、スッパリ中退して王宮に魔道具開発担当として就職することにしました。
元クラスメイトたちは惜しんでくれたけど、挫折の先に就職があるから、笑って送り出してくれました。
そして目まぐるしく日々が過ぎて。
生活をより良くする魔道具を研究しながら、今までは屑石として見向きされてなかった小さな魔石にほんの少しの力を注ぎ、疲労回復だったり幸運だったり、気休め程度の効果を付けて、イヤリングやカフスボタンなどに加工して売り出したら、これが大当たり!
ウハウハしながら迎えた今日は、結婚式です。
え、誰のって?
私とバーベリ先輩……パヴェルのです。
学園を卒業したパヴェルは、王太子殿下の側近に上がり、王太子妃殿下にからかわれながら、忙しい日々を送っています。
領地の山賊は国軍の介入によりあっと言う間に壊滅したと、お父様から知らされました。
むしろ、今まで何故国は放置していたのか、なんてことは言いませんよ。だってすごい田舎だもん。優先順位が低くても仕方ありません。パヴェルのおかげで来てくれてありがとう、です。
そんな中、魔道具開発室に日に三度、朝、昼、晩、パヴェルは私に会いに来ては愛を囁いてくれました。
仕事上では寡黙な紳士なのに、私に縋る残念な姿が王宮内に広まると一種の名物となり、最初は面白がってた面々も、一年経ち二年経つと「もう結婚したげなよ……」とジト目で言ってくる始末。
いや、だって、本人が求婚してこないものをどうやって受けろと。「愛してる」とは言ってくれるけど、「結婚しよう」とは言われてないのだ。
転機は無事に卒業したオレークとナターリヤの結婚式に二人で出席した時。
花嫁がブーケを私に投げながら、「早く求婚してもらいなさい」と言ったこと。
「「「「「……は?」」」」」
殺気立つ元クラスメイトたちが私を囲み、華麗な集団移動を始めました。
慌てたパヴェルが、「う、嘘、してなかった……!?」と青ざめながら壁に挑み、ボロ雑巾化しながら、やっと求婚してくれました。
そして(本当にようやっと)迎えた結婚式。
元クラスメイトたちは皆参加してくれて、祝ってくれました。
元クラスメイトたちは、なんと、私以外全員卒業するという伝説を打ち立てたスーパー集団です。卒業後は各々の道で活躍しています。
ナターリヤを始めとする女性陣が私に近づき、改めてお祝いをしてくれた後、小声で聞いてきました。
「ねえ、リェーナ。あなた、勉強会で天恵について話したの覚えてる?」
「もちろんよ。よく分からなかったけど、皆からもう人前で言っちゃ駄目って言われて、それ以来言ってないわ」
「そう。リェーナ、今日……頑張ってね」
ナターリヤが赤い顔して微笑みました。
人妻になってもカワユス。こんな可愛いナターリヤを嫁にしたオレーク、後でシメル。
『魔力を魔石にブッ込むには、コツがあるんですの。まずは魔力の形。矢印みたいな形が良いです。太さや長さは魔石によりますが、押し広げるように優しく挿入します。入れては引いて馴染ませながら少しずつ奥に進みます。角度も大事です。こう、当て擦る感じが良いです。奥まで入ったら、少し激しく揺すって、矢印の先っぽから魔力を放つと、魔石に魔力が乗って力が増しますの』
「ファーーーーーー~~~っ!!?」
私が皆の前で一体何を連想させることをドヤったのか。
私の悲鳴が新居の朝に響き渡ったのは言うまでもありません……。
新枕は私の拳連打により、その役目をそっと終えました。ありがとう、枕。
これは、幸せだけど、恥ずか死ぬ案件……。
読んでくださり、ありがとうございましたm(_ _)m。
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リェーナの元クラスメイトたちは、完全にリェーナを庇護欲増し増しマスコットとして可愛がっています。
一生涯、友情(?)は続くでしょう。
リェーナは市販より強力な幸運効果のある魔石を皆にプレゼントし、家宝にされたとか。
リェーナとナターリヤは二人でいつもほのぼのです。
次は本文に入れられなかった二人の会話です。(おまけ)
【リェーナが結婚した後の会話】
リェ「ナターリヤは、いつオレークに教えてもらったの? あの、私の天恵の説明……やっぱり初夜?」
ナタ「え……? あ、あの、あの後わりと直ぐ……」
リェ「オレーク……やっぱりシメルか」
ナタ「ダメよ。オレークは私の旦那様で、お腹の子の父親なの。ふふふ」
リェ「!?(何もかもが早)」
オレ「はっくちゅん!」
パヴェ「(僕の存在……)」
【追記】
ジャンル別日間二位、総合日間短編一位をいただきました!!
ヾ(o゜ω゜o)ノ゛
更に……ジャンル別日間一位、総合日間一位をいただきました!!(。゜Д゜。)
皆様、本当にありがとうございます!!
誤字報告で、「辺境伯」の定義についてご教示頂きましたが、この作品の中では、あくまでリェーナが思っている「辺境伯」ですので、このままといたします。
ありがとうございました。
ちなみに、リェーナの元クラスメイトに辺境伯の三男がいたりして。(集団移動の指揮をとっていましたが、作中に出してあげられなかった……)
今後ともよろしくお願いいたします。