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5-9 大義名分

猫の姿で良かったと、ちょっと他人事です。


 部屋の中にはなんとも微妙な空気が流れた。


(これは、あれよね。余計なお世話ってやつだよね)


 自分が猫の姿であることをボクは心から良かったと思う。こんな微妙な空気、耐えられない。

 そんな事態を引き起こしたロイドは平然としていた。


(空気を読めないのではなく、あえて読まないんだろうな)


 そう思う。ロイドは決して、鈍感ではない。


「だからカール先生も一緒なんですね」


 ルーベルトがため息交じりに呟いた。同行者に納得する。


「剣術クラブの問題は私ではなくカールの担当だろう? 私はただの付き添いだよ」


 ロイドは一人、にこにこしていた。


(カールってあれだ。剣術クラブの顧問の先生の名前だ)


 どこかで聞いた名前だと考えて、ボクは思い出した。剣術は選択授業なので、まだ1年生は授業が始まっていない。担当教官であるカールの顔をボクは知らなかった。


(こういう人なのか)


 ロイドの膝の上から隣にいるカールを見上げる。

 子猫の小さな身体のせいか、とても大きく見えた。剣士に相応しいがっしりした体躯をしている。顔立ちは整っていた。勝手にいかつい顔をイメージしていたが、黙って立っていたらたぶんロイドより貴族然としている。どちらかといえば優しげに見えた。


(優しいというか、人がよさそうという感じかな)


 そんなことを考えながら、カールの隣にいるラルフを見る。ラルフはとても居心地の悪そうな顔をしていた。

 ラルフは貴族にしては線が太くがっしりしているが、剣士としては細身のようだ。カールの隣にいると華奢に見える。

 借りてきた猫みたいに大人しかった。


(猫なのはこっちだけどね)


 ボクは心の中で突っ込む。


「君たちが家のしがらみとかなにやらで微妙な感じになってしまうのは仕方の無い事かもしれない。だが限られた学園生活の間くらい、離れている家のことは忘れてみんなで仲良く過ごせた方がいいと思わないか? 学園にいる間くらい、自分を縛る様々なものものから解き放たれていいんだよ。そのために、学園は全寮制で生徒を家から引き離しているんだから」


 ロイドの説明に、アルバートもルーベルトも驚いた顔をした。ルーベルトはいつの間にかアルバートの隣に座っている。

 ちらりと見るとラルフも目を瞠っていた。


「全寮制にはそんな理由があったんですか?」


 ルーベルトが問いかける。初耳のようだ。


「もちろん、公にはされていないよ。だが、もともとはそういう理念で全寮制にしたらしい」


 ロイドが答える。


(本当かな?)


 ボクはちょっと怪しく思った。ロイドが適当なことを言っている気がする。だが、その考えにはボクも賛成だ。学園を卒業すれば、貴族として一人前に扱われる。それはつまり、貴族のしがらみから逃れられなくなるということだ。

 自由でいられるのはこの学園の生徒でいられる間だけ。それも、全寮制で家から引き離されているから出来る事だ。

 ボクはじっとラルフを見る。

 アルバートとルーベルトが警戒していたからボクも警戒したが、ラルフ本人を見る限りは怪しい感じも嫌な感じも特にはない。


(いい人かどうかはわからないけど、悪い人ではない気がする)


 ボクはそう判断した。


「しかし……」


 ラルフが呟く。ちらりとアルバートとルーベルトを見た。なんとも気まずい顔をする。言葉が続かなかった。


「そもそも、君たちが微妙な関係なのは何故なんだい?」


 ロイドはずばり聞く。

 聞きにくいことをずばっと聞くのは優しさかもしれない。そこがはっきりしなければ、蟠りは消えないだろう。


「それは……」


 アルバートは口ごもる。言いにくい顔をした。


「私のせいです」


 ラルフが静かな声で答える。

 アルバートもルーベルトも驚いた顔をした。そんなことをラルフが言うとは思っていなかったのだろう。


「私が無駄にアルバートに張り合うことに、二人が迷惑を受けているだけです」


 素直に自分の非を認めた。思ったより、悪い人ではないらしい。

 気まずいからか、少し俯き気味に下を向く。

 その視線が、ロイドの膝の上で見上げていたボクと合った。

 ラルフは驚いた顔をする。

 その顔は思ったより幼かった。


(なんだ、いいやつじゃん)


 直感的にそう思った。ロイドの膝の上から逃げ出し、カールの足を踏みつけてラルフの所まで移動した。

 ラルフの膝の上にちょこんと座る。


「な~お」


 甘えた声を出した。


(さあ、撫でなさい。存分に触らせてあげるわよ)


 そんなボクの行動をみんなが見ているのがわかる。視線を感じた。


「な~お」


 固まっているラルフに向かって、もう一度鳴いた。


「撫でさせてくれるらしいよ」


 ロイドが横からラルフに声を掛ける。


「い、いいのか?」


 問いかけるラルフの視線はボクを通り越して、向かい側に座るアルバートに向けられていた。


「ノワールがいいと言うのなら、私は構わない」


 アルバートは答えた。


「……ありがとう」


 ラルフは少し躊躇いながら、礼を言った。

 恐る恐るという感じでボクに手を伸ばす。とても優しく撫でられた。その手には遠慮がある。


(なんだか可愛い)


 好ましく思った。ロイドみたいにがんがんくるタイプより、こういうタイプの方が好きなのは猫の本能かもしれない。


(うん。悪い子ではない)


 そんな確信を抱いた。遠慮気味なその手にボクは自分から身体をすり寄せていく。

 それに安心したように、撫でてくる手に少し力が入った。その手はちょっとごつごつしている。貴族の手ではない。それが剣を持つために出来た肉刺のせいなのは聞かなくてもわかった。

 ちゃんと努力しているのだろう。

 そういう頑張る子にボクは甘い。


「にゃーお」


 撫でられながら、アルバートを振り返った。

 色の違う瞳でじっとアルバートを見つめる。

 ボクが何を言いたいのか、アルバートは察したようだ。なんとも複雑な顔をする。

 だが、ボクの意思を尊重した。


「ノワールが先輩を気に入ったみたいです。よろしければこれからは普通に仲良くしてください」


 後輩として、ラルフを立てる。


「……いいのか?」


 ラルフは戸惑いながら、でも少なからず嬉しそうに聞いた。彼が無駄に張り合ってきたのは、仲良くなりたいという気持ちの裏返しだったのかもしれない。


「私はノワールの下僕も同然なんです。ノワールがそう決めたのなら、それに従います」


 小さく笑って、アルバートはボクを呼ぶ。

 ボクはラルフの膝から去り、アルバートの膝の上に戻った。


「にゃ~お」


 アルバートにも甘える。すりすりと身を寄せて、可愛らしく鳴いた。


「可愛いが過ぎるな」


 ロイドの呟きが聞こえる。


(そうでしょう? 猫のボクも最強に可愛いからね)


 可愛いは正義なのだと、心の中でボクは吠えた。




可愛いは世界は救えないかもしれないけれど、誰かは救っています。

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