常識のない女
「君は常識外れだなあ。」
少し気取ったレストランで、男女が二人。
食後のコーヒーを飲んでいる時。
指輪を差し出したのは女だった。
「普通、それは僕がやらなくちゃいけないんだ。」
男は照れながら笑った。
「君は何をやらかすか心配だ。僕がそばに居ないと。」
***
「君は常識外れだなあ。」
寝坊した花嫁は、大急ぎで頭を結ってもらっている。
「ワクワクして眠れないだなんて、遠足前の小学生みたいだ。」
花婿は笑って付け加えた。
「これからは、毎日起こしてあげるよ。」
***
「君は常識外れだなあ。」
妻は真っ黒焦げになった鍋の前で腰を抜かしていた。
「火を使う時は、必ず目を離さないように。」
夫も驚いていたが、無理やり笑って言った。
「君が無事で良かった、本当に。」
***
「君は常識外れだなあ。」
妻が買ってきたオモチャが動かないと子供が泣く。
「ちゃんと電池も買ってこないと。」
夫は、子供と妻をなだめた。
「さあ、買い物に行こう。」
***
「君は常識外れだなあ。」
子供の就職祝いのご馳走に、妻はカレーライスを作った。
「いくら大好物とはいえ、もっと豪華な料理のほうが…」
夫はスプーンいっぱいにカレーを頬張った。
「うまい!」
***
「君は常識外れだなあ。」
新米おばあちゃんは、孫が生まれてすぐ、離乳食のセットを買ってきた。
「気がはやすぎるよ。自分がやった子育てを忘れたのかい?」
新米おじいちゃんは笑って言った。
「これは、私たちが雑炊にでもして食べようか。」
***
「君は常識外れだなあ。」
夫は集中治療室で横たわる妻の手を取り、笑って言った。
「統計では、女の方が長生きするんだよ。」
珍しく妻が口答えした。
「あなたこそ常識外れよ。こういう時は悲しむものでしょ。」
「君と一緒の間は笑っていたいんだ。」
「そうね、あなたはいつも笑ってくれていたわ。」
そう言って、妻は目を閉じた。
「君は…」
男はもう笑わなかった。