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7話 呼び出し

 正月三箇日が明けた。


 てっきり楓のお母さんが、楓を取り返しに追いかけて来るかと思って覚悟していたけど、楓の電話にすら連絡が入らなかった。


 本当に厄介払いが出来たと喜んでいるのか、それとも連絡すら出来ない状況にあるのか…… いや、娘を目の前で連れ去られて連絡一本来ないのは、きっと前者なんだろう。


「あれ? お兄ちゃん、楓さんは? 」


 洗濯機を回しながら考え事をしていると、友達と出掛けていた菜のはが帰って来て顔を覗かせた。


「おかえり。 着替えを取りにアパートに行ってるぞ 」


「ただいま。 ふーん…… 」


 なんとも言えない微妙な表情を残して、菜のはは自分の部屋へと引き上げていった。


 広島であった一部始終を説明してから、菜のはが少しよそよそしくなったような気がする。


 なんとなく…… なんとなくだけど、周りの色んなものが壊れていくような不安に駆られる。


 いや…… 有耶無耶にしていた色んなものが動き始めたと見るべきかもしれない。


  ピリリ……


 不意に鳴ったポケットの中の俺のスマホにびっくりして、慌てて画面を確認すると楓からの着信。


 ー ごめん、今いい? ー


「ああ、どうした? 」


 お母さんから連絡が来た…… という内容をどこかで期待していたけど、楓は荷物を運ぶのを手伝って欲しいと言う。


「わかった、菜のはも帰って来たから一緒に…… 」


 ー ううん! アンタだけで来ないと意味が…… じゃなかった! 菜のはちゃんに重たい物持たせる訳にいかないでしょ! ー


 今、ポロッと本音が出たよな?  俺だけでって、何をするつもりなんだよ。


「あのな、俺は菜のはを蔑ろにするつもりはないぞ? 」


 ー わかってるわよ! あ…… アンタ今エッチな事考えてたんじゃないでしょうね? 違うわよバカ! そもそもアンタが…… ー


「わかったわかった! すぐ行くからちょっと待ってろ! 」


 通話を乱暴に切り、階段下から二階の菜のはに声を掛ける。


「菜のはー、ちょっと出かけてくるから洗濯機頼む! 」


 ドア越しに『はーい』と言うだけで、俺に顔は見せてくれない。


 とりあえず返事はしたのだからと無理矢理自分を納得させて、さっさと楓の用件を済ませてしまうことにした。




 星院東高校に程近い鳥栖家の仮住まいのアパートに着いた俺は、ドアの前で一つ深呼吸をしてからインターホンを押した。


「…… あれ? 」


 もう一度インターホンを押しても、楓が出てくる様子がない。


「まさか!? 」


 慌ててドアノブを回すと鍵は開いていた。


 すぐに中に入り、靴を脱ぎ散らかし、楓の姿を探して部屋中を見渡したが楓の姿は見当たらなかった。


「楓! 楓ー!! 」


 6畳ほどの2部屋の間取りで、部屋が荒らされた形跡はない。


 どこにも行くはずがないのに、姿が見えないだけで俺はめちゃくちゃ焦っていた。


「楓! 」


 引き戸のクローゼットを開け、照明も点いていない風呂場のドアを開け、トイレのドアを勢い良く開ける。


「ひっ!? ………… 」


 前屈みになって便座に座る放心状態の楓がそこにいた…… よく考えれば、部屋に見当たらなければすぐに思いつくことだった。


「あ…… えと…… 」


 口をパクパクさせながら徐々に真っ青になっていく楓に、俺も顔から血の気が引いていく。


「は…… 早く出て行きなさいよー!!! 」


「はいー!! 」


 壊れるかと思うほど勢い任せにドアを閉め、靴も履かないまま玄関まで飛び出した。


 両隣の住人にドア越しに不審な目で覗き見され、よそよそしく頭を下げたところで楓が静かにドアを開けた。


「…… とりあえず入りなさいよ…… 」


 真っ赤な顔をして恥ずかしそうな様子だけど、目は『殺す』とはっきり言っている。


 タコ殴りにされる覚悟を決めて、俺は招かれるまま大人しく部屋に入った。


「玄関開けておいたんだから察しなさいよバカ! 」


 すぐに平手が飛んで来るかと思ったが、楓は俺と目を合わすこともなく、冷蔵庫からペットボトルの水を出して俺に手渡してきた。


「いや…… トイレなら鍵くらいかけろよ 」


「急にお腹痛くなっちゃったんだもん! 仕方ないじゃない! 」


 そう言うと楓は、荷作り最中だったボストンバックの横にヘナヘナと座り込んでしまった。


「…… どうした? 」


 こころなしか顔が青い…… 赤くなったり青くなったり、コロコロ変わる奴だなと思っている場合ではなく、明らかに具合が悪そうだ。


「大丈夫か? 何か拾い食いでも…… 」


「そんなことするわけないでしょ! 生…… 女の子の日なのよ! 」


 女の子の日…… ああ、そういう事か。


「ゴメン燈馬、アタシのバッグ取ってくれる? 」


 クローゼットのドアに寄りかかって辛そうにしている楓に、慌てて小さなショルダーバッグを手渡す。


 中から薬を出して、俺の飲みかけの水で錠剤を流し込んだ楓は、そのまま床に伏せて目を閉じてしまった。


「お、おい…… 」


「大丈夫だから静かにしてて。 そろそろだなぁとは思ってたけど、油断したなぁ…… 」


 楓の生理痛は重く、しばしば動けなくなるくらい痛くなるらしい。


「アタシ不規則なのよ。 それでもこんなに痛くなるのは初日と二日目だけだから…… 」


 男にはわからない痛み…… 床に横に伏せたままじっと痛みを堪えている楓に、俺はどうする事も出来ない。


「そんな辛そうな顔しないでよ。 アンタが悪い訳じゃないじゃない 」


「だってよ…… 」


 フフっと力なく笑った楓は、『変なの』と呟いて俺の左腕に手を伸ばしてきた。


「じゃあ、腰をさすってよ。 『手当て』って言うじゃん…… 楽になるかも 」


 言われた通りに腰をさすってやると、楓の表情は少し楽になったように見えた。


「文句を言いながらも、やっぱりアンタは駆け付けてくれるんだね…… 」


 その言葉には答えず、俺は黙って優しく腰をさすり続けた。





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