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6話 広島帰りの車内で

 朝6時32分発車の新幹線に乗り、俺は一路東京を目指していた。


 隣の窓側の席では、楓が窓の外をずっと覗いまま。


 あの後、楓のお母さんが放った一言に逆上した俺は、楓を連れて東京に帰ることを決めた。


  できちゃったんだから仕方ないじゃない!


 できちゃったというのは、楓を望まぬかたちで身籠ったということに他ならない。


 その後も『アンタさえいなければ』だの、 『産む気なんかなかった』だの、たった一人の娘を前に吠えたのだ。


 頭の中でブチンと何か切れる音を聞いたと思った時には、俺はお母さんの襟首を掴んでいた。


 楓が止めてくれなかったら、今頃お母さんをボコボコに殴っていたかもしれない。


「…… ありがとね、燈馬 」


「うぇ? 何がだよ? 」


 『ううん』と静かに首を振った楓は、また窓の外に視線を移した。


 楓をこんな母親と二人になんか出来ない…… そう思って、楓の手を引いてホテルを飛び出してきた。


 行く宛もないので夜が明けきらないうちから駅前のベンチで時間を潰し、駅が解放されたと同時に窓口に駆け込んで楓の分の乗車チケットを買った。


 幸い、新幹線に空席があったから良かったものの、もしチケットが取れていなかったらと思うとゾッとする。


 それでも俺は、なんとしてでも楓を連れ帰ったんだろうなと思う。


「アタシね…… 知ってたんだ。 お母さんの本音 」


 窓の外を覗いたまま、楓がボソッと呟いた。


「…… 前にも言われたのか? 」


「直接言われたのは初めて。 でもお母さんがアタシを産んだの17歳の時だったから、なんとなく想像つくじゃない 」


 初めて楓のお母さんに会った時、随分若づくりだなとは思っていたけど、まだ30半ばだったのか。


 高校で楓を産んだのなら、多分高校は中退したんだろうな。


「凄いよなお前。 お母さんといて嫌気はささなかったのか? 」


「お父さんとお母さんも、お父さんの不倫が発覚するまでは仲良かったから。 離婚後はあれてたのもあって、嫌になったから家に帰らなかったのよ 」


 それっきり楓の話は止まった…… 俺も、どう答えてやればいいのかわからなくなってしまって、無言の時間が過ぎる。


「いいのかな、アタシ…… 」


「うぇ? 」


 俺に振り返って呟いた楓は、微笑んでいるように見えて無表情だった。


「アタシはいらない子だよ? アタシみたいなのが、幸せいっぱいのアンタの家に帰っていいのかな? はっきり言って邪魔者でしょ? 」


「………… 」


 思わず絶句してしまった…… それはないぞ、楓……


「はっきり言ってよ、『お前はいらない』って 」


 気が付いた時には、俺は楓の胸ぐらを掴んでいた。


「もういっぺん言ってみろよ、殴るぞお前 」


「………… 」


 目を見開いてびっくりしている楓は、ずっと俺の目を見て固まっていた。


「お前はもうウチの住人なんだよ! 俺はお前を家族みたいに思ってるし、菜のはや親父だってそう考えてる! お前のいない毎日はもうあり得ないんだよ! 」


「え…… 」


「出会いは最悪だけどな、お前を救えたのが俺で良かったと思ってる! あの時も、これからも! だからお前自身が自分を否定すんな! 」


 朝の新幹線の車内で怒鳴り散らし、周囲の人の視線を集めてしまった。


「ご、ごめんなさい…… 」


 楓と二人で周囲に頭を下げて、座席に小さくなって座る。


「バカ…… 場所考えなさいよ 」


「お前が余計な事言うからだろうが 」


 楓はムスッとするが、俺をじっと見たままで言い返しては来なかった。


 心なしか、楓の頬が赤らんでいるのは気のせいだろうか。


「とにかく…… あんまり自分を卑下するなよ。 お前はウチにいていいし、自分を出していいんだ 」


「家族って…… 今の発言、そういう事でいいんだよね? 」


「…… うぇ? 」


 俺、今何を言った?


「だから…… アタシが家族だっていうのは、恋人というか奥さん…… そういう事でいいんだよね? 」


 は? いや、話飛びすぎだろ。


「いやいや! そういう事じゃなくて、もっと自分を大切しろっつー事で…… 」


「はぁ!? これからも! とか、ずっと傍にいてくれるってことじゃないの!? プロポーズじゃないの!? 」


「ばっ!? 声がデカいって! 」


 再び周囲の人達に睨まれて、俺達は更に縮こまっておとなしくする。


 挙げ句に車掌さんにまで注意されて、俺達はそれ以来無言で東京駅に向かったのだった。




 行きはあまり気にならなかったけど、東京は広島よりも数段寒かった。


「雪、降ったんだね 」


 改札を抜けて駅の外に出ると、路肩には湿った雪が少し残っていた。


「さむ…… 」


 無理矢理連れ帰ってきた楓は、身につけて行ったマフラーも手袋もホテルに置いて来てしまったらしい。


 手を息で温める仕草に、俺は無意識に手を伸ばしていた。


「ほら、手…… 出せよ。 タクシー拾うまでだけど 」


 楓は俺の手と顔を交互に見て、恐る恐る差し出した手を握ってきた。


「あったかい…… ほ、ほら! 心の冷たい人って手が温かいとか言う…… 」


「そんなベタなオチはいらないから。 それともやめるか? 」


「ううん…… 湯たんぽにはちょうどいい! ありがと 」


 照れ隠しだったのか? ギュッと握ってくる楓の手を意識すると、俺も恥ずかしくなってきた。


「い、行くぞ! タクシー料金は割り勘だからな! 」


「え!? アタシ財布の中空っぽだよ! 」


「うぇ! 俺だって持ち合せあまりないぞ…… 」


 タクシー乗り場まで来たはいいけど、タクシー料金が間違いなく足りない。


 なんとかして帰らねば…… と、自宅方面のバス乗り場をスマホのアプリで調べる。


「うわ…… 3本乗り換えかよ…… 」


 乗り継ぎの時間も微妙に噛み合わなく、家までかなりの時間がかかるけど、また蒼仁先輩に頼るのも気が引けるのだ。


「しゃーない。 時間かかるけど、バスで帰るぞ 」


 楓の返事を待たず、俺は楓の手を引いてバスターミナルへと足を向けた。


「なんか、上京してきた田舎者みたいな感じだね 」


 エヘヘと繋いだ手を見ながらニヤけている楓を見ていると、『アホか』と突っ込む気も失せてしまう。

 

 へぇ…… こんな穏やかな笑顔もするんだな。


「ん? 」


 歩きながら覗き見る俺の視線に気付いたのか、楓は不思議そうな顔を俺に向けてきた。


 その顔がなんとも言えず可愛くて、思わず目を逸らしてしまう。


「なにそれ! 田舎もんってバカにしてるの!? 」


「そ、そうじゃねーよ! ホント可愛くねーな! 」


 そうじゃねーのは俺の方だ…… つい小学生バリの受け答えをしてしまった。


「可愛くないのは生まれつき! フーンだ! 」


「そうじゃねーって! 」


 ベーッと舌を出す仕草がまた可愛く見えて、また小学生並みの言い訳を始める。


 そうだな…… 帰ったら。


 帰ったら、素直な気持ちを楓に言おう。


 そう心に決めて、俺は楓の手を引いてバスターミナルを目指した。 






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