5話 想いの果てに
部屋を照らすダウンライトの光を少し落とし、俺と楓は一つのベッドに入っていた。
もちろん服は着たまま…… その流れで楓を抱くほど俺は下衆じゃない。
というか、童貞の俺にそんな度胸はない。
お互いに背中を向け、だけど背中はぴったりとくっつけて、たまにもぞもぞと動く楓の感触に一回一回緊張する。
「ねぇ、燈馬…… 」
「ん? 」
向き合うことはせず、そのままの態勢で返事をすると、楓は反転して俺に向き合ったようだった。
「良かった…… 動かないから寝ちゃったのかと思った 」
「寝れねぇよ。 いつお母さんが帰ってくるかもわからないし 」
「そだね。 ごめんね、疲れてるのに 」
大泣きした後の楓は、角が取れたように口調も丸くなっていた。
慣れないな…… ツンケンしてる方が楓らしいというか、落ち着くというか…… なんだか気を遣ってしまう。
「あのね…… 本音を聞かせて欲しいんだ。 それで整理つくと思うから 」
整理…… というのは、やはり男女間の関係の事なんだろう。
なあなあにしていたのは俺の責任でもある…… この際だから、正直な気持ちを話してもいいかもしれない。
俺も楓の方に体を反転させ、穏やかな表情を見せている楓に寝たまま正対した。
「…… はっきりいって、迷惑だと最初は思ってた 」
「うん…… だよね 」
穏やかな表情のまま、楓は俺の言葉に耳を傾けている。
「幽体なのに俺に話しかけてくるし、蒼仁先輩には無茶してくれるし、紫苑や藍を掻き回してくれるし…… 」
「うん…… 」
「でもな…… 放っておけないんだよ。 わかるだろ? 」
わかるだろ? とは卑怯な逃げだなと、自分でも思ってしまった。
「わかんない。 ちゃんと説明して 」
ですよね、ハイ……
「お前を体に戻した後、もう会わないつもりでいた。 でもさ、気が付けばお前の事を考えてる自分がいて、何か手伝ってやりたいとか…… ああもう! 困ってる顔や泣いてる顔を見たくないんだよ! 」
「だからリハビリ手伝ってくれたり、家に置いてくれたりしたの? 」
「…… そうだよ 」
「でもそれって、アンタ的には凄いマイナスポイントだよ? 」
マイナス? ってなんだよそれ。
無意識にしかめっ面になっていたのか、楓は俺の眉間に人差し指を当てて優しく撫でた。
「アンタは紫苑が好きなんでしょ? もう一つ言えば、藍ちゃんにも甘えてる。 一人の女を好きだと公言しておいて、他所の女を特別待遇している場合じゃないんじゃない? 」
「うぇ? 」
呆れてため息をつく楓は、『考えなさいよ』と少し面倒臭そうに話し始めた。
「アンタはアタシにかまってる場合じゃないんだよ? 自分の幸せを追いかけなきゃ。 ここに来ちゃダメだったんだよ 」
「…… だからってお前を放っておけないんだよ! 」
つい怒鳴ってしまって楓をビックリさせてしまった。
「悪ぃ…… 俺の幸せどうのじゃなくて、さっきも言ったけどお前の辛そうな顔を見たくないんだ。 遠い場所に行ったってきっと変わらない…… お前が困っているなら多分駆け付ける 」
しばらく俺を見つめていた楓は、大粒の涙を溜めて俺にすり寄ってきた。
「バカ…… アンタがそんなんだから諦められないんじゃない 」
「悪ぃ…… 」
楓の頭を引き寄せて胸に埋める…… ドキドキはしないけど、安心している自分がいた。
「俺な…… 自分でもわからないんだ。 紫苑も大事だし、お前も大事だし。 もちろん藍や菜のはだって大事でさ、誰が一番なのかと言われると、正直困る 」
「プレイボーイみたいなこと言ってるんじゃないわよ、童貞のくせに 」
「童貞は関係ないだろ 」
「優柔不断! 男ならバシッと決めろ! 」
その通りなんだけど、なんかムカつく……
「菜のはが一番だ! 」
楓は胸に顔を埋めたまま、クスクスと笑い出した。
「やっぱりアンタはシスコンなんだ…… めんどくさい 」
「めんどくさいって…… お前も十分めんどくさいぞ 」
「そだね。 そんなアンタを好きになっちゃったんだから、アタシもめんどくさい奴だわ 」
言葉にトゲがあるのかもどうでも良くなってきた…… いつもの楓に戻りつつある事に、ホッと胸を撫で下ろす。
「ねぇ燈馬 」
「ん? 」
「しよ。 思い出ちょうだい 」
いきなり何を言い出すんだこいつは……
「思い出ってなんだよ? 高校卒業まではウチにいるだろ 」
「バカ、自宅じゃ菜のはちゃんがいるんだから無理じゃない。 そうじゃなくて、アンタと特別な思い出が欲しいって言ってるの! それで諦めるから 」
「だから諦めるとか自己完結すんなよ! 俺は…… 」
「菜のはちゃんが一番なんでしょ! 言っておくけど、近親相姦は犯罪なんだからね! 」
「アホか! 菜のはに手を出す奴は俺であろうと許さねぇ! 」
「だからアタシが今だけ相手してあげるって言ってるの! ほら、早く服脱げ! 」
ワケわからん! 自分の眉間に力が入っている事を感じているうちにも、楓は上着の裾を捲り上げて脱ごうとしていた。
「ち、ちょっと待…… 」
カチャ
楓が上着を脱ぎ捨て、ブラのホックに手をかけたと同時に部屋のドアが開いた。
「何…… してるのあなたたち…… 」
「「あ…… 」」
楓のお母さんが帰ってきたのだ。
憔悴しきった顔がみるみる間に赤くなり、血走った目で俺を睨んでくる。
「貝塚ぁ! 大事な娘になんてことを! 」
「ちょ!? ちょっと待っ…… ぐえっ!! 」
投げられたバッグが顔にヒットしてベッドから転がり落ちる。
「やめてお母さん! 」
「楓は黙ってなさい! 男ってどうしてこうも! 」
激怒するお母さんは、枕やらティッシュ箱やら周りの物を容赦なく俺に投げ付けてくる。
「違うんだってばお母さん! アタシが…… !! 」
「!? 」
楓が俺とお母さんの間に割って入って止めようとするが、椅子を持ち上げて投げようとするお母さんは止まらない。
ガツン
「あっ!! 」
寸でのところで楓を引き寄せ、振り下ろされた椅子は俺の頭を直撃して止まった。
生暖かいものがこめかみを伝う…… でもそんなことはどうでもよく、お母さんを力いっぱい睨み付けた。
「危ねぇじゃねぇか! 楓が怪我したらどうすんだよ! 」
「燈馬! 血が!? 」
「ひっ…… !! 」
俺の怒声にビビったのか、頭からの出血を見たからなのか、お母さんの暴走はそこで止まったのだった。