3話 ドタバタの広島遠征
東京から広島までの新幹線は、夜7時半発が最終らしい。
蒼仁先輩に楓を助けに行くと伝えると、激混みの新幹線の自由席の予約をしてくれて、これから東京駅まで送ってくれると言う。
吹石先輩も一緒にいるらしく、『菜のはちゃんは預かってあげるから心配しないで!』とメチャクチャ喜んでいた。
菜のはに連絡を取ると一緒に広島へ行きたがっていたけど、予約が取れたのは一席だけだし、強行で行くだけだから連れては行けない。
楓の現状を伝えると、渋々ながらも大人しく留守番すると納得してくれた。
なんだかんだで、菜のははいつも聞き分けがよくて助かる…… やはり自慢の妹だ。
二ノ宮の運転手さんに東京駅まで送ってもらい、広島行の新幹線に乗り込んで、広島駅に着くと11時を超えていた。
改札をくぐった所で、まず楓のお母さんに連絡を取る。
「くそっ! 出ねーじゃねーか! 」
どこのホテルに泊まっているのかは現地に着いたら聞こうと思っていたのだが、お母さんは一向に電話に出ない。
広島までとりあえず来たはいいけど、これじゃ意味ないじゃないか。
「あ…… うん? 」
睨み付けたスマホの向こう側に、駅の出入口の階段に座り込んでいる見覚えのある背中を見つけた。
初めて会った頃の中学校の制服に身を包んだ、何故か見間違いしない後ろ姿。
他の人には楓の姿が見えていないので、不自然にならないように黄昏れている幽体の楓の横に座った。
「こんなとこで、なにショボくれてるんだよ 」
「…… うぅ、燈馬ぁ 」
楓は俺を見つめて目に涙を浮かべた。
まだ他人の目があるから面と向かって喋れないけど、独り言を呟くように小声で楓に話しかけてやる。
「泣くなよ。 すぐに体に戻してやっから 」
「うん…… こんなとこまで来てもらってごめんね 」
楓は手の甲で溢れた涙を拭き、俺に苦笑いを見せる。
「全くだ。 菜のはも心配してたから、ちゃんとお土産買っていけよ? 」
「フフ…… 自分の事より菜のはちゃんを立てるなんて、アンタらしい 」
困った顔で泣き笑いする楓に、ドキッとしたのは本人には言えなかった。
「と、とにかく! 泊まっているホテルまで案内してくれよ。 お前のお母さん、電話に出なくてさ 」
「えと…… お母さん、多分今頃お父さんと会ってると思う。 夕方連絡来てたみたいだから 」
「はぁ!? 」
楓を放っておいて元旦那に会いに行くとかどんだけなんだよ!
予想以上に出てしまった大声に、周りの人達の視線が一瞬で突き刺さる。
「どうしました!? 」
「な、なんでもないです! 」
慌てて駆け寄ってきた駅員さんから、俺は逃げるようにその場を離れた。
広島駅が見えなくなる交差点まで避難した俺は、目に留まったコンビニでお茶を買って半分を飲み干す。
とりあえず落ち着かなければ…… 怒るのは後でいい。
「んで、お前の体はどこにいるんだよ? 」
「そこの角を曲がったとこにあるユースホステル。 でも部屋の鍵はお母さんが持って行っちゃってるから…… 」
くそ…… あのお母さんとはホントに噛み合わない。
「お母さんの居場所は? 」
俺のイライラを察したのか、楓は『ううん』と首を横に振るだけで目は合わせなかった。
「んのやろ…… こうなったら出るまで電話を鳴らし続けてやる! 」
乱暴にスマホを操作し、受話音量をマックスにして、俺は楓のお母さんに電話をかけ続けた。
ー おかけになった電話番号は、電波の届かない所におられるか…… ー
あぁ…… 電源切りやがった…… スマホをぶん投げたい気持ちを必死に抑えて、大きく深呼吸する。
「んじゃ、ホテルの人に事情を話して鍵を開けてもらう! 」
ここでお母さんの帰りをずっと待っているほど暇じゃない。
俺は楓に案内を任せて、楓達が泊まっているユースホステルの自動ドアをくぐった。
「すいません、402号室の古千佳さんを訪ねて来たんですが」
カウンターのホテルマンにそう告げると、少し渋い顔をされながらも『少々お待ち下さい』と内線電話を構える。
「古千佳様はお出かけされていますし、お嬢様はお休みの様子ですが。 お客様のお名前と連絡先をこちらに書いて頂けますか? 」
そうだよな…… こんな時間に来客なんて非常識かつ怪しい。
「母親が出かけてるのは知ってます。 部屋に残っている娘の方から連絡を受けたんだ、鍵を開けて貰えないでしょうか? 」
ホテルマンは更に渋い顔になり、またも『少々お待ち下さい』と、カウンターの奥に消えていった。
「大丈夫かな…… 」
後ろから俺の袖を掴んでくる楓に、小声で『大丈夫』と言ってやる。
「支配人に確認しに行ったんだろ。 身分証も見せたし、関係者立ち会いなら開けてくれるだろ 」
小声で楓と話しているうちに、ホテルマンが支配人らしきスーツの男性を連れて戻ってきた。
「古千佳様のご友人ですね? お嬢様に何かあったのですか? 」
今はスマホでお互い連絡を取るのが普通だから、わざわざカウンターを通して呼び出すなんて滅多にないんだろう。
「どうも具合が良くないって連絡を受けて。 それっきり電話にも出ないのでちょっとマズイと 」
「本当ですか!? ご案内します! 」
適当に作った理由に、支配人は急病だと勘違いしてくれたらしい。
すぐに脇にあるエレベーターで4階に向かい、慌てぎみに楓が泊まっている部屋の鍵を開けてくれた。
「楓! 大丈夫か! 」
俺もとりあえず心配しているフリで部屋に駆け込むと、楓はベッドに寝かされて綺麗にシーツをかけられていた。
少し顔が白っぽく見えるのは照明のせいだろうか…… 顔に耳を近づけてみると、問題なく息はしていた。
「救急車を手配しましょうか? 」
「い、いえ! ご心配なく! 」
心配だからと東京から飛んできたのに、これは変な対応だったかと不審な表情を見せる支配人に冷や汗を垂らす。
「あ、あの! 少しこの娘の側についていてやっていいですか? 様子見て帰りますんで! 」
「え、ええ。 それでは30分後にまた伺います 」
俺を怪しむような視線を残しながら、支配人は静かに部屋を出ていった。
「ハァ…… なんとか部屋に入れたな 」
「救急車呼ばれたら大騒ぎになっちゃうもんね 」
ピーポー ピーポー
楓と顔を見合わせて、二人で力なく笑っていると、遠くから救急車のサイレンが近づいてきた。
「マジかよ! 楓、早く体に重なれ! ちゃっちゃと済ませるぞ! 」
あまりにもタイミングのいい救急車の登場に、俺は慌ててベッドに横たわる楓に覆い被さった。
「ちょっ! 済ますとか作業じみた事言わないでよ! 」
「救急隊員が来た時に意識なかったらヤバイだろ! 」
楓は『むぅ!』と膨れながらも自分の体に重なって目を閉じる。
俺は大きく深呼吸し、焦りとイライラをたっぷり込めて楓にキスをした。