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君の國(ほし)  作者: mocha
第1部(現代編) 第4章 前世の記憶
19/103

珠洲と貴臣

 今日も2駅離れた街に来ていた。恋人として付き合うようになったからと言って、まだ知り合いに会うのは気が引けた。タイミングを見計らっているつもりでいたけれど、いつがそのタイミングなのかは現時点では珠洲も分からなかった。

 貴臣の立場からしてみても、合コンのメンバーには珠洲の存在はバレていたし、合コンマスターへの釈明でも付き合ってないで押し通していたため、バッタリ街中で出食わすのは決まりが悪かった。珠洲のインパクトは、合コンに出ていた男子メンバーにはよほど強かったらしく、未だに聞いてくる友人がいるのだ。中には連絡先教えろなんて不埒(ふらち)な事考えている奴もいるため、油断出来なかった。

(心の問題なのかしら)

 年齢差とか最近はあまり気にしなくなったけど、やはり心のどこかで引っ掛かっているのかも知れない。

(皮肉よね)

 あの頃は「野の君」の方が6歳上だったのに、再会したら逆転してるなんて。

「・・・さん。珠洲さん?」

 珠洲ははっと我に返った。

「体調でも悪いの?」

 貴臣が心配そうに珠洲の顔を(のぞ)き込んでくる。付き合うようになってから、二人の距離はまた少し近づいた。

「あ、ごめん。ちょっと考え事」

 珠洲は誤魔化すように微笑んだ。貴臣は半信半疑だったようだが、あまり深く追及するつもりはなかった。

 二人が正式に付き合うようになってから初めてのデートだった。今までも二人で出掛ける事はあり、デートと変わりはなかったけど、恋人どうしという冠がつくだけで心の持ちようも違った。

 最近、「Nocheノーチェ tranquilaトランキーロ」からは足が遠ざかっていた。一人の時や一重(ひとえ)と二人の時は行き易かったが、彼氏同伴となるとお互い気詰まりになるのは分かっていたからだ。バーテンダーの藤原を焦らせる事だけは避けたかった。

 午前中は映画や公園に寄ったりして、二人の時間を育んでいた。相変わらず、平日はなかなか会えなかったので、休日の貴臣との一時はとても濃密な時間に感じられた。

 静かで落ち着いた感じの喫茶店で休憩する事にした。

「ねえ、聞いていい?」

 貴臣が問い掛けてきた。珍しい事だった。断片的な記憶の事を珠洲が貴臣に聞く事はよくあったけど、貴臣が珠洲に尋ねる事はあまりなかったのだ。

「何かしら?」

 珠洲はちょっと警戒したけれど、表情には出さなかった。まるで、交渉中に相手の出方を(うかが)っているみたいだと、内心珠洲は苦笑した。

「どうして初めてあった時、僕に抱き着いてきたの?」

 珠洲は思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。ええ、今更それ聞く?珠洲は思いも寄らぬ質問にどう回答してよいか躊躇した。少しの沈黙の後、えへへと笑いながら、

「一目惚れとか、好みだったじゃ駄目かな?」

「正直な話、自分は容姿がいいとは思えないし、どちらかと言えばインドア派でスポーツもしていない。割かしあの時の合コンはスポーツやってる男子が多かったから、自分は酷く疎外された感じだったし」

 貴臣が自分を卑下するような物言いを口にしたので、珠洲は逆に諭すように説明した。

「あのね、貴臣君。私ももう27だし、それなりに恋愛もしてきた。色んな友人の恋愛も横で見てきたわ。女の子に選ばれる男性は全てイケメンでスポーツマンで背が高い訳じゃないのよ。どちらかと言うと、年齢が上がっていくに従って、その人の外見より内面を重視していくものなのよ」

「珠洲さんも?」

「そうね。勿論(もちろん)、全然容姿とか全く考慮に入れない訳じゃないけど、この歳になると、どうしても結婚も意識しなきゃいけないから、内面重視になるかな。長く付き合えるのは、やっぱり趣味が同じとか、同じ趣向をしている、考え方が似ているとか、内面的な事柄が重きをなすのよ」

 珠洲は持論を展開した。

「えーと、僕と結婚考えているの?」

 貴臣が意地悪そうに聞いた。

「た、例え話よ」

 珠洲はそっぽを向いた。貴臣が耳聡く「結婚」と言う言葉に反応して聞き返してきたので、少し照れがあったのかも知れない。貴臣は拗ねている珠洲の横顔も美しいと感じてしまった。既に貴臣の最初の質問は有耶無耶(うやむや)になっていた。

  

 珠洲は久しぶりに休日を一人で過ごしていた。

 貴臣は就職活動の一環で説明会の予定が入っていて、どうしても時間が取れなかった。始めから分かっていたとは言え、一人きりの週末は寂しかった。ほんの数か月前までは一人の週末は何度もあったのに、今は貴臣のいない週末は(こら)えた。

((せっかくの休みなのに会えないのはさみしいよー))

 最近は、なかなかお姉さん心をくすぐるようなアピールを貴臣もしてくるようになった。自分が(しき)りに『お姉さん』振るのも、珠洲の方が年上である事のコンプレックスの裏返しだと理解したうえで、上手くフォローしてくれたり、時には甘えた口調をするのも、珠洲は好感を抱いていた。貴臣は貴臣なりに、珠洲の性格や趣向を理解しようと努力し、実践しているようだ。その成果は珠洲のリアクションに出ていた。どうも年下からのこういうアプローチには弱い節があるなと珠洲の知らなかった好みを自覚させるくらいに。

((ま、久々の一人の休日だから、洗濯や部屋の掃除でもしてゆっくり過ごすわ))

((あ、珠洲さんつれない!))

 今は説明会の待ち時間で緊張しているらしい。最近は就職難で説明会と雖も気が抜けないようだ。いきなり壇上から質問されるなんて予想もしないケースもあると、一重(ひとえ)が人事課の課長から聞いた事があったそうだ。その意想外の対応の仕方次第で採用の可否の材料なんかにされるらしい。

((今、洗濯物干してるのよ。あ、ちゃんと見てるからチャット止めないでね))

((あ、もしかして下着干してるとか))

((バ、バカ者っ!!))

((あ、ホントだった?))

 貴臣はチャットやメールだと割と気さくになる。やっぱり、会っている時はまだまだ緊張があるのかも知れない。そんな時はどうしても年齢差を気にしてしまう。

(せめて3歳差ぐらいだったら)

 と珠洲も思う事がある。

((説明会対策はしてあるんでしょ?))

((勿論(もちろん)。珠洲さんに言われて暗記してある))

 もし自分が説明会の説明役だったらと仮定して、色々と貴臣とシュミレーションもこなしてきたのだ。

((だったら、時間までチャットしてようよ。周りに説明会前なのに余裕あるなと思われるくらいの方がリラックス出来るし))

((かも))

(((ちな)みに、今日のお姉さんは「ピンク」です))

((何の話ですか?))

 貴臣が向こうでキョトンとしているのが想像出来た。

((し・た・ぎ ハートマーク))

 (しばら)く既読が付かなかった。照れているのか。

((おーい、どうした?貴臣君))

 (ようや)く既読が付く

((せ、説明会前のいたいけな大学生に、何て事カミングアウトしてんすか。説明会対策が頭から抜け落ちそうじゃないですか))

 別の意味で必死になっている貴臣が微笑ましかった。

((自分で下着ネタ振ってきたくせに・・・))

((時と場合があるでしょ!))

 貴臣は全力で突っ込ん出来た。珠洲は少し間合いを置いてからチャットした。

((でも、緊張が少しは解けたでしょ?))

((あ、確かに・・・))

((それにね))

((?))

((そのうち、下着ぐらい嫌と言うくらい見せてあげるわよ。私たち、恋人どうしなんだから))

 と送信した。(しばら)くして恥ずかしさが込み上げてきた。

(うわーっ!チャットで何てエロい事を!!)

 思わずスマホを投げ捨てようとしたが、送信してしまった後なので取り消しは利かなかった。あ、思わずブラ握り締めてるし・・・お約束か?

 (しばら)くして返信が来た。珠洲は恐る恐るスマホの画面を見た。

((期待してます))

 意外にシンプルな返事が来た。でも、ちょっと興奮してるかも知れない。

(ダメだなあ、私)

 珠洲はどうも上手くいっていると調子に乗ってしまう嫌いがあるようだ。

((あ、そろそろ席行かないと))

 説明会が始まるらしい。

((頑張ってね ハートマーク))

((頑張る。ハートマーク 珠洲さんの下着が()かっているからね))

「まっ・・・」

 珠洲は思わず声を出していた。


 晴れて貴臣と恋人どうしになれて、付き合いもそれなりに上手く行っていると思う。珠洲と出会った事で貴臣の前世の記憶も徐々にではあるが戻って来ているようだ。相変わらず断片的な記憶で、繋がりにすらなっていないと言う。珠洲の時は最初から前世の記憶全てが頭にインプットされていた状態だったけど、貴臣は断片的な記憶という形で徐々に増えている。記憶の戻り方は人それぞれなのかも知れないけれど、この格差はなんなのだろうと珠洲は思う。

(前世に対する(こだわ)りの強さとか、心残りの多さとか)

「野の君」はああ見えて多忙な人であった。もしかすると、考える事が多かった分、自分より二人の事に対する比率が低かったのだろうか。

(1000年余り会わなかったのも、この差があってお互いの生まれ変わった時代がずっとずれていたのだろうか)

 何度も転生を繰り返した記憶まではさすがに珠洲にもなく、それについては証明のしようがなかった。転生したのが今回が初めてであれば、(ほとん)ど奇跡に近い偶然と言うしかなかった。まさに神様の気紛(きまぐ)れだ。

(次はないという事かな。それなら、尚更(なおさら)このチャンスを大事にしないと)

 貴臣が早く前世の記憶を全てを取り戻してくれる事を願う珠洲だった。


 季節柄、台風とか来た時は家デートに切り替えていた。珠洲も貴臣も車は持っていたので、天候に関係なく出掛ける事は可能だったが、次の機会は幾らだってあるのだし、悪天候の中、無理に出掛ける必要はなかった。

(もう少し、あちこちの贅肉を取らないとなあ)

 貴臣と付き合う事が決まった時から、珠洲はエクササイズやジムに通うのを再開していた。学生時代はプロポーション維持のために頻繁に通っていたが、就職して仕事が忙しくなるにつれ、遠ざかるようになってしまった。

 ああ見えて、アウトドア派の一重(ひとえ)は休日毎に一人スカッシュやサイクリングをしており、体力や体型の維持には気を(つか)っていた。

 彼氏が出来た珠洲も少しでも彼氏にいいところを見せたいと頑張っているのだ。さすがに学生時代の体型に戻る事は出来ないけれど、貴臣に見せても恥ずかしくない体型には戻したかった。今日海に行けなかった事はその点については僥倖(ぎょうこう)だったかも知れない。貴臣は今の体型でもOKらしいけど、水着を着るとなると人目は気になる。微妙な女心だった。

「珠洲さんの水着見たかったのに」

 それでも貴臣は残念そうに言った。先日、珠洲は新しい水着を購入したのだ。そして今日が実は初披露の日だったのだ。

「夏はまだまだあるし」

 料理を作りながら珠洲は照れたように言った。

「それに・・・」

「それに?」

 貴臣が振り返って珠洲を見た。とても言いづらそうだった。

「・・・この歳で水着の披露と言うのも照れるし」

 貴臣はまたかと思った。

「珠洲さんは見た目より凄く若く見えるし、まだ27じゃん。恥ずかしい事なんてないですよ。むしろ・・・他の男には見せたくないくらいですけど、まあ、海だし、仕方ないし・・・」

 珠洲はちょっと嬉しくなった。

「じゃ、じゃあ、今度部屋で水着ショーでもやる?」

「ぜ・・・是非っ!!」

 珠洲が引くくらい食いついて来た。

「・・・や、やっぱ、なし」

「そ、そんなあ!自分で言い出しておいて!!」

 貴臣のこれでもかと言うほどの残念顔に珠洲は視線を逸らした。

(や、やるのは(やぶさ)かではないんだけど・・・一重(ひとえ)に乗せられて買った切れ込みの激しいハイレグはNGだし、ビキニもバンドゥビキニで布部分の多いのが限界よね。ワンピースかタンキニが無難だけど・・・)

 珠洲にも色々と悩む事はあるらしい。

「ま・・・そのうちにね」

 珠洲は誤魔化した。

 貴臣はちょっと残念そうだったけど、何か思い付いたようで、珠洲にお伺いを立てるかの如く慎重に尋ねた。

(ちな)みにだけど、答えたくないならそれでいいけど・・・水着って何着くらいもってるの?」

 如何(いか)にも男性が聞きたくてもなかなか聞けない分野の質問だった。

 珠洲は少し考えた。

(貴臣君の言ってるのって、今でも着れる水着って事よね)

 10代の頃に買った水着はもうとても無理だけど、20代になって買った水着はまだまだイケる気がする。

「5着くらい、かな」

「それって、多いの?少ないの?」

 貴臣は判断がつかないように首を傾げた。

「うーん・・・一重(ひとえ)は7着くらい持ってるらしいけど、他の同僚にはあまり聞いた事ないから分かんないや。でも、少ないのかなあ」

 元々ブランド物とかに興味がない珠洲は、気に入った服しか買わないし、就職後は20代前半に何度か会社の同僚と海に行ったきりで、20代後半は(ほとん)ど海に行く機会がなかったので、その辺の流行には疎くなっていた。

「て、何で水着論、展開してんだろ」

 珠洲は焦げ付き始めた料理に気づき、慌てて火を消した。貴臣は珠洲の貴重な水着論が聞けてご満悦であった。正直、女性の水着を買いに行くのに付いて行くほどの度胸もなく、少し期待していたのだ。台風の奴め!

「水着ショー、期待してます」

「ち、近々ね」

 思わず口に出してしまい、珠洲は直ぐに後悔する。

(さすがに夏が過ぎて水着ショーなんてやったら季節外れもいいところだし、自分でやりますと振っときながらやらないと言うのも貴臣君にしてみたら蛇の生殺しじゃん。『近々ね』なんて、絶対夏中に開催しますって言っているようなものじゃないの。自爆行為だわ)

 実際この約束は果たされ、リビングと寝室を使って観客一人の水着ショーを行ったが、3着目で珠洲の精神が耐えられなくなり、貴臣も無理強いは出来なかったので、中途半端な形で終わる事になる。その後、水着ショーが開かれたと言う話は聞かない。

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