貴臣への友人からの揶揄
(うーん・・・頭が重い)
貴臣は大学通りを歩きながら、頭を軽く叩いた。
(昨日飲み過ぎた記憶はないけど・・・緊張し過ぎて酔いが回るのが早かったのかな)
酔いが残っているという事は、昨日の年上のお姉さん(珠洲)との出会いが現実にあったのだと改めて思った。出会い自体が夢みたいで、昨日はなかなか寝付けなかった。一度寝てしまえば、翌朝には夢になってしまいそうで・・・
大学の正門を潜り、校内に入る。今日も多くの学生で賑わっていた。たぶん、今が一番学生が多い時期だろう。履修科目の決定、各種手続き、就職活動は大学のキャリアセンターによる就職ガイダンスが始まる。大学3年になった貴臣は1,2年の内に出来る限りの単位を修得していたため、3年の必須科目以外は数個の授業に出れば良かった。それで今日は3年の必須科目の授業だった。
大学の講習室に着くなり、計ったかのように友人に囲まれた。
「お、おい貴臣!昨日あれからどうなったんだよ?美人のお姉さんと」
昨日の合コンに出ていたメンバーだった。
(やっぱ夢じゃなかった)
貴臣はおかしな場面で昨日の出来事を再確認した。
「どうなったって?」
貴臣は戸惑い気味に友人の言葉を反芻する。
「年上の美女にお持ち帰りされたじゃないか」
友人が好奇心剥き出しで問い詰めてくる。
「いやあ・・・店を変えて話してただけ」
「どんな話だよ?」
しつこく聞いてくる。
デリカシーのない態度に、さすがの貴臣もブチっときた。
「・・・・・」
「?」
「全部話さなきゃいけない義務でもあるの?」
「義務って・・・そりゃないけどさ。気になるじゃない?」
他のメンバーも同意するように頷いた。
「好奇心は結構だけど、あの女にも関わる話だから、僕の一存じゃ話せない」
「あ・・・重い系の話?」
「・・・・・」
貴臣は無言でいた。
「分かった、分かった。プライベートな話なら仕方ないな。ほら、解散解散!」
友人の中には不満気な顔をしている友人もいたが、合コンの幹事(彼女持ち→友カノの知り合い→合コン設定出来る→出会いの可能性高い)には逆らえないようで、散り散りになった。
貴臣はほっと息を吐くとスマホにメールが入った。
(後で詳細教えろよ)
合コンマスターからの命令だった。
「それ」はいきなりやって来た。
貴臣は慌てて立ち上がった。
「どしたん?野辺」
急に立ち上がった貴臣を友人の一人が不思議そうに見た。
「あ・・・ちょ、ちょっとトイレ」
貴臣はぎこちなく言い、慌てて教室から出て行く。友人は興味を失ったように別の友達と会話を始めた。
貴臣は人気のない階段の壁に寄り掛かると一息吐く。
(新しい記憶の断片)
3年振りだろうか。貴臣の前世の記憶は周期的に増えていく。映画に例えると、映画本編は物語の始まりから終わりまでが動画として上映される。貴臣の場合、その映画本編の一コマだけがカメラで撮影されたように抜き出されて頭の中にポンと浮かぶのだ。増えていくその一コマは順列もなく、前後の繋がりも殆どない。一コマだけ思い出す事もあれば、別場面の一コマを複数思い出す事もある。まるでパズルのピースを、全体像が分からないまま、頭の中にばら撒かれているようなものだった。
(今回はやけに多いな)
5コマ分の断片だ。〈十二単を着た母親らしき女性の顔〉、〈今まで見た事のない幼い烏帽子を被った貴族の子供〉、〈屋敷の居所〉、〈どこかの鄙びた海〉、〈古文で書かれた文〉、やはりどれも繋がりはないようだ。21年間、これを繰り返していた貴臣にとって、記憶の断片を並べ替えるのはそんなに難しい事ではなかった。だが、今回はどのような順列になっているか全く見当がつかなかった。写真みたいに日付でも刻印されていればいいが、断片的な記憶はただ1コマだけが頭に浮かぶのだ。
(連続したコマはない、ようだな。せめて5コマくらい連続していればどの場面か分かるのに・・・)
貴臣は天井を仰いだ。
『よかったら・・・もう少し聞かせてくれるかな?』
昨日の珠洲の一言を不意に思い出し、貴臣ははっとした。
(珠洲さん、知ってるのかな)
初対面なのに、友人や親にも話した事がないこの記憶を、彼女はどうして言い当てたのだろう。
「そういや、初めて会ったはずなのに、どうしてあんなに話が弾んだんだろう」
昨日の珠洲との会話を思い出し、貴臣は首を傾げた。
貴臣の、珠洲に対する疑問や興味は尽きなかった。