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君の國(ほし)  作者: mocha
第1部(現代編) 第3章 遥かな再会
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ミッドナイトバー

 珠洲の言う通り、その店は外観からも落ち着いた雰囲気のあるシックなダークブラウンのレンガを使った建物だった。背面はガラス張りになっているが、薄い色のスモークが張られていて、店内の様子がぼんやりと見える程度だった。そのせいか、人の姿は認識出来たが、顔までとなるとぼんやりとしか分からなかった。テーブル席とカウンター席があり、カウンターの止まり木は少し間隔が離れて均等に配置され、一見さんでもちょっと入ってみようかなという気になる絶妙な配置だった。中の様子が分からない店はなかなか入りづらいものだ。事前にネットとかでチェックしていれば店内の写真とかを見れるが、たまたま通りすがりに見つけた店を、わざわざスマホで調べてる暇があったら、別の店を探しているだろう。つまり、貴臣的にも珠洲が言ったような落ち着いた店である事は分かった。それと、やはり店主のセンスの良さなのか、ちょっと洒落たつくりをしている。

「どう?」

 珠洲はちょっとドヤ顔で彼に問い掛けた。

「いい店っぽそうですね」

「でしょ?・・・実は高校の同級生がバーテンダーやってるの。だから、女性一人でも気軽に入れるのよね」

 つまり珠洲はしょっちゅうこの店に来ている常連である事が彼にも推察された。

 店の正面入口の脇に、「Noche tranquila」と銘が打ってあった。

「ノチェ トランクラ?」

 貴臣は店名に首を傾げた。

「ノーチェ トランキーロ・・・スペイン語で『静かな夜』って意味なの」

「へえ・・・」

 なかなかいいネーミングだなと貴臣は思った。

「いいかな?」

 珠洲はもう一度確認した。彼は頷いた。珠洲はほっとしたように店のドアを開いた。

 店内は予想していた通り、落ち着いた色の配色が施され、ライトは外から見たより明るめだった。ガラスに張られたスモークのせいだろう。テーブル席よりカウンター席の比率が多いのは、一人で静かに飲みたい人をターゲットにしているようだ。既に店は3、4割方の客が入っていた。2軒目として来るにはまだ早い時間帯だし、時間潰しか常連連中なのだろう。

「テーブル席でいいかな?」

 珠洲が彼に尋ねた。

「・・・お任せします」

 こういう店に入り慣れていない大学生は全面的に珠洲に任せる事にしたようだ。

 二人は店の一番奥まった場所にあるテーブル席に落ち着いた。彼はメニューを開いた。よく聞くカクテルがメニューに載っていた。中には聞いた事もないカクテルもあった。

「一応、軽食もあるけど・・・お腹空いてるんじゃない?」

 珠洲はちょっと気を利かせるように申し訳なさそうに彼を見た。メニューに再び目を落とすと、確かに軽食類が載っていた。

「合コンの途中で連れ出しちゃったから・・・」

 珠洲は恥ずかしそうに下を向いた。

「その事なら気にしなくていいですよ。自分、来るはずだった友人がドタキャンして数合わせで出ていただけですから」

 彼は珠洲を気(づか)うように言った。

「うん、ごめんね」

 珠洲は照れているのか、恥ずかしいのか耳が赤かった。

「まあ・・・確かに小腹が空いてますから、何か頼みます」

「そう?お姉さん奢っちゃうから何でも頼んで」

 珠洲は少し気を取り直したように言った。

(お姉さんて・・・俺のツボ、突いて付いてくるな)

 彼は意外に年上好きだったらしい事に今気付いた。合コンも何でか出た事があるし、ゼミや講義でも年上の女子大生と一緒になる事はあったが、あまり年上の女性と言うと、人見知りの貴臣は少し構えてしまい、話す機会があまりなかった。

 注文した品が来るまで他愛のない話をした。この店の事とか、合コンの構成とか。

「お待たせしました」

 注文した料理を店員が持ってきたと思いきや、(くだん)のバーテンダーがわざわざ定位置のカウンターの中から出て来て、接客していた。にやにや顔で。珠洲は顔を真っ赤にしたが、直ぐに立ち直り、

「人を揶揄(からか)っている暇があったら、カクテルでもシェイクしてなさい。一重(ひとえ)に言いつけるわよ!」

 一重(ひとえ)の名前が出た途端、彼は青い顔をしてそそくさと定位置に戻って行った。正面を見ると、呆気に取られている大学生がいた。

「あ・・・彼が例の高校の同級生。私を揶揄(からか)いに来たのよ」

 珠洲は視線を逸らして言い訳がましく言った。

(何て言うか・・・照れた顔が破壊力抜群だ)

 美人はどんな顔をしていても可愛いけど、彼女の照れ顔は彼の心を鷲(つか)みにした。

 料理が来たので食べるのに集中する事にした。パスタとか、フライドポテト(もど)きの軽食だったが、

「美味しい」

 と思わず口に出してしまうほどの味の良さだった。

「ここ・・・昼はカフェバーやってて、軽食も豊富なの。もう少し職場の近くだったら、食べに来るんだけどねえ」

 珠洲は残念そうに言った。

「どこで働いてるんですか?」

 彼は何気なく聞いた。

「うん、ここから徒歩30分くらいの東京メディアコーポレーション・・・広告代理店ね」

(え!?どこかで聞いた事があるような・・・)

 大学3年生である彼も就職活動を始めていた。多くの会社のインターンシップ(就業体験)や説明会、その後には採用本番のエントリー(会社の入社試験(もど)き)がある。本来であれば、大学4年以降でなければ会社側は学生との接触を禁じる指針があるが、どこの会社も前倒しで優秀な人材を囲い込むのが実態だった。だから、彼も大学3年生になった時点で事実上の就職活動を始めていた。だが、東京メディアコーポレーションだけは除外していた。

(うちの親父の勤めてる会社じゃんか。まさか・・・「壺」売ってんじゃないだろうな)

 貴臣父の「壺」疑惑(笑)が発生した。さすがに初対面で自分の父親が勤めている会社ですとは言うのは憚られた。

「あ・・・」

 珠洲が声を上げた。

「どうしました?」

 大学生が(いぶか)し気に珠洲を見た。

「そう言えば・・・自己紹介してなかった」

「そうでしたね・・・」

 彼も思い出したように頷いた。珠洲はハンドバッグから名刺入れを出し、彼に名刺を一枚差し出した。

「東京メディアコーポレーション、プロジェクト部チーフの野瀬珠洲と申します・・・って、商談じゃなかったね」

 どうも彼といると調子が狂う珠洲だった。

「えっと、入社5年目で27歳です」

 年齢のところは少し控えめに言った。

 一方の彼は名刺がある訳でもないので口頭で自己紹介する。

「秋津大学3年の野辺 貴臣です。21です。経済学部経済学科です」

「ああ、この近くの大学よね?」

「はい。この辺は秋津大学の学部が集中してるから、大学生っぽい奴見掛けたら、大抵(たいてい)秋津大学生ですよ」

(貴臣君か。ちょっと古風な名前・・・あれ?野辺ってどこかで聞いたような)

 名前の由来があるだろうけど、そんな立ち入った事聞くのは時期尚早かなと自重(じちょう)した。あと、少し酔いのせいで何か思い出し忘れている気がした。

「野瀬珠洲さんですか・・・珍しい名前ですね」

 名刺を見ながら彼-貴臣が呟いた。

「貴臣君、もう1回お願い」

 名前を呼ばれた途端、珠洲はデレモードに入ってしまった。

「えっ?」

 貴臣は珠洲のリクエストに戸惑った。

「名前、もう一回呼んで」

 珠洲の目尻が下がっていた。頬杖を突き、まるで自分に甘えているようで、貴臣はドキッとした。

「野瀬・・・珠洲さん?」

「はい」

 何で疑問形?と突っ込みたかったが、まあいいやと珠洲は思った。

 名前を呼んだ途端、珠洲が微笑んだので、貴臣のボルテージは一層高まってしまった。ただでさえ目まぐるしい展開に追い付いていないのに。

(でも・・・)

 貴臣は思った。どちらかと言えば人見知りな自分が、初めて会ったばかりの年上の美人(ここ大事 笑)の珠洲には何の抵抗もなく話せているのが不思議だった。

(まるで・・・昔からの知り合いみたいな感じだな)

 正月とかお盆にたまに会う従姉妹のような。

 とは言え、昔会った事ありましたっけなんて質問、それ自体、口説き文句みたいで聞けなかった。でも、自分に名前を呼ばれて喜んでいる珠洲の横顔は眩しくて、さり気なく見たスカートから(のぞ)く足は白さが際立ち妙に艶っぽく均整が取れていて、大学生の貴臣には(いささ)か刺激が強すぎた。

(モテるんだろうな)

 チーフがどのくらいの役職か分からないが、管理職に近いような気がする。もしそうだったら、才色兼備である。モテない要素がないだろう。でも、自分を誘ってるくらいだから、彼氏は今いないんだろうな。男好きとか二股なんて不埒(ふらち)な言葉も頭に浮かんだが、正直な話、今日の合コンでは自分より遥かに容姿や体格が勝る友人はたくさん来ていた。珠洲を観察していると、どちらかというと天真爛漫で、そんな不埒(ふらち)な言葉とは程遠いように感じられた。

 腹の具合は落ち着いたところで、珠洲が質問をしてきた。さっきから何か聞きたい事があったらしく、うずうずしていたようだ。

「ところで貴臣君」

「はい」

「貴臣君って、その、何て言うか、前世とかに興味ある?・・・あ、霊感商法とかじゃないよ。ウチの会社真っ当だし。えと、貴臣君の事、もう少し知りたくて」

 やはり「壺」か!?と言う表情を貴臣が見せたので、珠洲は何か売りつけるような事はないよと予防線を張った。ただ、貴臣に別の警戒感を抱かせてしまったようだ。

「ぜ、前世ですか?」

 「壺」(←貴臣の(こだわ)り 笑)ではないようだが、貴臣は嫌な記憶を思い出すようで背中に不快な汗が流れた。

「べ、別に話題振っただけだから、答えたくなければ普通に流していいよ」

 貴臣にちょっと警戒感を抱かせてしまったと、珠洲は慌てて早口で話題を変えようとした。

 貴臣は躊躇した。ずっと彼の心の中に仕舞っていたものだったからだ。恐らく、一生誰にも話さないだろうと思っていた事柄だった。でも・・・

「・・・十二単(じゅうにひとえ)、古風な屋敷、牛車(ぎっしゃ)の中、精悍な顔立ちの貴人」

「えっ!?」

「自分の頭に残っている記憶があるんです。でも、どれもどこからか切り出したみたいに断片的で・・・あ、何言ってるか分かりませんよね?」

 珠洲の驚いた顔を、貴臣は自分が言った事を理解不能だと勝手に判断して、話題を変えようとした。でも、珠洲が急に今まで以上に柔らかい表情になったのを見て、言葉を飲み込んだ。

「よかったら・・・もう少し聞かせてくれるかな?」

 珠洲的には意中の男性を口説く時に使う甘い声だった。

(今も通用するのかしら)

 (しばら)く使った事がないのでその効果は分からなかった。でも、貴臣には覿面(てきめん)だったようだ。

「じゃ、じゃあ・・・・・たぶん、奈良時代か平安時代ぐらいだと思うんです。自分の頭の中に不連続の断片的な記憶-写真みたいなものです-が、物心ついた頃からあったんです。今も残っています」

 一度話始めると、貴臣は(せき)を切ったように話し始めた。珠洲は黙って耳を傾けていた。

 貴臣の話を総合すると、幼少の頃より貴臣には経験した事のない記憶が既にあったと言う。ただ、貴臣の言う通り断片的な記憶ばかりで両親にも友人にも説明が出来なかった。当時はTVで見たドラマとかの場面を断片的に覚えているのかと思っていたと言う。ただ、その記憶の断片はあまりにもリアルで詳細まで事細かに頭に浮かび、TVでちょっと見ただけの場面とは違う気がした。自分に一度見たものは全て記憶するみたいな特異な能力はない。長じて文献やTVとかで得た知識から、それが前世の記憶の断片ではないかと思い始めるようになった。ただ、連続性のない断片的な記憶だったため、断定までは至らなかったという。


 帰り際、二人は連絡先(メールアドレス・電話番号・LIMEのID)を交換した。自然な成り行きだった。

 二人は駅前で別れた。珠洲は遠ざかって行く貴臣の後ろ姿が雑踏に完全に消えるまで見送っていた。


 電車に乗った珠洲はスマホを操作し貴臣にメールを送った。

((今日はとても楽しかったです。また、例の不思議な話聞かせてください。

 今度、連絡します。

 それでは、お休みなさい))

 送信し終えると、珠洲は大切そうにスマホを胸に押し抱いた。一気に緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せて、強い眠気を催した。

(乗り過ごさないようにしないと・・・でも、それもいいか)

 安堵と不安、その他の様々な感情が心の中で渦巻き、珠洲の心は千々(ちぢに)に乱れた。


 歩きながら貴臣はスマホを操作していた。いきなりの電話やLIMEのチャットはあまりに気安すぎると思い、メールを送る事にした。

 画面を開くと、ちょうど珠洲からメールが来ていた。文面を読んで、貴臣は顔が緩むのを抑えられなかった。

 自分のどこを気に入ったのか分からないが、文面から推し量ると、また会いたいとの意思表示のように思えた、いや、絶対そうであると確信したかった。その場限りの社交辞令だと言う可能性もなくはないが、仮にそうだったとしても、少しのインターバルを置いて珠洲に連絡は取るつもりだった。

 不思議だった。飲み会や合コンの後は、大抵(たいてい)の場合、少しの後悔と飲み過ぎで不快な気分になる事が多かった。たまに気に合った()と二人で次の店に行った事もあったが、口下手な貴臣は口説くまでには至らないケースが(ほとん)どだった。でも、今日は気持ちがいい意味で高揚していて、心地よい酔いが残っていた。何よりも、ずっと封印していた事を吐き出した解放感に満ち(あふ)れていた。

(もう一度会いたい)

 珠洲になら、分かってもらえる気がした。貴臣はメールの返信を認めた。

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