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01-08:早すぎる再会1

 どう美味しく食べてやろうか、レッドグース。

 ヘロン亭の部屋に設置されている小さな一口魔石コンロ。お湯を沸かすのくらいにしか使っていないが、あれで料理することは可能かなと悩みながらリアは街の方へと歩いていた。


「……ん?」


 緩んでいた口元を引き締め、わずかに首を傾げる。

 獣道を少しマシにしたような、森のメインストリート。その反対側が何やら物々しい雰囲気なのだ。魔物に狙われているような感覚ではないが、新人冒険者が採取なり狩りなりをしていると言うには鋭すぎる。

 彼らがこの鋭さを放つとしたら、もっと鬼気迫った空気になるだろうと思う。


 では、何が居るというのか――。


 束の間逡巡した後、リアは確認しに行くことを決めた。

 この森に脅威度の高い魔物が出ることは無いと聞いている。確認されている魔物は最高でもD級。仮に民家がある方まで動いたとしても、村人が協力し合えば撃退できるレベルだ。低ランク冒険者にとっては死亡するリスクの低い、格好の練習場所である。

 しかし、絶対に高ランクの魔物が出現しないとは限らない。


 世界は常に気まぐれで、残酷だ。

 自分の力を見誤っていうのは言うに及ばず、十分な実力と緊張感を持っていたとしても予想外の魔物が現れて息絶えることもある。同属であるはずの人間に殺されることも珍しくはないし、運が悪ければ魔獣ではなく普通の獣にだって殺される。


 行く先に人の死体があったとしても、激しく動揺しない程度にはリアも割り切っている。故郷の山でも息絶えた人の姿を見たことはあるし、リアの母親からしてそうである。だが、もし妙な魔物が湧いて後に被害が出たり、まだ生きている怪我人がいたりしたら寝覚めが悪い。


 もしもの時に備えて魔力を循環させ、強めに【強化】を掛ける。

 長年暮らしてきた山と比べると、木と木の隙間が広く明るすぎる森。慣れていなければ明るく見通しが良いことに安心感を覚えるところではあるが、リアにとっては自分を隠す膜が薄いようで心許ない。


 慎重に。それでいて素早く。

 木々に紛れるように進んで行くと――。


「……っ!」


 思わず口から出そうになった声を押し殺し、リアは木の影に身を隠した。

 見えたのは人間が三人。

 その全員に見覚えがあった。


 木の枝で作った棒を剣のように構えたまま動かぬ男は、光が当たると緑がかって見える茶色の髪。細く短い丸太を左右に一本ずつ持ち、茶緑色の男に攻めかかっているのは金髪。二人から少し離れて審判のように立っている影は、多種多様な人がいるアルカクでも珍しいくらいに背が高い。


 気配の元は数日前にヘロン亭でお会いした“魔物狩り”ご一行様だった。

 会う機会も話す機会も無いだろうと思っていたのに、まさか、である。


「ハッ――!」


 レオナは鋭く息を吐くと、畳み掛けるように連撃を繰り出した。

 金髪故かオーラなのかキラキラした印象は相変わらずだが、顔は恐ろしいまでに真剣。きっと釣り上がった眦や引き結んだ唇からは一片の甘さも感じられなかった。

 バネのように細身の身体をしならせて、左右両方の丸太を猛スピードで振るっている。


 リアからすれば信じられないような速度で繰り出される攻撃。

 しかし、アルスは両手持ちした一本の棒だけで繰り出される二本の棒を弾いている。必死の形相を浮かべているレオナに対して、アルスは表情らしい表情もない。だた淡々と機会的にレオナの攻撃を受け流している。


 案の定と言うべきか、先に息が上がったのはレオナの方だった。

 顔に悔しさと疲労を滲ませ激しく攻め立てるが、動きは少しずつ鈍っている。喘ぐような呼吸に合わせて肩が動いてしまっているが見て取れた。

 前後左右に動きながらレオナは二本の丸太を振るう。躱すアルスの方はほとんど動いていない。剣での戦いに詳しくはないリアであっても、消耗度合いが違うだろうと容易に想像がつく。

 レオナの戦い方は華やかで目を引くが、長引くほど苦しくなるように思えた。


「クソッ!」


 端麗な顔立ちに似合わぬ悪態を叫び、レオナは地を蹴って宙を舞った。

 宙返りしつつ後方へ大きく距離をとったはず――だったが、アルスもまた彼女が跳んだ瞬間から距離を詰めるように大きく前へ出ていた。

 慌てたレオナはアルスの持つ棒を蹴飛ばして距離を取ろうとする。それも空振り。長い脚は虚空を蹴飛ばすだけに終わり、レオナはわずかに体制を崩す。

 喉元に、ピタリと棒が突きつけられた。


「馬鹿だなぁ。あそこで飛んだって意味ないだろ。その後の動きも、剣でやり合っていたら足斬られて終わってるぞ。隊長が剣を蹴らせるようなお人好しじゃないのは知ってんだろ?」


 ザイードの声が練習終了の合図になったらしい。

 喉に突きつけられた棒から開放されたレオナは座り込み、大きく体を動かしながら息を整えている。その表情は悔しげだが、どこか嬉しそうにも見えた。


「ハッ、ハッ……隊長が本気だったら、何回も殺されていたね」


「相変わらず派手だよなぁ、お前。街道あたりで今のやったら、稼げるんじゃねぇ?」


「残念ながら見世物商売はとっくに引退済みだって。さっきのは、癖でさ、考える前に体が動いちゃったんだよ」


「危険な状態の時に曲芸をやってどうすんだよ! だよな、隊長?」


 ザイードに呼びかけられて、アルスが苦笑した。

 ヘロン亭の時も気にはなっていたが、パーティを組んでいて隊長という呼び方は違和感がある。


「動きは悪くないと思うが、無駄が多いな」


「うっ……キビシイ……」


「後半になって動きが変わったな?」


「分かっちゃうかぁ。なんつーかさ、気をつけるほど動きが重くなるし、隊長は余裕そうだったし。このままじゃ、攻めきれないままスタミナ負けするんじゃないかって思って……」


「攻めきれない?」


「うーんと、全力の攻撃をする機会がないまま、バテちゃうなって感じかな」


「……闘技場での癖、ということかな」


「何でそうなるの?」


「あの動きは、自分の見せ場を作っているように感じた。こうして一対一で訓練していると仕方ない部分もあるが、魔物と戦う時には全力の攻撃が必要ないときもあると俺は思う。お前の強みは速さと的確さであって、ザイードのように押し切るタイプではないだろう?」


 アルスという人は礼儀正しいが陰気そうな印象だった。しかし、仲間内で話している姿は快活とまでは言えなくとも、暗さや重さは感じない。ヘロン亭で感じた瘴気のような不快感がなければ、面倒見の良い普通の男性だと思えるほどだ。


「重たい攻撃は俺、軽く削っていくのはお前で良いじゃねぇか」


「それじゃ、私はただの役立たずじゃない?」


「違ぇよ。俺はお前みたいに素早く動いたり、跳ねたり飛んだりは得意じゃないんだ。お互いに得意なところで役割分担すりゃ良いじゃないか」


 ザイードはヘロン亭で会った時とあまり印象は変わらない。

 外で見ても背が高く筋肉質、大きい人だと思う。男前とは言わることがあっても、決して優男とは呼ばれないだろう顔立ち。加えて声も大きめで、人によっては威圧感を感じるような荒っぽい言葉遣いだ。

 だが、言っていることは至極真っ当。目も荒んでおらず、裏表もなさそうな人柄に見える。


「レオナが牽制に動いて魔物の気を逸らしてくれると楽になるな。……あと、技術的な事なら俺よりフレッドに相談してくれ。俺は剣しか分からないし、剣だってほとんど自己流だ」


「それは嫌だ! 前はミニスライムをポイポイ投げつけられて散々だったんだよっ!」


 そう叫ぶレオナも、アルスと同じくらいにヘロン亭とは印象が違う。

 端正な外見は同じでも、喋っていると近所のお兄さんもしくは気さくなお姉さんという感じだ。ヘロン亭でお会いした時とは表情も違っている。今のように大仰な表情の動きはなく、自分がどうすれば素敵に見えるのか分かって作っていたのかも知れない。あえて王子様っぽく見えるように振る舞っていたのだろうか。

 今現在リアが見ているレオナは、キラキラしてはいても王子様には見えない。


 顔の造作という部分だけで見ると、アルスも大概である。

 細く高い鼻筋と薄い唇、やや切れ長の目。そのパーツがバランス良く配置されているらしい。輝く様に華やかなレオナ、男っぽい野性味ある風貌のザイードと並ぶから目立たないのだ。ついでに表情筋を若干しか動かさないでいると、整っているというよりも怖い印象になる。


 リアの頭には“魔王”という言葉が浮かんでいた。

 なぜか絵物語に出てくる魔王は凄まじくエグいか、人形のような人の姿で描かれるか極端なのだ。特に女の子向けの本では人形のような姿だ。主人公の勇者より敵である魔王の方が好きだという子がいるとか、いないとか。


(絶対勇者とか英雄には見えないし)


 リアは押し付けがましい正義感しかない勇者も、人間を滅ぼそうとする魔王も嫌いである。


 気が抜けたついでに、どうでも良いことを考えいたことが悪かったのか。

 ざわりと背中に嫌なものを感じた。

 胸の奥の奥が冷えていく、瘴気に近づいた時のような感覚。


「……誰だ? 何か用でも?」


 低い声で我に返れば、表情を消し去ったアルスが鋭い目でリアの身を隠している辺りを見つめていた。

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