01-03:閉店間際の客1
女将さんは下げてきたコップを洗い場に放り込み、リアを見てにやりと笑う。
「あの騒ぎを見てたんだろう? どう思った?」
「すみませんっ! えっと、都会だなと思いました!」
流石に面白かったですとは言えない。お客さんだし。
リアとしては気を使ったつもりだったが、女将さんは呆気にとられたような顔をしていた。
「……はっ?」
「街の人って、お話の登場人物みたいで大変だなー、と……?」
「……あの男達を見た、感想が、それかい?」
幼く見えるがリアは十八歳、大騒ぎしていた女性達と似たような年齢だ。十人並み以上に見目の良い三人組を見たら、何らかの反応はあるだろうと思っていた。
確かにリアは反応した。喜んでもいるらしい。
しかし、リアにとっては彼らも、あの面倒な騒ぎも都会の見世物。喜んでいる意味が違う、と女将さんは吹き出しそうになるのを必死で耐えた。
「フッ、フッ……それは別に良いや。彼らは “魔物狩り”って呼ばれているパーティだよ。聞いたことないかい? さっきの子たちみたいに、お近付きになりたいって騒いでいる子も多いんだけど」
「……ん? 金髪のレオ様? は女性ですよね?」
女将さんの目が驚愕に見開かれた。
固まった女将さんを見て、リアは焦る。
レオと呼ばれていた金髪の人はすらりとした体躯で、これぞ王子様と言いたくなる整った顔だった。実際の王子様の姿は知らないが、王子様と言われても国中の少年少女が納得する見た目だと言っても過言ではないだろう。娘さんが茹で上がってしまったとしても別段おかしくはないと思う、が――。
「すごくカッコイイ女性だと思ったんですが……違いますか?」
最初は男性三人組かと思った。
しかし、レオと呼ばれた人の声や動き、話している姿を見て違和感を覚えた。低めの柔らかい声、筋肉質だがほっそりとした体つき。羨ましくなるくらいに腰がくびれていることも分かった。目立たないような服を着ているが、胸もある。
「……よくあの距離で分かったねぇ。女って分かってて憧れる子だけじゃなく、男だと思って惚れられることもあるらしいよ。まっ、本人はそこより“様”付けで呼ばれているのを嫌がっているけど。あぁ、そうだ。悪いけど、このオムレツ貰っても良いかい?」
「構いませんが……ご注文の方は?」
「あの“魔物狩り”の皆さんはさ、さっきみたいな騒ぎになっちまうことがあるからね。閉店間際に来てくれたら、ウチは閉店時間をちょっと延ばして貸し切りにする。ただしメニューはお任せ。酒一杯と食事で一人につき銅貨二枚いただく。そういう約束をしているんだよ」
元々ヘロン亭のメニューは肉定食・魚定食・炒めもの定食の三つと、単品が何点か。定食のメインも仕入れ状況と女将さんの気分次第であるし、酒はコップ一杯しか提供していないこともあって単品はあまり出ない。メインに食べたいものを選べないくらいで、大きな差異はないとリアは思う。
お題は定食と酒一杯にしては高いが、貸し切り料を思えば安いはずだ。
「じゃ、これは頂くよ。で、後でアンタのことを紹介しようねぇ」
「へっ? しょ、紹介ですか?」
「アンタは田舎から出てきたばっかり、幼く見える。情報をくれる相手も、いざって時に庇ってくれる知り合いも居ないだろう。アルカクはさ、各地から色んな奴が集まる街だ。金になるなら何だってする奴も、自暴自棄になって欲望だけで動く奴もいる。それを抜きにしても、冒険者や傭兵なんてのはガラが悪いのが多いもんさ」
ヘロン亭にお世話になると決まった日から、何度か女将さんには似たようなことを言われている。パーティメンバーを探す時は相手をよく見ろ、ガラの悪い冒険者や傭兵には近付くなと。
言っていることは間違いではないが、リアだって一応は冒険者ギルドに登録しているのだ。
――何となく腑に落ちない。
「あの“魔物狩り”は人柄も素行も問題ないし、ギルドの評価も低くない。ウチの常連さんでもあるからね、顔をつないでおいて悪いことは無いだろうよ」
テキパキとジャガイモを混ぜ込んだオムレツを切り分けて焼き直してから、女将さんはリアに向き直ってそう言った。厨房にはバターとガーリックが熱された香りが広がっている。
女将さんはそっぽを向いているが、優しい目をしていることは分かる。
お腹の減る香りがしなくて、女将さんが真正面を向いていたら泣いてしまったかも知れない。
「女将さん……ありがとうございます」
女将さんは何も言わずに笑い、オムレツをひっくり返して軽く押さえつけるようにして焼いていた。黒胡椒を少量振って、一枚を残して皿にひょいと盛り付けている。
盛り付けなかった一枚は、別の皿に載せて調理台の隅に置かれた。
「美味しかったから、つまみに回させてもらうよ。食べてみてくれるかい?」
言うだけ言うと、女将さんは盛り付けた皿と酒を入れたコップを運んで行ってしまった。
逞しい背中に小さく頭を下げ、リアは頂いたオムレツを口に入れる。焼き直したことで表面はカリカリ、ガーリックバターの風味に胡椒のアクセントが効いていた。塩っ気も強い。酒と一緒に食べることを考えたなら、こちらの方が合うかもしれない。
食べている間にも、女将さんは流れるような動きで三人分の料理を用意する。
リアの仕事は皿洗いと仕込みのみ。盛り付けや調理には関わっていない。せめてものお手伝いに、と女将さんが使いそうなものを揃えるだけでも手一杯だった。
驚異的な手早さで料理が出来上がっていく。
「はいよ、お待ちどおさま!」
最初に女将さんと話していた以外に “魔物狩り”の会話は聞こえて来なかった。話している気配はあったから、無言というわけではないのだろう。厨房の会話が聞こえないのと同じく、客席でも静かに喋れば厨房までは聞こえないのだ。女将さんが何か話しているらしいが、それも聞き取れるほどに響いてこない。
「……これで本当に今日はお仕舞いだ、アタシ達も食事を済ませちまおう」
「お手伝いできなくてすみません。オムレツ、美味しかったです」
「自分の仕事はしているし、手伝ってくれたじゃないか。小さくならなくて良いんだよ。あぁ……そういや、アンタは“魔獣狩り”については全く?」
「はい」
「なら、紹介する前にちょびっとだけ教えておこうかね」
女将さんは作るだけではなく、食べるのも早かった。
早く食べなくてはと一生懸命モグモグしているリアに、食べながらで良いよ、と言って“魔物狩り”なる冒険者パーティについて話し始める。
「あの三人と、今日は居ないけど学者っぽい見た目の男の四人が“魔獣狩り”だ。受ける依頼は基本的に魔物の討伐と納品依頼だけ。パーティ名じゃないんだけど依頼の受け方から“魔獣狩り”と呼ばれるようになって、本人たちも黙認している」
「……魔物専門パーティで“魔物狩り”ですか」
「更に駆除依頼であれば、被害を受けた家や村に、魔物の部位の一部を譲ることもあるそうだ」
「それは――!」
「お人好しだろう? 駆除依頼の旨味は買い取りとの二重報酬だってのに」
魔物に関わる冒険者への依頼は大きく二つに分かれる。
一つは、肉や皮などの部位を求める納品依頼。
もう一つは、魔物を倒すことが目的の討伐依頼である。
討伐依頼は依頼完遂、基本的には魔物を倒したと証明する部位の提出か依頼者のサインで報酬が出る。しかし魔物の死骸は残るわけで、それを売ることでも財布は潤うのだ。仕事次第では討伐報酬よりも、売った魔物の部位の方が高いこともある。それを被害者に譲るというのは、お人好しと言われても否定出来ないだろう。
「もちろん毎回ご提供しているわけじゃないだろうけどね。村に入っても乱暴もしないし、実力も申し分ない。依頼者からすれば、ねぇ?」
「村に来て欲しい、理想的な冒険者ですよね」
「あまり人気のない依頼を受けてくれるから、ギルド側も評価しているようだよ。おまけに見た目も良いから、冒険者と関係ない町の人にも人気。そうそう、今日は居ないのがBランク、あの三人はCランクさね」
冒険者のランクは下がG、上がSまである。
ただしSランクというのは勇者や英雄と呼ばれるような者に贈られる、一種の称号である。アルカクは勿論のこと、現在カスディム王国全体でも生きたSランク冒険者は存在しない。
Aランカーは実在するが少数、アルカク周辺であれば手の指で数えられるくらいだろう。
次ぐBランクになると人数はかなり増える。技量には差があるが、村人総出でも敵わない魔物を一人で倒せるくらいが最低基準。一般人からすればBランク以上は十分に人外の域だ。
CランクとDランクは中堅という位置付けであるが、この二つの間の溝も小さくはない。順当位に依頼を受けていて行き着けるランクはD、Cランクへの昇格からは条件が桁違いに厳しくなるのだ。
引退時ランクがDという冒険者も多い。
冒険者として優秀かどうか、Cランク昇格が一つの判断基準と言える。
ちなみに、リアは現時点でDランク。
CランクとBランクのパーティとなれば思いっきり格上である。
慌てるリアの姿に女将さんは大きな目を瞬かせ、怪訝な表情を見せる。
「……そろそろ行こうか。向こうもCに上がったばっかりだ。大したランク差も無いし、丁度良いだろ?」
元Bランクだったせいか、女将さんは親戚の子を紹介するくらいの気軽さである。
Dランクと、上がりたてとは言えCランクを大差ないと言い切られると困る。お知り合いに、と言うよりもパーティへの寄生希望かと勘ぐられそうで怖い。
「ほら、さっさとおいで」
いつの間にかしっかりと人数分のお茶まで用意しているし。
手招きを一つして、女将さんはずんずんと食堂の方へと向かってしまう。ここで付いていかないと女将さんの心遣いを無駄にするし、とんでもなく失礼だろう。
プルプルと頭を小さく振って気合を入れ、リアも後に続いた。