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01-16:初めての狩りに出発

 十六日、朝――。


 リアは何度も装備の点検を繰り返し、自分の服装を確認していた。

 日帰りの予定である。

 弓矢さえ壊れていなければ問題ない。


「……大丈夫だ、大丈夫」


 だというのに、何度も服や持ち物を確認してしまう。

 リアの格好は五日前に“魔物狩り”と会った時とほぼ同じ、機能性重視の上着とショートパンツ。膝をつくこと前提で、ショートパンツの下には頑丈な厚地のタイツを穿いている。

 このタイツが野暮ったく見える一因であることは分かっているが、やめられない。動きを阻害しないだけの伸縮性があるロングパンツはタイツとは比べ物にならないほど高いのだ。大きめのロングパンツも意外と動きにくいし、なぜか哀れみの目で見られるから除外だ。


 お出かけするなら残念な格好だが、Dランク冒険者の仕事着としては妥当。

 高ランクになるほど「戦えるのか」と聞きたくなるような装いになる――らしい。Aランカーはドレス姿の女性剣士であるとか、動きにくそうなキンキラの鎧とか、とにかく派手な衣装が目印だ。もちろん高級素材と魔法付与によって攻撃力も防備力も高い。受ける依頼に相応しい仕事道具としての機能もあるのだ。


 Aランカーの衣装、いや装備品のお値段は貧血を起こすか、驚倒するレベル。

 大金を掛けられないのであれば素材の丈夫さ重視だ。オシャレさを重視して死んだらどうにもならない。


 けれど、リアだって年頃の女の子なのだ。

 注目されるド派手な服は要らないが、実用一辺倒の格好よりは自分好みの装備が欲しいとは思う。


(お金に余裕が出来たら服を新調しよう……!)


 密かに決意を固めて顔を上げると、こちららへ歩いてくるレオナの姿が見えた。

 濃紺色の細身のパンツ、シンプルな膝下までの焦げ茶色のブーツ。短めの革の上着と左右に短剣を挿しているベルトもブーツと同じ色で統一されている。

 リアと同じく実用性寄りの服装のはずなのに、妙に格好良く見えるのは素材の違いか。周囲がキラキラと光って見えるのは金髪が日を照り返しているだけだと思いたい。


「おはよう、昨日はちゃんと眠れた?」


「お、おはようござましゅ!」


 馬鹿なことを考えていたら初っ端から噛んだ。


「ハハッ、緊張しないでよ。あ、そうそう。隊長ン家の場所って分かる? 一人で行ける?」


「え? だ、大丈夫だと思いますけど」


「隊長ン家は分かりやすいよね、飾りっ気がないし。あっち側に行く依頼の時は隊長の家集合か、アミークス広場――小市場の横の広場を使うことが多いんだ。北側の仕事なら冒険者ギルド、今日は東の方に行くから大橋集合なんだけど。場所、分かる?」


 一気に捲し立てるレオナに、リアは目を白黒させた。


「大橋以外は分かりますけど……」


「じゃ、丁度良かった。これから大橋に行くから、道、覚えておてね」


 今日は“魔物狩り”と一緒にやるか相応しいか、お試し期間であるはずだ。急に“魔物狩り”の集合場所を一気に伝えてくるレオナの言い方は、既にリアがパーティに加入することが決まっているようなものである。

 その事を嬉しく思う自分に気づいて少し焦る。

 これから“魔物狩り”がリアをどう判断するのか分からない、そう気を引き締めた。


「じゃ、出発しますかぁ」


 歩きながらレオナがアルカクについて教えてくれる。

 クレメンテ辺境伯領は南北に伸びた細長い半島部分が主。この半島がクレメンテ半島と呼ばれていたからラファエル・ベイティアは、ラファエル・ベイティア・クレメンテ辺境伯になった。


 ちなみに、カスディム王国では庶民に家名はない。だが、クレメンテ辺境伯寮は元々別の国の領土で、庶民でも家名を持つのが普通だった。その名残で、古くから住んでいる人は今も家名を名乗っている。フレッド――フレデリック・ヴェラーもその一人。


「あとはね……アルカクって海のイメージがあるけど、海見えないでしょ?」


 アルカクが交易都市として繁栄しているのは、陸だけではなく海の道が使えるという利点ありき。しかし、かつては二百年あまり前には海からの侵略も危惧されていた土地柄だ。海上から火矢を射掛けられてはたまらない、海賊にも狙われるということか。アルカクは海岸から少し離れた場所にある。


 そこで登場するのが川だ。

 港で降ろされた荷は川を遡上してアルカクへと運び込まれる。

 向かっている大橋は、荷を運び入れるために使われている川にかかっている橋の一つ。アルカク東側にはいくつか橋があるが、その中でも最も太く大きいから大橋と呼ばれている。


「でっかいから、見たら絶対にビックリするよ」


(田舎には丸太を渡した橋しか無いと思ってませんか?)


 思わずニヤニヤしているレオナをジト目で見上げてしまった。


「本当だよ。私も口開けて見ちゃったもん」


「それは……また……」


 周りの人のほうが驚いただろう。

 お気の毒なことである。


「んで、その川を越えると東側の自由区。ヘロン亭とかのある南側よりは小さいね。自由区を越えてしばらく東に行くと海があるんだけど、その間に魔物が出るんだ」


 大橋を越えるて進むとなだらかに下る丘陵地帯になり、海へと続く。

 アルカク近くの自由区と呼ばれる辺りには農地が、海岸には補給地として使われる町がある。荷の運搬に使う川の付近も開けて入るが、それ以外のエリアは人の手が入っていない場所が多いのだという。


「人の居る方に来ないように、その辺の魔物の討伐依頼も結構あるよ。あと、この前会った南西の森、あそこを卒業した冒険者が経験積みに行くらしい。日帰りできる距離だしね。――ほら、ここが大橋だよ」


 得意げな顔で言われても、リアは困惑するしかなかった。

 今、目の前に広がっている道は全くもって橋に見えない。

 右を見ても、左を見ても、水面が見えないのである。左右には飲み物や保存食を売る店、着火石などの小物を売る店が連なっている。至って普通の、町中にある道の一つだ。


「よぉ、嬢ちゃん。大橋に来たのは初めてって顔だな」


「のわっ! お、おはようございます」


「そこの穴から覗いてみろよ」


 どこが橋なのか考えていたせいで、ザイードが近寄ってきたことさえ気付いていなかった。

 指し示された方に目線を動かせば、壁に寄りかかったアルス。目が合うと軽く片手を挙げられた。

 ザイードもアルスも、レオナほどではないが目立つ人間だ。それが二人揃っていたというのに、ザイードの横にはこれまた目立つ荷車まであるというのに、大橋とやらが謎すぎて全く視界に入っていなかった。


 加入のための試験ならば、この時点で落とされているかもしれない。

 そう考えると少し凹む。


「……おはようございます。今日はよろしくおねがいします」


「おはよう」


 少しだけ目を細めて返事をしながら、アルスは壁の板で塞がれている部分を目線で示した。ザイードとレオナもニヤつきながら「覗け」と穴を指差している。

 そう期待に満ちた目をされては、覗かないわけにもいくまい。


 板を持ち上げると窓――ザイードのいう穴があった。そこから見えるのは太陽を反射して輝く川面と、アルカクの町並み。ぐっと身を乗り出すようにして真下を見れば、この小路の下を水が通り抜けていることが分かる。

 間違いなく橋、大橋と呼ぶに相応しいものである。


「ふぇっ? すごい……ホントに橋だ。すごい! おぉ! 橋だぁ!」


 人は驚くと語彙力が低下する。

 リアは目をキラキラさせながら、すごい、橋だ、を繰り返していた。

 穴から外を見て騒ぐ姿はいつも以上に子どもっぽく見えるが、他の通行人は気にしていない。微笑ましい目を向ける者が若干いる程度だ。


「川から敵が遡上してきた時のために作られたらしい」


「すごい! こんな街みたいな橋、初めて見た。……あっ、すみません。興奮して……」


 淡々としたアルスの言葉でやっと興奮が落ち着くと、リアは赤面した。


「初めて来たのなら驚いて当然だよ」


「言葉もな。オレ達にそんな丁寧に喋んなくて良いぜ」


「……はい」


「それで、今日は兎狩りの依頼を受けておいた。祭りだか何だかで、肉の値段が普段より少し高いそうだ。納品依頼としての数は三。それ以上も同額で買い取ってもらえる」


「全体買取りでビッグラビットが六百、ホーンラビットなら七百ペンドだってよ」


 言いながらザイードはギルド貸し出しの荷車を軽く叩いて見せる。

 がっつり狩る予定だ、という事だろう。

 それは良いのだが――。


「ペンドというのは、鉄銭一枚、ですか?」


 ペンドという聞き慣れない単位――相場を考えれば鉄銭が一ペンドなのだろうとは思うが――についてリアは念のために確認しておく。お金の話は大事。


「あぁ、そうか。それで間違いない。アルカクは商人の街だからか、庶民も冒険者も関係なくペンドで金を数えることが多いんだ。鉄貨や銅貨と言われるよりも分かりやすい」


「確かに。ありがとうございます」


 ペンドという通貨単位を使わずに生きてきたが、アルスの言う通り分かりやすい。

 ただし、そう感じるのは基本的な計算が出来ることが前提だ。指で数えるような人にとっては、銅貨何枚と言う方が分かりやすい。アルカクでも庶民相手の店ではペンドではなく鉄貨や銅貨で金額を表していたし、ヘロン亭のお勘定も銅貨一枚とか言っていたはず。


「君は【強化】を使えるな?」


「はい! 人並みには出来ると思います」


「嬢ちゃん、固くなるなよ。オレ達は仲間なんだからよ。ばーちゃんとか、友達と喋るくらいで良いぜ?」


 友達の居ない人に言わないでいただきたい。確かにルミナにはもう少し砕けた口調で話していたが、知り合って間もない、しかも上位ランク相手にはハードルが高い。フレッド先生だって丁寧な言葉だったじゃないかとリアは口を尖らせた。


「ザイード。気楽に接して欲しいのは分かるが、強要するものじゃない」


 以外なところから助け舟が流れ着いた。

 唇の端が少し上がっているから、アルスも苦笑しているのだろう。


「隊長も人見知りだし、慣れても堅苦しいですもんねぇ。言いたいことは分かった。けど、さっきみたいな言葉になっても恐縮するのはナシだぜ?」


 子どもを慰める様にザイードはリアの頭を撫ぜた。

 身長差があるから違和感はないかもしれないが、少し恥ずかしい。

アルカク大橋のモデルはヴェッキオ橋です。

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