01-15:魔物狩り全員集合3
鍋はグツグツと煮込まれ、トマトの甘い匂いが立ち上っている。
お腹の減る匂いが恨めしい。
沈黙を破ったのは、ここまでの会話に参加していない男だった。
「……面倒くせぇなぁ。嬢ちゃんはオレ達と組むのが嫌って事じゃないんだよな? オッサンやら男女と組むのが嫌だとか、報酬全体の半分は自分に寄越せと言う気もない。気にしているところは、組んで一緒にやっていけるか、ってことだろう?」
こくんとリアが頷く。
「で、こっち側としては援護してくれる射手が欲しい。レオナは……いや、隊長も? 先生もか? 色目を使わないし、馬鹿みたいに意識が高いことを誇るわけでもねぇ、嬢ちゃんが良いと思っているワケだ」
アルスとフレッドはそこまで自分を押していないだろう。
別に要らないとか言われたらちょっとヘコむな、と思いながら見れば、ザイードの言葉が正しいことが分かった。三人が各々形は違いこそすれバツの悪そうな顔をして頷いている。
並んでいれば女性が群がってきそうなご面相で、である。
予想外の姿にぎょっとしたとして責められる謂れはないと思いたい。
――叱られた大人の見本市(美形限定)。
脳内にふと字幕が浮かんで、リアは笑いを抑えるために腹筋に力を入れた。
爆発しないよう必死に頑張るリアの横で、自称農民の二人は潔くプッと吹き出すと笑い崩れていた。引き笑いなのか悲鳴のような音を立ててセリムが笑う。無口なブルーノは笑い声を立てないが、大口を開けて太ももをバンバン叩いている。遠慮も会釈もなしに爆笑する、その二人の笑い方がまた面白い。
「ヒェッヒッヒィィッ……飼い主のご馳走食って怒られたイヌみてぇ……」
残念ながらリアの精神力も限界を迎えた。
一度崩れてしまうと、もう駄目だ。
椅子から転げ落ちないようにしがみつき、目尻に涙が溜まるのを感じながらも笑う。笑うしか無い。一度笑ってしまうと目の前のちょっとしたものまでも妙に面白く感じて、笑いのループに嵌る。
「もっ、もう無理……お腹痛い……死ぬ……」
呼吸困難寸前で笑う三人を、元凶たる“魔物狩り”の三人は唖然とした顔で眺めていた。
笑う側にも笑われる側にも属さないのはザイードだけ。
彼は発作が落ち着いたリアと目が合うと片目だけを閉じてみせた。
そして如何にも馬鹿にしていますというように鼻で嗤う。
「嬢ちゃんが戸惑うのは分かるぜ? パーティ組んだこと無いんなら聞かれたって分からないこともあるし、俺達には同年代ほど気軽に話せねぇって事だってあるだろうよ。試しに組んでみたいか、嫌か、そんなもんだろ。レオナも一緒にやりたいってのは分かった」
同年代と気軽に話せたことないですけどね、と言ってしまうとややこしくなるので口は閉じておく。
山娘だって空気は読めるのだ。ここは “魔物狩り”同士で話すべきところであろう。心臓に悪いので目の前ではなく、自分の居ない場所で話し合いをして欲しいと思うけれど。
「分からねえのは、そこのオッサン二人だぜ。互いの腕前や動き方が分かんねぇって言うなら、簡単な納品依頼でもやってみりゃ良いはずだ。それを何だ、色気付いた十代のガキみてぇにモジモジして。変な下心でもあるんじゃないかって疑っちまうよ」
なかなかに辛辣である。
三十路にかかるか否かのフレッドと、二十代半ばから後半に見えるアルスの二人に“オッサン”と言う根性もなかなかだ。そう言うザイードは幾つなのかを一瞬リアは考え、即座に諦めた。
口調からアルスよりも若いのかなとは思うけれど、年齢不詳である。
「確かに、おっさんですけど。そんな誤解を与える言い方をされては、ちょっと立ち直れません……」
「えぇー、私、誤解していませんからね」
両手で顔を覆いながら呟いていたフレッドは、リアの突っ込みを聞いて肩を震わせた。心配になったリアが覗き込めば、長い指の隙間から見えたのは輝くヘーゼル色の瞳。
涙で濡れているのではなく、笑みで輝いているだけだ。腑に落ちない。モヤッとする。リアが隠すこと無く盛大にため息を吐くと、彼の肩の揺れは一層大きくなった。
「……確かに、俺達がはっきりしないとリアにも迷惑だな。ザイード、お前はどう思っているんだ?」
「最初っから嫌だったら、こんな風に助け舟なんか出さねぇっすよ。まぁ、試してみなきゃお互いに何とも言えねぇでしょうけど。冒険者ギルドのランクなんて信用できるモンでもねぇしな」
遠回しに実力差が激しければ切る、と言われているのだ。
「ザイード、お前……言い方ってもんがあるだろ」
「うっせぇ。綺麗事並べて何になるよ?」
気を使ってくれたレオナには申し訳ないがザイードと同意見である。
腹立たしく思うことでもない。明らかに足手まといな状態でも一緒にやりたいかと問われれば、リアの答えは否である。向上心が無いわけではないと思いたいが、自分の意地だけで人様に迷惑をかけたくはない。
血反吐を吐きながら特訓したって、一日二日で追いつけるものでもないし。
やいのやいの言い合うレオナとザイードを横目に、ふむ、とリアは考える。
他の冒険者と一緒に動いたことがないから、冒険者ギルドで付けられているランクと強さの基準がよく分からない。いや、知ろうという気も無かった。
リアがDランクに昇格したのは、大人が倒した獲物を貰っていると濡れ衣を着せられた時だ。自分で狩っていることを証明したらDランクに上げられただけ、魔物を納品していたら勝手に星が付いていた。
自分は数多く居るD星冒険者の中で強いのか、弱いのか。
Cランクだという“魔物狩り”三人との差はどの程度か――想像もつかない。
「……すまない。ヘロン亭の手伝いをしているのは何日だと言っていたかな?」
別段大きな声を出したわけでもないというのに、アルスがそう呟くと場は静かになった。
目立たない、影のような男だが不思議な吸引力がある。
大人しくしろと言っても聞かなそうなレオナとザイードは言い合いを中断し、フレッドは顔を覆っていた手を開き、ずっと笑っていたセリムとブルーノは姿勢を正した。
「三と四の日、です」
「明後日と明々後日、か。一日空けて十六日から十七日に予定は?」
「ありません」
「では、十六日に近場で魔物を狩ってみようか。一日で済みそうな依頼をこちらで見繕っておくが、念の為に十七日も予備として空けておいてくれ。依頼への報酬は人数で均等に割る。……フレッドは来るか?」
「うーん、近場で自由時間無しですよね。なら、私は遠慮しておきます。――ああ、リアには一応ご説明しましょう。報酬は均等に分けていますが、普段は報酬の一部をパーティ資金として回収しています。武器のメンテナンスや消耗品のための貯金ですね。貴方がパーティに入った場合、消耗した矢の代金はそこから補填する形になります。今回はお試しなのでパーティ資金は回収しませんから、矢の保証もできませんけど」
至極まともな提示。それどころか、好条件と言える。
冒険者のパーティが解散するのは、実力差か金銭トラブルがほとんど。金のことで揉めている冒険者達は、リアでも目にしたことがあるくらいにありふれている。
ランク差があるパーティならば、ランクが高い者の取り分が多いこともある。強さも、倒せる魔物の数も違うのだから当然だろうということだ。同ランクでも危険度や、人としての力関係で報酬に差がつくこともある。
「良いんですか? 私、Dランクですけど」
「先生はB、私達はCだけど、報酬はずっと均等だよ。まっ、今回は簡単な依頼を拾ってくるし、先生もいないから報酬は期待しないで欲しいけど」
副業として登録していることもあるが、冒険者は基本的に荒事がメインだ。Cランク以上に上がるには単身で冒険者ギルドの試験を受け、個人としての実力を見せなくてはいけない。ほいほいとキルドカードを交換してもらったDランクとは訳が違うのだ。
フレッドはBランクの試験をパスした実力者――のはずなのだが、強そうには見えない。見た目だけならザイードやブルーノが圧勝しそうな気がする。
リアが失礼なことを考えている間に、アルスは予定を決めていたらしい。
「報酬は納品所に一緒に来てもらって、そこで分けようか。集合は十六日の陽七時、場所は――」
「私が迎えに行くよ! 上り六時にヘロン亭前でどう?」
「ご迷惑じゃなければ、よろしくおねがいします」
「オッケー。じゃぁ、鍋食べようよ。煮すぎたかもしれないけど」
嬉しそうなレオナの笑み。つられるようにリアも笑っていた。
大爆笑を公開してしまったせいか緊張は解けていた。意識しなくても、自然と自分の顔が笑っていることが分かる。レオナのきらきらしさも、アルスの表情の薄さも気にならなかった。
セリムが取り分けてくれた、しっかりと煮込まれたトマト鍋は美味しかった。
グース肉もキャベツも味が染みてじんわり甘い。
何よりも、わいわいと話しながら食べる食事が楽しいと思う。
(不思議なくらい話しやすい。気を使ってくれてるからかな?)
レオナやセリムが黙っている人に話を振り、フレッドが時々混ぜっ返す。
リアが話す山の暮らしを誰も馬鹿にすること無く聞いてくれた。アルス達の軍人時代の話や、ザイードが言ったという北東にある小国群の話も面白い。
実力に大きな差がないと良いと祈るくらいには、リアも“魔物狩り”と組むの事に魅力を感じ始めていた。話しやすく、あまり深入りしてこない距離感が心地良い。
五日後が楽しみである。