01-14:魔物狩り全員集合2
それにしても、とリアはフレッドを眺める。
これまで耳にしてきた“魔物狩り”三人の会話から、フレッドはもっとイッちゃってるタイプの人だと想像していた。筒を使ってスライムをぶつけてくると言われていた気がするし。
だが、ご本人はと言えば曲者感はあっても、奇矯なタイプには見えない。
彼らを観察していたリアにフレッドの目が向く。
「それよりも、リア。余計なお世話かもしれませんが……知り合ってすぐ誘いに乗るのは止めたほうが良いのでは? 私達に妙な気はありませんが、冒険者というヤツは無法者もいますし、女が仲間にいても危険な事はありますよ」
ヘーゼルの瞳はからかうような色を含んでいたが、言っていることは真っ当だ。
そんなことを言う人は危なくない、とリアは思っている。自分の本能、野性的なカンというやつを信じてもいる。危険がありそうな人間には近付かず関わらない、その方針でアルカクまで無事に辿り着いけたことからも、自分の野生的直感が正しいことは証明されているはず。
今はアルスについて多少警戒しているが、それ以外に危険は――。
「あ、あった……」
気付いてしまった。
気軽すぎるほど気軽に接してくれるし個性的だから、一日も経たない内にあまり気にしなくなっていた。が、“魔物狩り”の面々は揃えたように容姿が良いのだ。今日初めてお会いしたフレッドだって普通以上には整っている。知的で大人っぽい、こういうタイプが好きだという女性も居るはずである。
リアとしては“魔物狩り”の人々と付き合ったところで自分に恩恵があるわけではない――一緒に居ることで大人っぽい顔になるとか、背が伸びるのならば張り付いても良い――と思うが、世にはお近づきになりたいという女性が多いことは理解している。レオナの話だと男性もいるそうだが。
そんな人達から見れば、憧れの人々の中にリアが紛れているというのは癪だろう。
(嫌がらせとか、あってもおかしくないよね?)
そう思うに至って、リアの顔からはちょっとだけ血の気が引いた。
「おや、怯えさせてしまったかな? 大丈夫ですよ、私達に妙な気はありません」
リアの顔色が変わったことに気付いたフレッドは、戯けたように両手を上げて宣った。
「ウチで素行が悪そうに見えるのはザイードとレオナでしょうけど、レオナに少女趣味は無いでしょう。ザイードも……まぁ、幼い系よりは包容力のあるきょ――」
「センセェ! 嬢ちゃんに変なこと吹き込まないでくれよ」
「おや、ザイード。早かったですね。てっきり華屋横丁のきょにゅ――」
「だぁぁっ! せめて嬢ちゃんの前では止めろ!」
紙袋を抱えたザイードのお戻りである。
かなり焦っているのは秘密をバラされたくないからか、フレッドに遊ばれていると気付いているからか。
「この通り、愉しいだけで無害です」
「ご苦労。食材はセリムに渡しておいてくれ」
上機嫌に嘯いたこの先生は食えないタイプ、とリアは認識を上書きしておくことにした。フレッドの言葉など無かったように淡々と言ったアルスだって、なかなかだ。
こうした会話は彼らの中では珍しいものではないのだろう。
ザイードも頷いてアルスへと財布を投げ渡すと、さっさと部屋を斜めに横断して別の出入り口へと歩いていく。
この部屋にはキッチンと呼べる場所が無い。
ザイードが行こうとしている先にキッチンがあり、セリム達の姿を見ないことを考えれば外からも出入りできるようになっているらしい。そこで下準備や料理をしているというのなら、手伝いに行くべきだろうか。
「……聞いていなかったが、食べられないものはあるか?」
「好き嫌いはありません! お鍋、大好きです」
きっぱりと断言すれば、アルスとレオナは驚いたように少しだけ目を開いた。
なぜ驚く。
「……なら、問題ないだろう」
「いやいや、隊長基準の問題ないは問題なんだって! リア、聞いてくれ。隊長は何でも食うんだ。しかも、こんなナリなのに、石パンだけで生きていけるって豪語したのを聞いた時には、隊長って人間なのか疑ったよ」
石パンは名前の通り石のように固いパン。限界まで水分を飛ばしているため日持ちがすることと、人間が生きるために必要なものを練り込まれていることが特徴だ。兵士の糧食もしくは迷宮に潜る冒険者のお供とも言われているが、何よりも固いうえに不味いことが評判の商品。
「石パンだけで少なくとも一ヶ月は死なないし、美味くはないが楽で良い……野戦の時は食えるだけでも恵まれている。温かいものは更に、だな」
肯定も否定もしにくいが、アルスの味覚は大丈夫なのか不安になる。
「あっ! 良かったら私もセリムさんのお手伝――」
「大丈夫ですよー。皆さんお揃いなら、こっちで煮ても良いでしょうし」
ザイードと一緒に出てきたセリムがそう言いながら、大きいなテーブルの上に移動用の一口型魔石コンロを設置している。大男のブルーノが持っていた大鍋を乗せれば、加熱を知らせるチチチという音。
家にキッチンがあるというのに、わざわざ魔石コンロを使うなんて珍しい。
こっそりとリアは首を傾げる。
(何でわざわざテーブルの上で? アルカク式はこう……いや、そんな事はないはず)
家で鍋を食べると言えば、煮込まれた鍋がドンとテーブルに置かれて各々好きに取り分けるのではないだろうか。少なくともリアの認識では、自分で好きなだけ取り分ける具沢山のスープが鍋である。
なぜならば、魔石コンロと消耗品の魔石代がかかるから。
庶民は絶対に使えないというものでもないが、キッチンで薪を使ったほうが安上がりであることは間違いない。
尋ねてみると、アルスの家ではキッチンにある竈はほとんど使わないらしい。
薪や炭では火力調整が上手く出来ないから、と聞いた時点でリアは脱力した。
残念な気持ちで、移動時には使われていない移動用の一口型魔石を眺める。
渋い顔をしていたからか、セリムが苦笑しながら呟いた。
「ご近所さんにも勿体無いって言われますから、リアさんの感覚が普通ですよ。隊長が稼ぎを譲ってくれなかったら、僕らだけで魔石の補充は無理でしょうしね。竈を使う訓練しようとは思っているんですが」
「畑仕事だってまだ慣れていないんだ、そちらに余裕ができてから習えば良い。急いで詰め込んでも、両方半端になって、疲れて、うんざりするだけだろう。魔石くらい買ってやる」
微笑みながら可愛らしい女性に言ったら、まぁ絵になるかもしれない。
しかし言っているのは無表情の男だし、言われているのは元部下の軍人である。セリムも申し訳なさそうではあるが至極真面目な顔をしているから、槍と弓の訓練を一緒にするなくらいの会話に聞こえる。
「……という隊長のお言葉に甘えています。あぁ、そろそろコレ入れましょうか。去年ね、お隣さんに教えてもらって作ったトマトソースです。今年は沢山作り溜めするのが目標なんです」
「やったぁ! それ、滅多に出て来ねぇんだよ。リアは運が良い」
「今日は使うのは、隊長命令です。あ、こっちは野菜を乾燥させて、ブルーノが一生懸命細かく挽いたものです。怪しい粉じゃないのでご安心を」
「隊長命令、ですか?」
「そうそう。出来る限り美味い鍋を出――」
「セリム」
「良いじゃないですか、本当のことなんですから」
じろり、とアルスがセリムを睨めつけたが効果は薄い。
彼らの関係性はよく分からない。
軍というのは縦社会であるはずだ。二人は元部下で、しかも家もアルスが買ったらしい。現時点でも元部下二人の生活をアルスの収入で支えている。となればアルスが頂点で元部下二人は部下、もしくは従業員扱いなのかと思っていたのだが、リアには彼らに明確な上下関係があるようには見えなかった。
「ア、アルスさん、ありがとうございます」
「いや、俺は――」
「アルス、無駄な抵抗ですよ。それよりも、先の話をしませんか? お互いに考え方と戦い方が合うようなら、リアさんを仲間に迎えたいのでしょう? 三人はどう考えているんですか?」
フレッドが割り込んだ事で、話は全く別方向に向いた。
ここからが本番だとリアも姿勢を正す。
「私はリアと一緒にやりたい。飛ぶ系のヤツの討伐も楽になるだろうし。ランク差はあるけど、私がしてもらったように、みんなでサポートすれば良いと思う。隊長はどうだ?」
「俺は、後ろから殺されないのであれば構わない。……それより、君はどうだ? 俺達の戦い方を見たわけではないし、組むのには不安もあるだろう? まだ希望条件も聞いてはいないし」
考えられる中で、適職は冒険者かなと思っていた。冒険者として働いて人並みの生活をしたいのであって、リアは一財を成したいのでも歴史に名を残したい訳でもない。命をかけてまで金や名誉が欲しいとは思えないのだ――少なくとも今のところは。
だからパーティは組めないだろう、と諦めに近い感情もあった。希望条件と言われても、思い浮かぶのは自分のスタンスを否定しないこと、一般の人に横暴な振る舞いをしたり人殺しを請け負ったりしないという事くらいだ。面と向かって「貴方から瘴気を感じるんですが、人殺しや暴行が好きですか」なんて聞けるわけもない。
「私は、人を殺すような仕事は遠慮したいですし、報酬をほとんど貰えないとかは嫌ですけど……今まで他の方と一緒に依頼をこなしたこともないので。そもそもランクが下ですから、皆さんの邪魔にならないかが第一かなーと」
「……それだけか?」
(何て答えて欲しいんですか。強くて格好良くて貴族か豪商にツテがあるとか言えば良いの? そんな人達と組むのは絶対に嫌なんですけど)
黙ったままで視線を交差させる“魔物狩り”の面々を見て、リアは結構真剣に悩んだ。