01-13:魔物狩り全員集合1
アルスの家は自由区の中でも郊外、距離的には納品所よりもリアが“魔物狩り”と出会った森に近い場所にあるらしい。家と家の感覚が広く建物よりも畑の方が目につく、そんな場所だ。
とは言え、リアが旅してきた途中に見た農村と比べると畑は小さい。しかも、ほぼ等間隔に家、納屋、畑が並んでいる。思い思いに耕作したというのではなく、予め計画的に線引きして作ったような光景は牧歌的と言うには違和感がある。
人通りも少なく、のんびりとした雰囲気ではあるが。
「この辺は森に近いから、土地の値段が街の近くより安いらしいよ。魔物怖がっちゃぁ商売にならないし、いざとなったら森で稼げるし、一石二鳥だと思って決めたんだって。でも住んでみれば家を素通りして納品所に行かなきゃ金にならないから、二鳥じゃなく二度手間。セリム――隊長の同居人ね――も、市場まで遠いって嘆いてたよ」
「……同居人って事は、集合住宅じゃないんですか?」
「うん、何ていうか、農家かな。同居人が畑やってるの」
というのが、人通りが少なくなると饒舌になるレオナから得た情報である。
アルスは集合住宅もしくは離れ一人で借りているのだろうと思っていたが、違うらしい。畑をやっている人と冒険者が一緒に住んでいると言われても、リアの想像力では奥さんの実家が農家くらいしか思いつかない。
「あぁ、農家とデキて転がり込んでるとかじゃないよ? 隊長は元軍人で、同居人は昔の部下なんだって。隊長はピンピンしているけど、二人は怪我とかもあって戦うのはキツイみたい。二人は頑張って畑作ってるんだよ」
人目が気になるだけで、レオナは結構よく喋る。
それでも人の過去を勝手に噂するようなことはしない。ずっと話しながら歩いてきたが、必要最低限しか“魔物狩り”のメンバーについては話さなかったのだ。きちんと節度は守られている。
こうして話すのであれば、アルスが元軍人で当時の部下と一緒に住んでいることは周知の事実なのだろう。
「それで家を買っちゃうとか、うーん、ちょっと意外です」
「ハハッ。慇懃無礼で冷たい奴だと思った?」
「いや、そこまでは……」
「私の第一印象はそうだったけどね。……きっと、隊長って人見知りで照れ屋なとこあるんだよ。見下してきたりとか、危ないところ押し付けたりしてこないから、大丈夫。あぁ、ここ、ここ! ここが隊長ん家」
着いたのは至って普通の一軒家。
道の近くに家があって奥に畑が広がっているのも、リアが知っている農民の家よりもちょっと立派なのも、この辺りでは普通であるらしい。一定の距離で似たような畑と家が並んでいることから、それが分かる。
自分の敷地を区切る柵や屋根の色を変えてはいるが、夜なら間違えそうだ。
そう思いながらリアが家を見上げていると――。
「レオ様、遂に少女に手を出す……って街のニュースになりますよ」
「バカ言うなよ。隊長から聞いてんだろう? 彼女がリアだ」
「なんと! 今どきの十八歳って若いんですねぇ。あぁ、僕はセリムと言います。隊長の同居人その一で、今は農民やってます」
セリムと名乗ったのはレオナよりも背が低く、細身の男。
最初にレオナに言った言葉も冗談の一つらしく、茶目っ気を感じさせる笑顔を見せている。笑う目尻に皺が寄ることもあって人が良さそうに見える。軽い語り口も世慣れている感じこそあれど、人に不快感を与えるようなものではない。リアが想像していた元軍人とは全く違うタイプだ。
自分で言ってしまう辺り、農民っぽくもない。
「は、はじめまして。リアです。今日は突然お邪魔してすみません。このお肉、皆で食べようと思って持ってきました」
「ありがとうございますねぇ。で、こっちは隊長の同居人そのニのブルーノです。無口ですけど温厚な奴なので怖がらないでやって下さい」
もちろん気付いていましたとも。
セリムの後ろにはザイードに匹敵しそうに背が高く、ザイードよりも四角く厚みのある体型の大男がいる。持っているキャベツがやけに小さく見える大男。
並んでいるから余計にセリムは小男に、ブルーノは巨人に見える。
「ブルーノさん、よろしくおねがいします」
リアがそう言えば、ブルーノははにかんだように少しだけ笑った。
目鼻立ちがくっきりしている上に、傷跡が多く残っている顔である。気の弱いお嬢さんが見たら震えるかもしれないが、リアからすれば元軍人っぽいなぁという程度の認識だ。
何よりも、目が優しい。
怖がる必要がある相手には思えない――そんなリアの表情を見て、ブルーノだけではなくセリムまで嬉しそうな表情をしていた。
ニコニコしながら、セリムは昔語りのような節回しで言う。
「ザイードは先生を誘いがてら買い出しに、隊長は森に魔物狩りに」
「……マジかよ。ソロで何か受けてたのか?」
「行こうか迷ったようですが、裏で剣を振っています。どうぞ上がってお寛ぎ下さい」
ペコリと頭を下げてセリム達は納屋の方へ行ってしまった。形の良い眉を寄せて悪態を吐きながらレオナは慣れた様子で玄関へと向かい、荒っぽく扉を開ける。
扉を開けば、すぐに居間だった。
ど真ん中に鎮座する大きなテーブルと、ベッドとしても使えるであろうL字型のカウチが目を引く。立派な暖炉も付いていて、リアが想像していたよりもしっかりと“家っぽさ”があった。
「隊長ン家の居間は私達もよく使わせてもらっているんだ。この居間までは勝手に入って良いって言ってくれてる。あっちの扉の向こうは隊長と、さっきの二人の部屋があるから立入禁止ね」
「広いお家ですね!」
近所の家も同じような外見だからアルカクでは一般的かもしれないと思いながら、リアは驚きを隠しきれなかった。ラボルで家と言えば部屋が一つだけとか、居間と寝室の二部屋という形が一般的――各自が自分の部屋を持っているというのは富農くらいであると耳にした。宿屋の住み込みだから見たことはないけれど。
このくらいの家が普通なのだとしたら、アルカクもしくはクレメンテ辺境伯領は恵まれているのだろう。
「早かったな。――ようこそ。大したもてなしは出来ないが、好きに寛いでくれ」
「リアに話してみた。モタモタしてると他の奴らに取られちゃうだろ? 良いって言ってくれたよ」
裏口から現れたアルスに、捲し立てるようにレオナが言う。
話の途中からアルスに視線を向けられたことで、リアは口を挟むどころか身動きも出来なくなっていた。瘴気のようなものを感じたわけではないし、リアを見る目も決して鋭いものではなかったのに、だ。
「レオナからきちんと説明されたのだろうか? 俺達が請け負っている依頼は魔物狩りが主で、有力者とのツテが広がるようなものではない。綺麗な仕事とも言えないし、あまり旨味はないと思う」
アルスの目は、ただ静かだった。
静かな青みがかった灰色の瞳は揺らがない。
湖面が情景を映すように、心の奥底を写し取ってしまうのではないか。そんな幻想を抱かせるほど静謐な目に見据えられると、後ろめたいことなど無くても人は怖くなるのかも知れない。
深淵に引き込まれるような静謐さに心が揺らぐ。
「……えぇーっと、私は貴族に取り立てられたいとか、英雄になりたいとか、そういうのは無いんです。人を殺すようなものは極力避けたいくらいで、あとは暮らしていけるお金が手に入れば良いかなって思ってまして」
懸命に自分を立て直し、何とかリアは希望を述べる事に成功した。
剣以上に矢は消耗品だ。報酬よりも矢の費用が嵩んでは本末転倒。赤字になるような依頼を受けたくはないし、そんな戦い方を求めるような相手と組みたくない。
身を守るためには相手を殺すのも仕方がないと割り切ってはいる。しかし、野盗の討伐依頼などを進んで受けようという気にもなれない。冒険者にとっては名を挙げるチャンスだとしても、だ。
『瘴気の主を殺すと、宿主を失ったモノが引き取り手を探すのさ』
ルミナの持論を拝聴してしまえば、ますます人を殺すことは避けたいと思うのだ。
確証は得ていないそうだが、瘴気に取り憑かれるか否かは人次第ではないかと言う。残虐さ、殺意、破壊衝動、嫉妬――ほとんどの人が持つそれが強いほど瘴気を受け入れる器が大きいのではないか、と。
悪意が別段強い質ではないと思っているが、自分自身の本性など知りようがない。
リアは自分が瘴気に魅入られないと断言できない。
だからこそリスクは避けたいのだ。
ただし、それを伝える相手は瘴気のようなものを感じる瞬間があるアルスという男である。人を殺すという言葉を口にする時には臓が縮こまるほど緊張した。
当のアルスから返ってきたのは吐息にも似た、小さな笑い声。
「おやまぁ、アルスが笑っているとは珍しい」
背後からの聞き覚えのない声に驚いてリアは小さく跳ねた。
ギギギっと振り返れば、そこには小綺麗な男が立っていた。
身長はレオナよりも気持ち大きい程度で、痩せ型かつ細面。軽く着崩したゆるめの焦げ茶色のトラウザーズにグレーのシャツ。リア基準ではもの凄く都会っぽい人である。赤みの強い髪を無造作に一つに束ねているが、それもお洒落に見えるから不思議だ。
「ザイードから聞きましたよ。貴方がリアさんですね? 私はフレデリック、フレッドと呼んでください。不本意ながら先生と呼ぶ方もいますけど」
「リア、とお呼び下さい。今日は突然お邪魔させていただきました」
言葉遣いも、冒険者のような荒事稼業の人間とは思えない。
本人は不本意であるらしいが、先生と紹介された方がしっくり来る。メガネをかけたらオシャレな学者や医者にしか見えないだろう、とリアは心の中でフレッドにメガネを付け加えてみる。うん、似合う。
「それで、アルスが何故そんなに面白そうなのか聞いても?」
面白そうなのか、あの笑い声は。
「魔物ばかり狩っている俺達は、他から見れば変わり者だろう? そんな俺達と付き合っても良いことはない、と言ったら、ツテはいらない、人を殺すのは嫌だと言われてね」
「あぁ、似た考えの子が見つかって嬉しかったと」
「……意外だった、かな。それよりも、ザイードは?」
「食材を調達に行くそうですよ。私のところに来てから時間が経っていますから、間もなく戻るでしょう」
柔らかく見えつつも、どこか油断できない微笑みをフレッドは浮かべていた。
“魔物狩り”のメンバーに一筋縄な人間は居ないらしい。