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01-10:早すぎる再会3

「その腰の鳥も、今日狩ったやつだよね?」


 リアがファイア・スワローの回収に向かえば “魔物狩り”も何となく付いてきた。

 並んで歩くとなると、気になるのはリアの腰から吊るされている鳥である。


「はい。さっき――」


「すごいね! でも、昼間は狩りをして、夜はヘロン亭ってキツすぎない?」


「毎日ヘロン亭で働いている訳ではないので。お金も必要ですし」


 リアの言葉にレオナは顔をしかめ、アルスも眉をほんの少しだけ上げた。レッドグースを見て笑っているザイードさておき、二人が苦いものを噛んだような顔をしている理由は何となく察しがつく。

 誤解を避けるためにリアは急いで言葉を続けた。


「私、一ヶ月ちょっと前にアルカクに出てきて、月に何日か休みのある仕事を探していたんです。安定して稼ぎながら、ギルドの依頼や街の周囲に慣れたいなと思って。そうしたら女将さんが三と四の日に手伝ってくれれば、給金と相殺で部屋に住んで良いって言ってくれて」


「……んん? どういうこと?」


「三と四の日……君は月に六日間だけヘロン亭で働いて、代わりにヘロン亭に住んでいる? ヘロン亭で働く日以外は魔物を狩っている。この認識で良いだろうか?」


「はい!」


「あぁ、そういうことか。一瞬だけ疑っちゃったけど、やっぱり女将さん良い人なんだね」


「とっても良い方で、感謝しきれません!」


 先程までの爆笑とは違う、小さな笑い声。

 レオナは柔らかく笑いながら、ふわりとリアの頭を撫でた。あれだけ笑われたせいだろうか、レオナだけではなく男二人の表情も柔らかくなった気がする。


 見た目からバリバリ上昇志向のような印象を勝手に抱いていたが、今リアの目の前にいる“魔物狩り”の三人からはのんびりした空気が漂っている。

 気楽で、居心地が良いくらいに。

 瘴気様のものが気にならなければ、アルスだって少々表情は薄いが悪人感はない。


「そういやレオナ、お前その喋り方で良いのかよ?」


「いやぁ、一回崩しちゃうとやりづらいんだよ。こんな喋り方しているとガッカリかな?」


 レオナは口を開かなければ、創作された王子様そのものである。

 女性だということを考えて王子様は取り下げたとして、シャープな美貌の持ち主であることは間違いない。

 そんな人が不安げに、ちょっと潤んだ目で見てくるのだ。キラキラした人だなという程度の感想しか抱いていないリアでも、軽く赤面してしまうくらいの破壊力がある。反則級だ。


「が、ガッカリなんて! 何様なんですか私は!」


「じゃぁ、私の事、怖かったりする?」


「そんなことないです! えぇっと……普通に話して頂けると嬉しいかなーと」


「良いのか? 普通に喋るとザイードが言ったみたいにガッカリされるんだけど」


「自分で言っだんだろうが。何でオレのせいにすんだよ!」


「いっつも顔以外が残念すぎるとか言ってくるだろッ!」


「顔は大丈夫って事にしてやってる、オレの優しさに気付け!」


 やいのやいのと言い合いをしているレオナとザイード。

 初対面では女性が好きな絵物語の登場人物のようだと思ったが、だんだん二匹の大型犬がじゃれている気がしてきた。都会で感覚が麻痺したのか、疲れているのか。

 アルスは無関係さを全身でアピールするように、目を細めて遠くを見ている。


 リアはファイア・スワローの死骸を回収して処理をする。

 終わってもまだレオナとザイードは言い合いをしていた。仲が良いようで何よりである。

 ラボルで同年代の子達と上手くやれたら、自分もこうして仲間とじゃれ合っていたのかも知れない。ふと思い浮かんだ、どうしようもない想像に胸が微かに痛んだ。


「……その、君が持っている鳥はこの辺りに多いのか?」


「レッドグースですか? 約半月で獲ったのは二回目なので、多くはないかと」


「全体が買取りの対象に?」


「一応は。でも、マシな値が付くのは、赤い羽根だけです」


 自分と同じように遠い目をしているリアを哀れんでか、仲間の残念なやり取りから目を逸らしたかったのか。躊躇いがちに口を開いたアルスに言葉を返しながらも、その内容にリアは首を傾げた。


 飾り羽のあるレッドグースやブルーグースなどは少ないが、グース系の魔物は全国に分布している。得られる素材にしてもそうだ。飾り羽は庶民がちょっとした飾りに使うこともあるし、肉もアルカクの屋台で見かけた気がする。冒険者ならば狩ったことはなくても知っている――はずである。

 ファイア・スワローの時にしろ、今回にしろ、質問の意図が分からない。

 馬鹿にされている感じはしないから、話すことを思いつかなかったのかも知れない。だが、それにしたってあんまりだ。


「……魔物にはあまり詳しくなくて」


「“魔物狩り”なのに?」


「俺達は“魔物狩り”と呼ばれてはいるが……魔物を倒しているだけで、詳しくない。依頼を受ける時も、魔物図鑑を確認しながらなんだ。その鳥、いくら位で売れるのかを聞いても?」


 思わず口から出てしまった言葉に焦ったものの、アルスは自嘲とも取れる微かな笑みを浮かべているだけだ。

 魔物に詳しくないのに魔物を狩っているのはなぜか。

 三年くらいでCランクに上がったと言っていなかったか。

 気になることはあるけれど、冒険者の過去に踏み込むのはご法度。瘴気持ちだった場合を考えると絶対に踏み抜いてはいけない地雷かも知れない。聞かれたことだけに答えるに限る。


「これはレッドグース、E級です。肉と灰色の羽がそれぞれ銅貨一枚、赤い羽根は一個につき鉄貨五枚です」


「赤い羽根はそれほど多く無さそうだが」


「一体に八本前後が多いかと」


「となると……全部で銅貨六枚か。一体だけだと厳しいな」


「今は宿代が浮いているので、大丈夫ですけどね……」


 言いながら、リアは即座に値を言われた事に驚いていた。

 両手を使って数えられるくらいの計算しか出来ない、そういう者も珍しくはない。女将さんにも褒められたから、都市でもすべての人が読み書き計算が出来るというわけではないのだろう。空で計算してみせたアルスは育ちが良いのかも知れない。


「先程、ファイア・スワローは火を落とすと言っていたよな。……そのレッドグースも赤い変種だから、火属性の攻撃があるものなのか?」


「いえ。これは見た目が赤いだけですね。この赤い羽根も火関係の装飾品に使われたりしますけど、属性効果よりも見た目をそれっぽくする方が目的だと思います。ファイア・スワローも素材としては属性効果が無いですし。若干でも属性効果が付いている素材なら、最低でも小銀貨単位の買取りですよ」


 貨幣は鉄貨、銅貨、小銀貨、大銀貨、金貨の順で、それぞれ十枚で上の硬貨一枚と等価である。銅貨十枚で小銀貨一枚になる。両替屋では手数料を取られるが。

 その上には金貨百枚と同じ価値を持つ白貨があるにはある。

 しかし、庶民が使用するのは基本的に金貨まで。


「そうなのか。ありがとう、勉強になった」


「属性付きの素材ってそんなに高く売れるんだね。私達はさ、途中で冒険者に転職した組なんだよ。最初の頃は何が売れるのかも分かんなかったし。……あ、そういや、リアはまだ狩りを続けんのか?」


 気づけばレオナとザイードも言い合いを中断してリアの説明を聞いていた。

 真面目に聞かれると気恥ずかしくなってくる。間違ったことは言っていないよね、と自分に問いかけながら口にした説明を高速で反復する。大丈夫そうだ。


「……今日は切り上げようと思ってました」


 レッドグースだけでも帰るつもりだったのだ。ついでにファイア・スワローも仕留められたのだから、これ以上頑張ろうという気は無い。料理は止めて屋台で買い食いするのも良いかもしれない。


「だったらさ。せっかく会えたんだし、一緒に晩飯食わない? 奢るよ。なぁ、隊長?」


「俺は構わないが……どこで?」


「予定通り隊長ン家、鍋の会」


「オレも賛成に一票。男臭いのも薄れて万々歳だ」


「んだと、おい。私は男臭いって言うのか?」


「……と言っているが、どうだ? 予定があれば気にしないでくれ」


 と思っていたら予想外のお誘いを頂いてしまった。

 正直、三人の関係は見ていて羨ましい。

 パーティどころか冒険者の知り合いも居ない現状、彼らと仲良くなれたら嬉しい。だが、親しくないのに流れで家に入れて貰って良いだろうか。

 一瞬だが瘴気のようなものを感じさせる、アルスについても不安が無いわけではない。

 リアの口から出てくる言葉は曖昧なものになっていた。


「アルスさんのお家ですよね? ご迷惑では?」


「大食らいばかりだ。こちらは君一人増えても全く問題ない」


「男ばっかりだけど。私も一緒だから、酒が入っても悪さはさせないよ?」


「嫌じゃないなら来いよ。腹いっぱい食わないと大きくなれないぜ?」


「これから大きくなるのは横だけだと思います……けど、ご迷惑じゃないなら、ご一緒させて下さい」


 嬉しそうに目を輝かせたレオナと、人の悪い笑顔を浮かべるザイード。

 もし“魔物狩り”の面々ともっと気楽に話せたらアルカク暮らしはもっと楽しくなるかもしれない。

 社交辞令ってやつなら申し訳ないと思いつつ、そのチャンスを逃すほどにリアは臆病では無い。


「よっしゃ、リア確保。飯にはまだ早いから、一緒に納品所行こうか。それ、買取りに出すんでしょう? あ、隊長とザイードは準備よろしく」


 嬉しそうな声。周囲が明るく見えるくらい屈託のない笑顔。気を遣っている様子もなくニコニコしているレオナの姿に、リアは胸がじんわりと熱くなるのを感じていた。


 十八年間友達が居ない女には贅沢すぎる相手かもしれない。レオナファンに刺されるかも知れない。でも、そんな理由で素敵な人と仲良く慣れる機会を逃すなんて馬鹿馬鹿しい。

 この人と仲良くなりたい。

 リアは密かに拳を握って気合を入れた。

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