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01-09:早すぎる再会2

 こっそり逃げられるだろうか。

 アルスから与えられるプレッシャーに耐えつつ、リアは考える。

 幸い、自分が誰かも、どこに潜んでいるかも、特定されていないらしい。

 こちとら山育ち、全力で走れば逃げ切れる様な気もする。


 だが、瘴気の発生源がアルスだと考えるならば話は別だ。

 前と同じく瘴気と思われる嫌な感覚は一瞬。今も刺々しさはあるが、それは不審者に向ける警戒だろう。下手に刺激して瘴気もしくは狂気のスイッチを入れてしまう可能性もある。

 しかも、相手方は三人。となれば――。


「すいませーん、普段と違う気配があったもので……」


 両手を上げた降参ポーズでリアは木の陰から姿を見せる。

 育った山ではないのだ。三人が地形に詳しく、連携して追い込まれたら逃げ切れないという判断だ。三人とも武器は収めたままだから、突然斬りつけられる事は無いと踏んでのことである。


「なっ……!」


 心臓が破裂しそうな音を立てるなか、リアはハッキリとアルスの顔に驚きが浮かぶのを見た。

 その背後ではレオナとザイードが目と口を思いっきり開いて固まっている。驚き度合いはこの二人のほうが上だろう。自分の判断が間違っていなかったと安心するくらいだ。


「君は、ヘロン亭の――」


「そうです! 一昨日お会いしました、リアです! すいません覗くつもりは――」


「ブッ、ハハハハハ!」


 とりあえず覗き見ていたことを謝罪しようとしたリアの声は、周囲一帯の空気を揺らすようなザイードの大爆笑に遮られてしまった。

 ぽかんとするリアを尻目に、レオナまでもが腹を抑えて笑い出し、アルスも口元を引き攣らせている。

 間違いなく、笑いを堪えている顔だろう。

 過剰なくらいに警戒していた自分が馬鹿らしく思える結果である。


「あのぉ……何か、そんなに変ですかね?」


 ザイードは更に笑い、遂には蹲ってしまった。

 アルスも肩を震わせる以上の発作に襲われているらしい。肩だけではなく全身をプルプルと震わせながら、リアの方を見ようとせずに地面だけを凝視している。


(いっそのこと、潔く笑っても良いですよ)


 心の中で呟くリアの元へ、涙を拭いながらレオナがよろよろと近付いてきた。

 立って並ぶと彼女の背の高さがよく分かる。見上げれば端正なお顔はクシャクシャで、見てはいけないものを見た気分になったことは秘密である。


「頭……プッ、頭から、フフッ……」


 何か言おうとしては、笑いの発作に襲われているらしい。

 震えながらもリアの頭に触れたレオナの手には、細長い枝が握られていた。

 先端には小振りな白い花まで咲いている。


「あ、頭から木を生やして、花咲いてるとか、プフッ……面白すぎっ!」


 リアの頭を払うようにレオナが手を動かせば、ポロポロと白い花びらが頭から落ちる。

 それが面白かったらしい。枝を握り締めたまましゃがみ込み、再び込み上げてくる笑いの餌食となっていた。地面をバシバシと叩きながら、笑いすぎて噎せている始末である。


 レオナが取ってくれた枝と、自分の周りに落ちている花びら。

 ついでに彼らの笑いっぷりを見れば嫌でも分かる。

 移動中にどこかの木にかすった結果、リアは頭に花の咲いた木の枝先を引っ掛け、頭の上に大量の花びらを付着させた姿をしていたのだ。それが両手を挙げて木の陰から出てきたら――ビックリもするだろうし、笑いもするだろう。


 顔がかぁっと熱くなるのを感じすにはいられない。

 山猿と馬鹿にされてきた過去があり、自分でも少し納得しているとは言え、リアは十八歳の乙女である。花も恥じらうお年頃である。狙ったわけでもなく、とんでもない姿を見られれば恥ずかしいのだ。


「……本当、すいませんでした」


「いやぁ、嬢ちゃん、笑わせてもらった。森の妖精ごっこか? だははは」


「ち、違います! 偶々です! 気付かなかっただけです!」


 こんな森の妖精が居てたまるものか。


「あぁ? あぁ、頭も面白れぇけど、腰に鳥ってのもよぉ、ウハハハッ!」


「え! そっか、普通は背負うものですか?」


「違ぇよ! ハハッ、嬢ちゃん本っ当に面白れぇな」


 一度ツボにハマったからだろうか。ザイードはご丁寧にもリアが口を開くたびに、ツボが再刺激されるのか面白そうに笑う。自分を馬鹿にしているような嫌味はないが、純粋に楽しまれているというのも不本意。

 真面目にしているんですが、とちょっとだけ切なくなってきた。


「すまないな。悪気はないのだが……ザイードは一度ああなると、しばらく止まらない。嫌いな相手には決して見せないものだから、好意の証とでも思ってやって欲しい」


 アルスに慰められても、報われた気がしない。

 彼もまた唇の端に力を入れているのが分かるから。全身プルプル状態からは復活しても、笑いが完全に収まったわけではないのだろう。懸命に自制しているだけで、他の二人と根っこのところでは変わらない。

 笑いを堪える目も表情もひどく人間的で、瘴気持ちが取り繕っている様には見えなかった。


「いえ、私が変な格好だったのが悪いんでしょうし……」


「ごめんね、あんまりにも予想外で、面白くて。可愛いと得だよねぇ」


 やっと立ち上がったレオナの言葉は――返しに困る。このシチュエーションで頭に花が付いていても可愛くはないはずだ。花で飾っていたのではなく、花付きの枝が頭に刺さっていただけだし。


「いいですよ、面白いで……」


「可愛い子だから笑えるんじゃないか。なぁ、ザイード! 私が森の妖精さんごっこをしてたら?」


 さり気なく傷を抉られたように感じるのは、気の所為だ。


「うわっ、速攻で逃げるに決まってるだろ! やるなよ、絶対やるな!」


「……ってなるわけ」


「はぁ……」


 そう言われたて、どう返すのが正解なのか。

 ありがたいことにリアに弱々しい笑みを浮かべさせる原因となった時間は、アルスにとって頭を冷やすに十分な時間となったらしい事だけが救いである。落ち着きを取り戻したアルスは苦笑を浮かべながら口を開く。


「色々と申し訳ない。……最初から全て」


「いえ! それは私が隠れて様子を窺っていたからで」


「元々は俺達に責任があることだ。ここは偶に新人が練習に来るくらいで、これだけ奥に入っていれば問題ないと思っていたんだが……気付けば違和感を覚えるのは当然だ」


「全然気付いてなかったよ。隊長がキツい声を出したから、びっくりして警戒してたんだ。だから緊張の色が緩んだのもあって、余計に笑っちゃって。でも、意味もわからず笑われたら嫌だよね。失礼な事して本当にごっ――」


 アルスに続いて謝罪の言葉を口にしかけたレオナを無視し、リアは弓を構える。


「やっ、待って! 悪かったと思ってる! 怒っても良いけど、それ、は? え?」


 太陽を射抜こうかという角度へと向けられたそれは カン、という弦音と共に矢を打ち上げる。

 上を見ていた“魔物狩り”は、拘束で飛んで行った矢が小さな鳥に刺さった瞬間を目撃した。


「ふぅ。あ、スミマセン。嫌な魔物が見えてしまったので、ついつい……」


「ビックリしたあぁ。やめてよ、ホントに。っていうか、アレ、小鳥じゃないの?」


「多分、ファイア・スワローかと。驚かせてしまいましたけど、向こうが気づく前に倒せて良かったです」


 リアは安堵を隠さない。

 レオナを驚かせたことは申し訳ないと思っているが、自分の行動を悔いてはいないことが丸わかりである。

 魔物に対する危険意識としては間違っていないのだが、D級冒険者であるリアが危険視するには射られた鳥は小さく弱そうに見えた。なぜ彼女がそこまで安堵するのか――“魔物狩り”を代表してアルスが尋ねる。


「……(スワロー)だろう? そこまで危ない魔物なのか?」


「そこまで危険ってわけじゃありません。重症を負う可能性は低いですよ? でも……」


「でも?」


 リアは不安げな顔で“魔物狩り”の顔を見渡す。

 ファイア・スワローは珍しい魔物というわけではないし、E級指定である。確かに自分の反応は過剰かも知れないが、危険度は低くとも嫌われる理由は十分すぎるほどにある。なぜ皆揃ってただの燕を必死に撃ち落とした人を見るような、理解不能な顔をしているのか。


「教えてもらえると嬉しいのだが、嫌なことを聞いてしまったのなら……」


 まるでファイア・スワローの存在を知らないかのような反応。

 試されているのか、本当に知らないのか。


「……親指サイズの火の玉を、落としてくるじゃないですか? 攻撃力としては低いですけど、気づかないまま攻撃されて、火傷したり服が燃えたりはしますよね。髪と頭皮が焼かれて禿げちゃったりしますよ? 命の危険は無くったって、嫌な魔物には違いありません! 運が悪いと木に火がついたりとかして、大惨事になる可能性もありますし」


 服が燃えるのも、禿げるのも、子供時代の実話である。

 頭皮は無事だったので半年くらいの辛抱ではあったが、ルミナが大爆笑しつつ言った「もう生えてこないかもねぇ」という言葉は深く刻まれてしまった。ファイア・スワローは地味に嫌な魔物としてリアの能に刻み込まれている。


 試されている可能性も考えたものの、真面目に聞いている“魔物狩り”の姿を見ると何かが違った気がする。自分よりも上のCランクなら知らないはずは無いと思うのだが。


「うっわ……人類の敵だな! 見かけたら殺す」


 不安そうに頭頂部を撫でつつ決意表明するザイード。ハゲの部分が気になったことは間違いない。アルスも嫌な顔をしながら頷いているから同じかも知れない。

 レオナだけがピンとこないのか、へぇ、という淡白な反応だった。

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