ああ、妹(のぱんつ)よ。
おれ、稲垣京馬、大学生、理系。
世界一可愛くて優しくて清楚で恥ずかしがり屋で…もう、理想としかいいようがない妹とほぼ二人暮らしをしていた。素敵すぎる妹要素を除けば、どこにでもいる、ただの平凡な大学生だった。
ーーそう、おれの姿が突然毛虫に変わるまでは。
人間だったものが突然節足動物へと変容をとげても、おれは慣れない体で突っ走ってきた。全ては可愛い可愛い可愛い妹に嫌われないため。
弁当を作ってみたりパンを焼いてみたり親父のトランクスを散らかしたり、気持ち悪い毛虫ながらに頑張りましたとも。しまいには庭の隅っこで腐葉土にまみれる羽目になりましたけど、それでも必死に我慢しましたとも。
ーーそれもこれも全部、可愛い妹だけのために。
ーーーああ、神さま。
そんなおれにこの仕打ちは、ちょっとひどすぎるんじゃないでしょうか。
どうか嘘だと言ってください、そして妹を、元の純情な乙女に戻してやってください。
ーーそう。
『クソ兄貴め、いい加減あたしの清純さが演技って気付けよな!!』
1分前に妹が発した言葉で、全てが変わってしまったのだ。
彼女ー稲垣あさひーは庭に隠れてるおれのことなんて全く気付いていない。つまり…考えるのも辛いことだが……、これは妹が嘘偽りない言葉で、誰にもはばかることなく言った本当の気持ちなのだ。
「ああ、妹よ…」
腐葉土にまみれて呻く。
いったいどうして、そんなにグレてしまったんだい!!もとの可愛いあさひに戻っておくれ!!
ため息が漏れた。
…いや、やめよう。
きっとおれが気づかなかっただけで、彼女の変化はずっと前から始まっていたに違いない。おれが気付かないふりをしていただけで、あさひは、大人になりきれない兄を支えていてくれていたのだ。
「…なら、おれも大人にならなきゃな」
馴れ合いは終わりだ。これからは妹と、大人の…大人の距離感を……
「うう…出来る気がしないぞ…」
寂しい。死ぬほど寂しい。可愛い妹と距離を置くなんて…
でも、やらなきゃいけないんだ。
深呼吸する。これも妹のためだ。距離を置くぐらいできないお兄ちゃんに、しすこんマスターの資格なし!
そう、脳内のあさひも叱り飛ばしてくれた。
「よっし…そうと決まれば、さっそく敵情視察を…」
距離を置くためには、まず相手の本心を知るべし。
あさひが何を考え、何を思っているか知るんだ!上手く、今度こそ頼り甲斐のあるおにぃちゃんになるために!
…成功すれば、本心からの『おにーちゃん…♡』が得れるかも。漲ってきた。
「よっし!!!」
集中してリビングの妹を見つめる。お兄ちゃん頑張るからね!
そんなおれをよそに妹は、
「あれ…これ親父のパンツじゃね」
おれがさっき落としたトランクスを掲げて鼻をつまんでいる。床にあぐらをかいて、見えちゃダメな色んなもんがぽろりしそうになっている。
…あさひよ、即刻そのぱんてぃーを離しなさい!それは硫黄並みの腐卵臭を放っているから!!!
「…なんでこんなとこに落ちてんだ…?まあいっか、それより学校学校」
触ったら火傷しそうな笑みを浮かべて妹が手を伸ばしたのは、
…おれ知ってる。あれ、あさひの着替えが入ってるやつだ。
恥ずかしがり屋を装っていた妹が、家族の面前で着替えるのを嫌がって、わざわざトイレまで持っていってた手提げ袋。薄紅色の生地(確かあさひが自分で刺繍していた)が可愛らしい。
「よっと」
妹はそれに無造作に手を突っ込み、着替えを取り出していく。
セーラー服、スカート、髪留め、リボン、ブラジャー(今度のは黒だった)、ひも。
…は?ひも?
おれが呆気にとられて見つめる前で、妹は例のひもに手を伸ばし…
「今日合コンだし、気合い入れたの履いてくか!!」
喜び勇んで宙に掲げたのは…
…すっけすけの、えっっろいひもぱんだった。
「£♭▼ϵ( *÷●fa♯◆…!!!!!!!」
意味のわからん絶叫をかみ殺してゴロゴロ転がるおれ。
……耐えろ!耐えるんだおれの精神!!
…ていうか、なにあれ!なにあれ!!…反則だろ!!
推定布面積30㎠ほどのえっちなぱんつにおののく。
…妹よ、よくあんなもん買えたな!!
いつもの清楚な感じで笑ってるあんたからは、想像もつかないよ!!
悶え苦しむおれの前で、すっくと立ち上がった妹は、おもむろに自分の履いてるぱんつに手を伸ばして…
ズルッ。
引き下ろした。