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Scene-5 炎の乙女

 札幌の大通には、地下空洞があった。

 それは地下街のことなどではない。もっと深く、地の底のことである。

 女子高校生が一人、そこにいた。鼻歌を歌いながら、空洞の真ん中に向けて歩いていく。赤く輝く妖しい瞳が細まった。


「さて、準備はできているようだし」


 少女は、咲楽井さくらい響子きょうこはそう言った。準備、というのは他でもない、この巨大空洞の状態のことである。

 その地は札幌を貫く龍脈の結節点であった。そもそも札幌という都市そのものが、この龍脈を生み出す土壌となっている。

 というのも、この札幌という都市は京都が原型となっている。開拓当時、三方が山に囲まれ、一方が開けているという土地は京都を彷彿とさせたのは想像に難くない。

 北海道神宮にも、札幌の都市の元の形を考案した島義勇が北海道神宮を定めた際に「三面山囲一面開、清渓四繞二層堆、山渓位置豈偶爾、天造心期来。」と詠んだとある。

 都市の地図を見てみれば、大通りが南北と東西を通り、小路についても升目状に走っている。人工的に生み出された龍脈は、札幌を十字に通っていた。この都市を作った人間がいかに京都を重ねて見たかがよくわかるだろう。

 最も、その作りは南北に反転している。京都は南が開けているのに対し、札幌は北に開けているのだ。ゆえに風水おいても、南北を逆転して考えるのが道理であった。

 そして赤岩山は、札幌から見て西の方角にあった。


「札幌の西に白龍権現というのも当然の話ね。都市の構造として意図された方角は東、すなわち龍のおわす場所。けれど実際の方角は西、示される色は白……」


 そう、”白龍権現”という名ですら、そのような意図があった。偶然にもその地に封ぜられていた大蛇に対しそう名付けることによって札幌という地の気を高めたのだ。

 さらに言えば、蝦夷地本来の神話系統における存在、アイヌの者たちが森羅万象に見出した神々(カムイ)に対して、和人の神号をつけることによって風水的侵略をおも計ったのだ。

 ではそれほどの計略を誰が張り巡らせたのか。


「私たちが動くより先に、白龍権現が目覚めたのは想定外だった。まあ、そういうこともあるでしょう」


 響子は空洞の中を見渡す。その場所は、明治のときに作られたものである。しかし、どうにも古臭さはない。それも当然のことで、作られた当時より手入れは行き届いているのだ。


「私がするのは、仕上げにしか過ぎないけれど」


 ぱん、と甲高い音が響いた。響子が手を打ち合わせた音である。

 同時に響子の瞳が光を放った。赤い輝きはまっすぐ地面を見下ろしている。


「我ら”八咫鴉やたがらす”、蝦夷地への五百年に及ぶ野望の一端を喰らうがいい、白龍権現」


 この日本という国において、存在を知ることもできないモノの名を口にするこの者をこそ、八咫鴉が一羽である。

 日本という国が生まれたそのときより、歴史の背後で暗躍する秘密結社の存在は、裏の世界で生きる者ですら眉唾のものであると考えている。

 だが、彼女は現にその内よりやってきた者であり、いままさにその秘められた野望の一端を叶えようとしていた。

 響子の全身に走った刺青が発光する。服を透過して一瞬だけ発された赤い光が、空洞に仕込まれた術式に刺さる。

 それは空間に仕込まれた術式の、発動の鍵であった。見る人が見れば、その術式の奇妙さに気づくだろう。通常はひとつの流派、ひとつの宗派によって編まれるはずの呪術であるが、たったいま響子が発動したものはあまりにも混ざっている。

 空洞の壁面に描かれているのは密教のものであり、八方の門は奇門遁甲を示し、貼られて居る札は陰陽道のものである。これだけのものを複雑怪奇に、しかしひとつの法則性を持って配置されている。並大抵の演算ではない。

 天井より楔が下される。響子の放った火の気を宿した楔は、勢いよく地面へと下された。大きな地響きが鳴り、儀式は発動する。

 これこそが、八咫鴉が札幌という都市が作られたときより仕込んでいた大術式だった。

 それはひとつの大地に宿る龍脈そのものへの接続と操作だ。札幌という都市に作られた人工龍脈によって北海道に住む神々(カムイ)の力を弱め、大和より伝わる神話で上書し霊的支配を行うという、恐るべき技である。

 響子は万能感に満たされる。北海道という土地そのものの根っこをつかんだ感覚は、極上の美酒を飲んだかのように甘美である。

 人差し指を振るうだけで大地を揺らし、中指で触れるだけで雷を起こすこともできるとさえ思えた。

 だが、その感覚はすぐに終わる。龍脈に直接触れた指先から感じたのは凍気である。その一瞬の気配から響子は手を引っ込め、防御の姿勢をとった。結果としてそれは正解だったと言える。

 強烈な反動があった。自身が込めた火の気の全てが返ってくる。いや、それだけではない。龍脈の結節点に仕込まれた楔が長らく貯めていた妖力が吹き出たのだ。全身の神経すべてに火が回ったような痛みに、響子は耐え切れず術を中断する。


「やられた……おのれ白龍権現、既に蝦夷地の龍脈を支配せしめていたか!」


 どこで眠っているかもわからない存在に向けて、呪詛を吐く響子であったが、事態を冷静に俯瞰して見るだけの思考は残っていた。

 白龍権現は海へと消えたと言われている。それは報道機関も、政府機関も同じ見解であり、おそらくそういったものを情報源に持つPIROとて同じ判断をしているだろう。

 だが、真実は違う。龍脈に触れた響子は、白龍権現がいまどこにいるかを感じ取っている。


「手稲山か! まさか、もう帰ってきている? 龍脈の気配を感じてそこを陣取っているのね」


 札幌を流れる龍脈の源流のひとつが手稲山である。上流にすでに居座った白龍権現は、その妖力を溜めながらも、体内にあった古い妖力を垂れ流しにすることによって、龍脈そのものを自分の色に染めていたのだ。

 用意周到に準備したはずが、逆に掴まれた形になる。白龍権現にそこまでの知恵があったか、あるいは偶然の産物か。いずれにせよ、危機的状況であることには違いない。

 なぜならば、奴は気づいてしまったのだ。自らを脅かす存在がいることに。自分の領土を侵す者がいることに。

 であるならば、動かないはずがない。食いに来ないはずがない。

 そしてさらに厄介なことに、今世の札幌にはがいる。

 ならば、ならば白龍権現がとる行動などわかりきったことだ。響子は次の行動を考える。


「早くここを出ないと、飲まれるわね」


 龍脈に開いた穴から溢れた凍える妖力から逃れるべく、響子は走り出す。炎をその身に纏い、ジェット噴射によって加速した。

 迫り来る凍気は、魔の手となって響子を掴まんとした。それを炎で払いながら円筒状の地下通路を走り続ける。

 やがて直上に向けて駆け出す。地図や構図の中には存在しない経路を辿っていた。

 爆炎とともに地上へと飛び出し、空高く響子は舞った。空は灰色に染まっており、いまにも雪が降り出しそうである。

 空中で炎を操り、北西の方角を見据える。


「来たわね、白龍権現」


 響子の目に映ったのは、手稲山より現れた異形であった。

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