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Ending-3 勇気のカタチ

 吉暉は夢を見ていた。それは胸に抱いたものではない。胸に刺さったものの夢だった。

 刺されている。鋭い刃物が胸に突き立てられている。不思議と痛みはない。

 真っ暗な洞窟の中にいたようだった。そこへ入り口から日が差しているのがわかる。

 光を背にして、まるで胸に飛び込むように、刃物の持ち主は吉暉を貫いていた。

 吉暉はその者を抱きしめるように迎え入れた。

 刃物の持ち主は少女だった。見覚えがない、しかし面影は知っている。衣服はアイヌに見られる渦を巻くような模様を持っていた。

 至近距離で目があう。むしろ、目しか見えていない。相手の瞳が揺れているのがよくわかる。潤んでいるのさえ、わかる。その瞳の奥でどんな感情が渦巻いているのかもだ。

 吉暉には恐怖心がない。しかし寂しさだけはあった。





 目を覚ました吉暉は、ぼうっとテレビを見ていた。

 そこは病室だった。一人部屋という贅沢な空間である。PIROの息がかかっているという医師からは体調に問題がないことを告げられていた。それもそのはずで、猿神の影響で治癒力が高まっている。シアンカムイの一撃を受けてすぐに再生するほどの力だ。

 尤も、外傷の問題についてのみだ。自分の体のことは自分が一番理解している。

 心臓に刻まれた呪いが、吉暉の肉体を蝕んでいる。

 いまの自分は猿神の力のみではなく、別の力によって生かされている。そしてどれもが、決して善の側のものではないということに、むしろ笑ってしまった。

 テレビにはシアンカムイの姿が映し出されていた。凍結したシアンカムイが大通公園に横たわっている。その光景はどうしてか、ひどく滑稽だった。

 つい最近まで、そこは皆が楽しみにしている雪まつりの開催に向けて動いていたというのに、いまは恐怖の象徴である怪獣が寝ている。

 自分たちが胡座をかいていた平和に、そんなものは幻想だと言わんばかりに。


「ぱいせん、寝過ぎですよ」


 扉を開けて入ってきたのは雪花だった。落ち着いた様子で、憎まれ口を叩いていたが、髪が頬に張り付いているのを見ると走ってきたのだろうと吉暉は理解した。


「よく寝たもんだ。医者からは、まったく問題ないから明日にも退院できるって言われた」

「そうですか。……テレビ見てたんです?」

「雪まつりの出し物にしてはでかすぎるな、シアンカムイ」

「作ったのはぱいせんですよ」

「一緒にやったのはお前だからな、言っておくけど」


 くすり、と笑ったのは雪花だった。備え付けられた椅子に座ると、真面目な顔つきに戻った。


「ぱいせんはいま無傷ですけど、むしろ呪術的には、よりひどい状況になってます」


 そう言って、心臓の部分に指を当てる。とんとん、と二度叩かれた。


「ここには二つの呪いがあります。シアンカムイの神呪と、響子さんのまじないです。シアンカムイの力で凍結させられた心臓を、無理やり動かしている状態になります」

「……そうか。そんな気はしてた」


 驚きはなかった。むしろ納得していた。そういうものだろうと思っていた。シアンカムイの一撃を受けて無事な方がおかしいのだ。心臓の凍結など死んでしまってもおかしくない状態であるにも関わらず助かったというのは、響子のおかげであると理解しながらも、悪運だけはいいのだろうと思った。

 胸の上に置かれた手が握られる。吉暉が雪花を見れば、彼女は必死に涙を堪えていた。

 どうした、とは聞かない。じっと雪花の言葉を待つ。


「私、何もできませんでした」

「そんなことはねえだろ」

「シアンカムイにトドメを刺したのは、ぱいせんです。そのぱいせんが死んじゃうってときに助けてくれたのは響子さんで。一木さんも、私の足りないところをずっと補ってくれてました」


 どんどん頭が下がっていく。表情が見えないほどにうつむいていた。

 そうだったのか。そうだったかもしれない。吉暉は思う。雪花ひとりは何もできなかった。無論のこと、この戦いに参加した者たちが全員揃っての勝利だった。

 けれども、この戦いは雪花とシアンカムイのものだ。それぞれが背負った宿命の戦いなのだ。少なくとも雪花はそう思っていた。

 吉暉は、手を握る。雪花が驚いて顔をあげた。


「きっと女神もそう思ってただろうな」

「え? 女神も……?」

「自分は何もできないんだ、って。でも二人ともシアンカムイと戦って、勝ったろ。それでいいじゃねえか」


 きっとそういうものを、勇気というのだろう。必ず勝てるから立ち向かったのではない。恐いけど、恐いから立ち向かったのだ。

 雪花はどういう顔をすればいいのかわからないのか、百面相を浮かべている。

 それがひどくおかしくてしばらく眺めていたかったが、それよりも吉暉にはするべきことがあった。


「ほら、返すよ」


 右手の包帯の内から質量を無視して現れたのは、見事な装飾が施された鞘に収まる小刀マキリだった。それはシアンカムイへの最後の一撃で使われた武器である。


夷虵斬エゾノハバキリ!? どこにもないと思ってたら、ぱいせんが持ってたんですか?」

「右手がちょっと、悪さしてたみたいだ」


 夷虵斬を雪花に押し付けるが、雪花は受け取るのを渋った。


「う、受け取れません」

「なんでだよ。お前のものだろ、これ」

「でも、えっと……そ、そうです! 最後の攻撃をしたのはぱいせんですし、ぱいせんに所有権が渡ってるんじゃないかなあと思うんですけど! 擬神器みたいに、ぱいせんを親として認めてるかもしれないです!」

「使うか使わないかはともかく、こういうのはあるべき場所にあった方がいいんだよ」

「そ、それはそうですけど、うぅ」


 顔を真っ赤にして拒む雪花だったが、吉暉の言葉に納得したのか、躊躇いながらも受け取った。

 やはり雪花が持っている方が収まりがいい。夷虵斬を大事そうに抱きしめながら、顔を伏せる雪花の様子が不思議でならなかったが。


「それにしても、どうして夷虵斬がお前の家じゃなくて、本州にあったんだろうな」

「……賭けにでも使ったんですよ」

「マジかよ。お前は手放すんじゃねえぞ」

「ぱいせん、もしかしてわかって言ってます? いいえ、絶対にわかってませんよね?」

「な、なに怒ってんだ」

「怒ってません!」


 ぷい、と他所を向いた雪花に、吉暉はわかんねえなあと窓の方を向いた。

 シアンカムイとの戦いを経て少しは理解をしたつもりではあるが、自分たちの会話は噛み合わないままだった。

 けれども、以前よりずっと心地よかった。彼女の言葉は耳によく聞こえる。こういうのも悪くない、と思えるほどには、吉暉は雪花を気に入っていた。


「ようやく見つけたわ! 雪花を追いかけてきた甲斐があったというもの!」


 扉が勢いよく開かれた。吉暉と雪花が振り向くと、そこには黒い髪を揺らし肩で息をしている美少女、ヘラこと戸来菜々実がいた。

 そしてずかずかと病室に入り込んでくると、吉暉を指差して宣言する。


「シアンカムイを従える計画は失敗したけど、ハヌマヨシキ、あなたを従えることでここは手を打ってあげるから、光栄に思いなさい。それはそれとして走ってきたから看護師に追いかけられているの。少し匿ってちょうだい!」


 そう言っていそいそと吉暉がかけていた布団の中へと入っていく。盛り上がった頭の部分を軽く叩きながら、吉暉は言った。


「おい、入るならベッドの下とかロッカーにしてくれ」

「レディに対してその扱い!? ちょっとあなた、私に対してひどいんじゃないの!?」

「ぱいせん、菜々実ちゃんだって女の子なんですから。あ、でも布団の中はダメですからね!?」

「じゃあどうしろって言うんだよ、俺に」

「ぱいせんが出ればいいんじゃないですか?」

「そうだそうだ! 手始めにこの寝床をいただく!」

「ここは俺の病室だ!」


 そう言って菜々実を引きはがそうとする吉暉と、その吉暉を叩く雪花である。揉み合う三人が看護師に怒られるのは、それから数分もしない頃だった。

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