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Ending-1 はた迷惑なスケっ人たち

 数日後、寿満窟にて。

 客足は遠のくばかりで、いつも閑古鳥が鳴いている風水屋寿満窟であったが、この日ばかりは来客を迎えていた。

 それは上佐であった。上がりこんでは書棚より片っ端から資料を引き出し、それを端から読み漁っている。

 札幌での戦いを終えた上佐と凜は、関東へと帰還を果たしていた。寒空は繋がっていたが、札幌と東京とでは雲泥の差があり、寿満窟のある横浜も寒いと言えどたかが知れていた。まして、シアンカムイの猛威に晒された後であっては、並大抵の寒さなどは天国にも等しい。

 短くも激しい戦いを経て、上佐は己の無力を感じていた。

 自分がいかに臥嵐裂禍に頼りきりであったのか。いざ、通用しない相手になってみてよくわかったのだ。

 ゆえに、上佐は寿満窟の一角を借りて勉強をしていた。自分の知らない妖怪は多くいる。雑多な妖怪であっても、対抗手段がしっかりあればより効率的に倒せるだろう。

 最強とはただ強いだけでなく、頭を使う必要もあるのだなと深く感じるところだった。


「何ぞわからぬことはあるかの?」

「わからねェってことがわからねェからな。少し待ってくれ」


 元来の性格として、調子に乗りがちではあったものの気弱で慎重な質である上佐は、決して勉強に不向きではなかった。

 ただ自分のやり方として、その方法を取らなかっただけ。一時期のブームであるかもしれないし、三日坊主になるかもしれない。けれども何かに打ち込むことにいささかの抵抗もなかった。


「ほほう、殊勝な心がけじゃ。さすが、一木の家の者よ」

「そんな大層な家じゃねェ。寂れた蔵に立派な剣が一振りあっただけだからなア」


 などと言いながら、上佐も満更ではなかった。今回の戦いを経て、自分の実力不足を痛感する。

 一方で、得るものも多くあった。退魔師でもあった亡くなった祖父の姿を垣間見ることができた。いまでも憎たらしくて仕方のない祖父ではあるものの、その背中の遠さを感じ、しかしわずかに見えた姿に自身の前進を感じたのだった。

 以前とは違う、複雑な気持ちながらも活力が湧いてきていた。見えているものが増えた、視界が広がったとも言うべきだろうか。自分にできることと、したいことがはっきりとした。

 それに、とシアンカムイの一撃を受けて倒れた吉暉のことへと想いを馳せる。あれだけの啖呵を切っておきながら、無様にも負傷者を出してしまった。

 勇敢だったのは自分より歳下の者たちばかりであったし、結果として都市を怪獣の手から救ったのは雪花と吉暉だった。

 あまりにも情けない結果に、祖父の言葉が思い出される。きっとこの先、ずっとこの言葉と戦い続けねばならないのだろう。死者の言葉とは呪いなのだと、つくづく思わされた。


「しっかしまあ、いつ来ても客のいねえ店だな。駅前の占い屋の方が繁盛するんじゃねェの?」

「たわけ、妾のようなうら若き乙女が夜な夜な働きでもすれば、可笑しな輩が話しかけてくるだろう」

「テメェの口調を聞きでもすりゃあ、萎えて帰るだろうよ」

「ぬっ……よほど追い出されたいと見える」

「オイオイ、いいのかよ。こういうのは、ちょっと賑わってる風に見せるのが大切だろうが」

「おぬしを置いておくくらいなら案山子をかけた方がマシじゃ!」


 などと言い合いをしていると、戸の開く音が聞こえて二人は振り向いた。

 ほらみろ、と上佐は思ったが、どうにも様子は一見さんではなさそうだった。


「やや、これは珍しい、お客さんですか」


 などと言っているからには、常連客のようであった。。学ランを着込んだ男子が一人、そして見目麗しい茶髪の女子が一人やってきたのだった。二人とも同い年くらいだろうか。

 ふん、と不満そうに鼻を鳴らして対応したのは、自分の店にケチをつけられた凜である。


「衛介、やってきて早々ご挨拶な奴じゃな」

「あ……これは失礼しやした。決して他意があったわけではなくてですね」

「余計に悪いわ! それにあやつはアルバイトじゃ。ほれ、先日に札幌へ行った際の」

「テレビで見ましたよ。札幌、すごい戦いだったみたいですね」


 などと和気藹々と話している様子を、上佐は傍目に眺めていた。どうやら凜の知己であるらしく、それなりに仲が良いようでもあるし、妖怪などのことも知る者たちだろう。

 ふと、衛介と呼ばれた男のことが気になった。視線があった瞬間には、刀を持って飛び出していた。


「おいテメェ」

「な、なんでいにいちゃん。俺に何か用ってかい」

「用だあ? 男同士が目合わせりゃあ、そりゃあ喧嘩の合図よ」

「どこの界隈の常識なんスか、それ」


 衛介があっけに取られている中でも、上佐は容赦なく刀を抜き放った。半ば反射的に衛介も擬神器を抜いた。それは偶然にも同じ刀の形をしたものであった。そのことが、上佐を苛立たせた。


「決めたぜ、テメェは今日からオレのライバルだ」

「ハァ? なに言ってんだかサッパリなんだが」

「わかんねェのか? オレとテメェ、名前がスケで被ってるだろうがぁ!」

「理不尽が過ぎないかね!?」


 あっはっは、と声をあげて笑うのは茶髪の少女、千歳だった。やれやれと首を振ったのは凜である。

 一方喧嘩を売られた形の衛介は、普段であれば買わないようなものであるが、このときばかりはかっとなってしまった。


「トサカにきたぜ、野良のにいちゃんよ。男同士、刀一本で白黒つけようじゃねえか。いざ尋常に!」

「馬鹿めがあああ! オレと一刀一足でやりあおうと思ったのがテメェの敗因だぜ!」


 臥嵐裂禍の刀身を風へと変化させながら上佐は言う。ぎょっとした顔をする衛介はわずかに反応が遅れた。

 女性陣二人は、男の馬鹿さ加減に呆れながらそれぞれの反応を見せる。


「こんの、ど阿呆ども! 店の中での狼藉、許すまじ! 千歳もいいから止めぬか!」

「そうだよ衛介、やるなら外ね。あたし、撮っといてあげるから」

「そうではない!」


 凜の怒号が店内に響く。

 かくして、寿満窟はシアンカムイ討伐の報酬を得たものの、客足はさらに遠のいていくのであった。

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