冬の森と1匹のネコ
そこは逆さ虹の森。その昔、逆さまの虹がかかったというステキな森です。
ある冬の日、1匹のネコがその森にやってきました。
(半年ぶりくらいだなぁ。みんな、元気かなぁ)
ネコは近くの町でおばあちゃんと一緒に暮らしています。ネコは気ままに散歩をするのが好きで、いつもフラフラと出歩いていました。今日はふと気が向いて、夏に一度遊びに来た逆さ虹の森までやってきたのです。
(まずは、リスさんに会いに行こう)
そう思ったネコは、リスさんの住処へと向かいました。
(リスさんに会ったら、また一緒にほかの動物たちにいたずらをしよう。よし、今日は楽しい1日になりそうだ)
ネコは楽しくなって、4本の足を軽やかに動かして、尻尾をピーンと立てながら進みます。
「リスさーん。久しぶりー。ネコだよー。遊びに来たんだー」
リスさんの住処に到着すると、ネコはさっそく声をかけました。でも、リスさんからの返事はありません。
「リスさーん。いないのー?」
ネコがいくら呼びかけても、うんともすんとも言いません。
(なんだ、留守なのか。ついてないなぁ)
ネコは尻尾をダランと落として、リスさんの住処を去りました。
(だったら、コマドリさんのところに行こう。また、キレイな歌を聴かせてもらおう)
ネコは気持ちを切り替えて、今度はコマドリさんの住処へと向かいます。
(コマドリさん、とっても歌がうまいんだよなぁ。きっとコマドリさんに歌ってもらえば、ほかの動物たちも出てくるよ)
ネコは森に入ってから、まだ誰にも会えていないのでした。
4本の足をスタスタ動かして、ネコはコマドリさんの住処へと到着しました。
「コマドリさーん。久しぶりー。ネコだよー。遊びに来たんだー」
ネコはさっそく声をかけました。でも、コマドリさんからの返事はありません。
「コマドリさーん。いないのー?」
ネコがいくら呼びかけても、うんともすんとも言いません。
(また留守なのか。本当についてないなぁ……)
ネコはしょんぼりがっかり背中を丸めて、コマドリさんの住処を去りました。
(コマドリさんもいないんだったら、クマさんのところに行こうかな。でも、クマさん、出てきてくれるかな?)
とっても怖がりなクマさんを思い出して、ネコはちょっと不安になります。
(でも、夏に会った時はちゃんと一緒に遊んだし、きっと大丈夫だよね)
ネコは今度こそという気持ちで、4本の足をシュタッと動かして駆け出します。クマさんの住処に到着する頃には、ネコはハァハァと息を切らしていました。
「く、クマさーん。久しぶりー。ネコだよー。遊びに来たんだー。出て来てよー」
ネコはクマさんを怖がらせないように、出来るだけ可愛い声で呼びかけました。でも、クマさんからの返事はありません。
「クマさーん。いないのー?」
いくら呼びかけても、うんともすんとも言いません。
(なんだよ! せっかく遊びに来たのに、どうしてみんないないのさっ!!)
ネコはもうイライラしだして、尻尾をベシベシと地面にぶつけます。ついには「フシャー」とつい声が出てしまうほどです。
するとその時、ビューっと冷たい風が吹きつけました。
(うぅ、寒い……。もう帰ろう。家に帰って、おばあちゃんと一緒にこたつに入ろう)
ネコはしょんぼり背中を丸めて、下を見ながら歩き始めます。
(どうしてみんないないんだろう? この森からみんないなくなっちゃったのかな……)
ネコはそんなことを考えながら、トボトボと歩きます。するとネコは、よく澄んだキレイな池を見つけました。
(ドングリ池だ。たしか、ドングリを投げ込んでお願いをすれば叶うんだっけ)
ネコは前にリスさんから教えてもらった話を思い出しました。ネコは辺りを見回してドングリを探してみます。しかし、周りは枯れ木ばかり。ドングリは見つかりません。
(ドングリないなぁ。代わりにこれでもいいかなぁ?)
ネコが取り出したのは、町で拾った丸くて平たい小さな金属でした。
(人間はどうしてこんなものとお魚を交換するんだろう?)
それを人間が大事にしていることは知っていましたが、ネコにその価値はわかりません。そんなものよりお魚の方が、ずっとステキなものだとネコは思うのです。
「そーれっ」
ネコは思いっきり小さな金属を池へと投げ込みました。ポチャンと音を立てて、それは池へと沈んでいきます。
「だれか、ほかの動物に会えますように」
ネコは声に出してお願いしました。するとまた、ビューっと冷たい風が吹きつけます。
(うぅ、ダメだ。やっぱり、ドングリじゃないと。寒いし、こたつで丸くなろう)
ネコはすぐに諦めて、森の出口へと歩き出しました。ネコがしばらく歩いていると、近くの茂みで何かが動く音が聞こえました。
「だれかいるの!?」
ネコはハッと顔を上げて、大きな声でもう一度叫びます。
「だれかいるの!?」
すると近くの茂みから、1匹のキツネが現れました。
「シー。静かに」
キツネはネコにそう言いましたが、ネコの方はやっとほかの動物に会えてそれどころではありません。
「よかった! よかった! ボク、みんないなくなっちゃったのかなって思ったんだよ!」
「シー。シー。静かにしないと」
キツネはまたネコを注意します。ネコはやっとそれを気にして、
「どうして?」
と尋ねました。
「だって、みんな寝てるんだから」
キツネはそう言いました。
「寝てるの? だって、お日様はまだお空にいるよ?」
ネコは首を傾げます。尻尾は小さく揺れています。
「ネコさん、今は冬でしょう?」
「うん。今日はとっても寒いね。あっ、もしかして、みんなお布団から出られないの? だったら起こしてあげないと」
ネコは「フンス」と声を出して意気込みますが、キツネから「ダメダメ」と止められます。
「みんなはね、冬の間はずっと眠るの。リスさんも、クマさんも、ヘビさんも、アライグマさんも」
「えー? ずっと?」
「冬はご飯が少なくなっちゃうから、その間は眠って過ごすの。だから、起こしちゃダメ」
「ご飯? おばあちゃんのところに行って、『にゃぁーごっ』って鳴けばもらえるよ?」
ネコは心底不思議そうにそう尋ねました。ネコは今までご飯に困ったことがありません。
「町ではそうかもしれないけど、森ではそうはいかないの」
キツネはネコにそう言います。
「森で生きるのは大変なの。特に寒い冬はね」
「そっかぁ。森にはこたつがないもんね」
ネコにとってこたつの中はお気に入りです。こたつがない生活なんて耐えられないと、ネコはブルっと身震いしました。
「ねぇ、キツネさん。キツネさんは眠らないの?」
「私は大丈夫なの。ちょっと寂しいけどね」
「キツネさん、それならボクと一緒に遊ぼうよ!」
ネコは尻尾をユラユラ動かしながら、キツネを遊びに誘いました。
「あら、嬉しい。でも、私はこの後、用事があるの」
「用事? みんな寝てるのに?」
ネコは首を傾げます。
「みんなが寝ている冬の間は、森の手入れは私がしないと」
「手入れ?」
「ええ。春が来てみんなが起きた時、森が荒れ放題だったらみんな悲しいでしょ?」
「そうなの?」
ネコは自分の家の手入れなどしたことがありません。全部おばあちゃんに任せっきりです。
「だからごめんね。ネコさんとは遊べないの」
「うん。わかったよ。森に住むのは大変なんだね」
ネコはとても自分にはできないやと思いました。
「じゃあ、ボク、今日は帰るよ」
「うん。春になったらみんな起きて、コマドリさんも旅行から帰ってくるから、きっと遊びに来てね」
ネコはキツネに「うん」と大きく頷いて、森の出口へと歩き始めました。
(春になったらかぁ)
ネコが出口へと歩く中、またビューと冷たい風が吹きつけました。
(うぅ、寒っ。冬はやっぱり、こたつの中が1番だよ)
ネコは早足で家へと向かいました。ご飯とこたつの待っている暖かい家へ、スタスタスタスタ歩きました。
町のネコと森のキツネ。まったく違う世界で生きる2匹が次に会うのは、暖かい春になってから。
ネコは「にゃー」と鳴いておばあちゃんの待つ家へと帰るのでした。
冬眠と冬ごもりを同じように扱っていますが、童話なのでそのあたりはご勘弁ください。