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第2話 帰国子女の編入生

「おー、そこ席に着けー」

 創真たちの担任がガラガラと扉を開けて教室に入ってきた。

 後ろのほうに集まっていた男子生徒たちを注意しつつ教壇に立つが、教室は静かになるどころかいっそうざわめいていく。その視線は、担任が連れてきた見知らぬ男子生徒に注がれていた。

 顔はきりりと端整で、背が高く、適度に筋肉がついており、全体的にしっかりと男らしさを感じられる。それでいてさっぱりと清潔感があり暑苦しくない。老若男女に好かれそうな見目だ。

「えー、今日からこのクラスの生徒になる編入生を紹介する。東條圭吾くんだ。親御さんの仕事の都合で幼いころからずっと海外にいたそうだ。日本語は普通に話せるから安心していいぞ」

 そう言って、英語教師である担任はいたずらっぽくニヤリと笑う。英語ができない生徒のことを揶揄しているのだろう。情けないことに創真も英会話は苦手なほうなので、苦笑するしかなかった。

「じゃあ、東條、何かひとこと」

「はい……東條圭吾です。十年ほど日本を離れて、イギリス、フィンランド、ノルウェーに住んでました。学校のことも日本のこともあまりわからないと思うので、いろいろと教えてください。よろしくお願いします」

 帰国子女の編入生は違和感のない発音で挨拶すると、お辞儀をする。

 そんな彼にクラスはあたたかい拍手で歓迎の意を示した。一部の女子はかっこいいなどと興奮ぎみにささやき合ったり、熱いまなざしを送ったりしている。それでも彼は真面目な表情を崩さない。

「おまえの席はこの一番後ろだ」

「はい」

 担任が示したのは翼の隣だ。

 夏休み前までは何もなかったそこには机と椅子が置かれていた。登校してそれを見た時点でどういうことなのかみんな察しがついたし、一部では男子か女子か予想して盛り上がったりもしていた。

 編入生は背筋を伸ばして机と机のあいだを歩いていく。自分に向けられたまなざしやひそひそ話には気付いているだろうが、どことなく居心地の悪そうな顔になるだけで目を向けることはなかった。

「よろしく」

 彼が席に着こうとしたとき、翼は隣からそう声をかけてにっこりと微笑んだ。彼はすこし驚いて、こちらこそと戸惑いがちに返事をしながら座り、そのままじっと探るように翼を見つめる。

「君、どこかで会ったことないか?」

「え、どうかな。僕には覚えがないけど」

「……悪い、変なこと言って」

「いや」

 まるで下手なナンパだが、気恥ずかしげに黙り込んでしまったところを見ると、おそらく本当に既視感を覚えただけなのだろう。その様子を目にして翼はひそかにくすりと笑っていた。


「東條、もしよかったらこれから学校の中を案内するけど」

 終礼後すぐ、翼は帰り支度を始めようとした隣の編入生にそう申し出た。

 小中学生のときもよくこうして転校生の面倒を見ていたので、翼からすればさして特別なことではないが、それを知らない当の編入生は驚いて目を瞬かせていた。

「いいのか?」

「もちろん」

「じゃあ頼む」

 フレンドリーな翼につられるように、彼も笑顔になった。

 創真は横向きで頬杖をついてふたりの様子を眺めていたが、会話が一段落すると席を立ち、スクールバッグを肩にかけながらあらためて翼に向きなおる。

「案内するところは絞れよ」

「わかってるって」

 いつもあちらこちらと案内しすぎて時間が長くなるのだ。しかしながら翼は心配いらないとばかりに軽く笑い飛ばすと、スクールバッグを肩にかけて創真の隣に立ち、まだ座っている編入生に声をかける。

「行こうか」

「え……ああ」

 彼は小さく頷き、あわてて帰り支度を整えて立ち上がった。

 おそらく翼とふたりきりだと思い込んでいたのだろう。そしてそれを望んでいたのだろう。平静を装っているものの、一瞬、そこに落胆の色が浮かんだのを創真は見逃さなかった。


「そういえば自己紹介がまだだったな」

 教室を出ると、翼はそう切り出して隣の編入生に振り向く。その表情はいつもよりも華やかなよそいきのものだった。

「僕は西園寺翼。西園寺でも翼でも好きなように呼んでくれて構わない」

「ああ……じゃあ翼って呼ばせてもらおうかな。俺のことも圭吾でいい」

「わかった」

 眉目秀麗で男性的な体格の編入生と、凜々しくも中性的な容姿の翼が並んでいると、それだけで絵になる。桔梗と翼のきらびやかさとはまた違った雰囲気だ。放課後の廊下で談笑していた女子たちも目を奪われていたし、やたらざわついてもいた。

「創真も自己紹介しろよ」

「うわっ」

 ふたりのすぐ後ろを歩きながら物思いに耽っていた創真は、いきなり翼にグイッと上腕を引かれて声を上げた。蹴躓いてよろけながら翼と編入生のあいだにおさまる。

「ったく……」

 翼が強引なのはいまに始まったことではない。軽く溜息をつくと、自分より頭ひとつ大きい編入生にちらりと目を向ける。

「オレは諫早創真。翼以外にはだいたい名字のほうで呼ばれてる」

「諫早くんだな」

 編入生はにっこりと確認するように復唱した。

 ただ——翼のことは迷わず呼び捨てにしていたのに、なぜか創真は君付けである。小柄で童顔なので無意識に付けてしまったのだろうか。面白くはないが、わざわざ指摘するのも癪なので黙ってこくりと頷いた。


「ここが図書館だ。なかなか立派だろう」

 図書館はガラスを多用した透明性の高い近代的なデザインだ。エントランスは吹き抜けになっていて、それ以外のところも天井が高く、閲覧スペースも広々としており、全体的に開放的で明るい印象となっている。

「これが学校の図書館とはなぁ」

「おととし建て替えられたばかりなんだ。閲覧スペースで勉強することもできるけど、定期試験前はすぐに席が埋まる。よほど頑張らないと取るのは難しいだろうな。本を借りるときは——」

 唖然とする東條に、翼は実用的なことを中心によどみなく案内していく。翼自身、高校に入ってからまだ半年も経ってないし、案内するのも初めてだが、堂に入っていてとてもそんなふうには見えない。

「ここは学食だ」

 続いて隣の学食にやってきた。

 学食というよりも広大なカフェといった雰囲気で、天井が高く、窓側は上まで全面ガラス張りになっており、その向こうのテラスにも客席がある。図書館よりもさらに開放的で明るい印象だ。

「ランチタイムにはカフェテリア方式でメニューが用意される。そこからトレイに好きなものをのせていって最後にレジで支払うんだ。支払いは現金でもいいけど電子マネーが便利だぞ。ここで買わずに弁当を持ち込むことも許可されている」

 まだ準備中だが、始業式のみだった今日もランチの提供はあるようだ。奥で忙しく準備をしているのが見える。部活動などで必要とする人がそれなりにいるからだろう。

「翼はどうしてるんだ?」

「だいたいここで買って創真と食べてるな」

「じゃあ、俺も一緒に食べていいか?」

「構わないよ」

 翼は当然のように勝手に了承した。

 あいかわらず横暴だが、たとえ意見を求められたとしても嫌だなんて言えなかった。いずれにしろ創真は苦々しい顔をすることしかできないのだ。もちろん翼に気付かれないようにこっそりと。

「ランチタイムは食事のみだけど、それ以外の時間は自由に席を利用していいことになっている。雑音が気にならないならここで勉強するのも悪くないかもな。図書館と違って飲食自由だから何か飲みながら勉強できる。自販機もそこにあるし」

 指さしたほうにはカップ式の自動販売機が設置されている。そして、そのカップを手元に置いて勉強する生徒もちらほらといた。

「へぇ、日本の高校ってどこもこんな立派なのか?」

「さすがにここまではあまりないだろうな」

「それじゃあ俺はいいところに編入したんだな」

「そういうことだ」

 翼はすこし得意げにふっと笑う。

 図書館や学食などの設備の良さはこの高校の売りのひとつだ。パンフレットやウェブサイトで大々的に宣伝している。ここしか知らなくても、恵まれた環境だということはそれなりに自覚していた。


「次のところまでしばらく歩くぞ」

 翼はそう宣言し、教室のある校舎に戻って反対側へと進んでいく。そのころにはもう人影もまばらでだいぶ静かになっていた。これで騒がれずにすみそうだと創真はほっとしていたが——。

「あの、西園寺くん……!」

 昇降口の前を通りかかったとき、おさげ髪の女子生徒が緊張ぎみに声をかけてきた。彼女には見覚えがないのでクラスが違うのだろう。どうやら翼の靴箱のまえでずっと待っていたようだ。

「何かな?」

 翼も彼女のことを知らないのではないかと思うが、その待ち伏せを不審がりもせず、それどころかよそいきの笑みを向けて問いかける。その一瞬で、彼女の顔はぶわりと真っ赤になった。

「あ……その、できれば二人きりで……」

「ああ、それなら前庭で構わないか?」

「はい」

 熱が引かないまま頷く彼女に、翼は追い打ちをかけるように甘やかに微笑みかけた。そして彼女が惚けている隙にちらりと振り返り、こそっと小声でささやく。

「悪いけどちょっと行ってくる。すぐ戻るから待っててくれ」

「いや、今日はもうそのまま帰れよ。あとはオレが案内しとく」

「……そうだな、頼む」

 創真の提案を聞いてすこし考える素振りを見せたものの、すぐにふっと息をついて応じた。じゃあな、と軽く片手を上げてから女子生徒のほうに向かうと、彼女をエスコートしつつ革靴に履き替えて昇降口を出ていく。

「東條、こっちだ」

「ああ……」

 わけのわからないまま翼に置き去りにされて、東條は唖然としていたが、それでも創真が呼びかけると素直についてきた。並んで廊下を歩きながら、釈然としないような訝るような表情で首をひねる。

「翼、あの女の子と何かあったのか?」

「いや、告白されるだけだろう」

「告白?」

「好きです、つきあってくださいって」

「ああ、あれか……漫画で見た……」

 そういえば国によってはそういう告白はしないと聞いたことがある。彼のいたところもそうだったのかもしれない。けれど、これからは否応なく日本の文化に直面することになるはずだ。

「おまえもすぐに告白されると思うぜ。覚悟しとけよ」

 中性的な翼より、男性的な東條を好きになる女子も少なくないだろう。そしてそういう女子ほど恋愛に貪欲な肉食系だったりする。先手必勝とばかりに行動に移してくるような気がした。

「諫早くんもされたことあるのか?」

「……オレは一回もねぇよ」

 思わずムッとすると、東條はきまり悪そうにごまかし笑いを浮かべた。別に告白されたいと思っているわけではないのでどうでもいいのだが、ただほんのすこし惨めに感じて溜息がこぼれた。

「なあ」

 ふたりともしばらく無言で歩き続けていたが、東條がその沈黙を破った。ちらりと隣の創真に視線を流し、何か言いづらそうな顔をしながら言葉を継ぐ。

「翼はさっきの子とつきあうと思うか?」

「いや、そういうのはみんな断ってるから」

「そうか……」

 彼は安堵したように吐息まじりの声でそう答えた。表情もすこし緩んだが、すぐさま我にかえったのかしれっと素知らぬ顔になる。それを視界の端で認識しつつ、創真は気付かないふりをして黙ったまま歩き続けた。


「ここが第一体育館。オレらのクラスはよくここで体育の授業をしてる」

 手前では男子バスケ部がドリブルとディフェンスの練習を、奥では男子バレー部がサーブの練習をしており、上のギャラリーではどこかの部がランニングをしていた。ボールがはずむ音、シューズの摩擦音、かけ声などがそこかしこに響いている。

「そういや、おまえ部活はどうするんだ?」

「ああ……どうしようかな……」

 何となく尋ねてみると、東條は困ったように眉をひそめて曖昧な返事をする。いくつかの候補で迷っているというより、そもそもあまり気が進まないように見える。

「諫早くんは何をやってるんだ?」

「オレは何もやってない」

「中学のときも?」

「中学はフェンシング部だったけど」

「へぇ、なんで続けなかったんだ?」

「勉強を優先したかったから」

「なるほど」

 中学では必ずどこかの部に所属しなければならなかったので、翼に誘われて一緒にフェンシング部に入った。しかし高校の部活は任意である。それならば将来のための勉強を優先しようと翼と決めたのだ。

「まあ急がずゆっくり考えろよ。見学もできるし」

「ありがとうな」

 東條はさわやかな笑顔で応じた。

 彼を見ていると悪い人ではないというのは何となくわかる。他人を見下すような鼻持ちならない感じもない。それでもあまり彼と親しくする気にはなれなかった。

「男子更衣室も案内しとく」

 そっけなく言って背を向けると、体育館脇の通路を進んで男子更衣室の扉を開いた。中には誰もいないようで物音ひとつしない。

「体育の授業のときはここで着替えるんだ。ロッカーは空いているところならどこを使ってもいい。向こうには個室があるから見られたくなければそこで着替えろ。三つしかないけど、使うヤツはほとんどいないからだいたいどこかは空いてるな。奥のシャワールームは基本的に授業のときは使わないことになってる」

 ざっと中をまわり、ついでにシャワールームのほうも一通り見せていく。創真自身も中に入るのは初めてだ。各ブースには扉がついていて、そう広くはないがきちんとした個室になっていた。

「ほとんどフィットネスジムだな」

 東條が感嘆したような呆れたような口調で言う。創真もここまでとは思っていなかったので、表情には出さなかったもののひそかに驚いていた。

「あとはグラウンドか」

 今日のところはこれで最後にしようと決めて、内履きのまま外に出る。

 視界が開けたところで、白い日差しに眉をひそめつつ正面のグラウンドを見渡すと、陸上競技部、サッカー部、ソフトボール部などが場所を分け合って練習していた。蝉の鳴き声にまじって水しぶきの音もかすかに聞こえてくる。

「まあ、特に説明するまでもないただのグラウンドだな。あっちのほうには第二体育館と武道場、そっちのほうにはテニスコートとプール、すこし離れたところには第二グラウンドもあるが、オレも行ったことはない」

「へぇ」

 東條は柱に手をついて身を乗り出し、創真の説明をなぞるようにあたりを見まわしていく。ここからだと第二グラウンドや武道場は見えないと思うが、それでも興味深そうに何か覗き込んでいた。

 その隣で、創真は気持ちを鎮めるようにゆっくりと息をついた。

「東條、ひとつ話しておきたいことがある」

 そう切り出すと、彼は身を乗り出した姿勢のまま振り向いた。創真の顔を目にして不思議そうな面持ちになり、ゆるりと上体を起こす。

「急にあらたまって何だ?」

「翼のことだけど、あいつ、実は女だ」

「……は?」

 瞬間、男性的な眉がひそめられた。

 表情からはひどく混乱しているであろうことが見てとれる。それでも彼は思考を放棄しなかった。わずかに目を伏せたまま真顔でじっと考え込んだあと、挑むように創真を見据えて口を開く。

「それが事実だとして、編入生の俺にいきなり話す理由がわからない」

「公然の秘密だからだ。先生も生徒も翼が女だと知ったうえで男として扱ってるから、おまえもそのつもりでいてくれっていう話。ちなみにこの学校の理事長は翼の大叔父にあたるひとだ」

 この話をするために、翼にはあえて先に帰ってもらったのである。中学生のころもクラスに転校生が来るたびにそうしてきたので、何も言ってはいないがおおよそ察しているはずだ。

 だが、理事長のことを匂わせて牽制しているとは思ってもいないだろう。翼の大叔父というのは事実なので嘘は言っていない。あとはそれを聞いた側がどう受け取るかというだけである。

「なるほど、了解」

 東條は素直に承服してくれたようだ。

 その反応にひとまず安堵して昇降口に向かおうとしたが、彼はなぜか立ちつくしたまま動こうとしない。こころなしか緊張したような顔をして創真を見据え、なあ、と低めの声で切り出す。

「諫早くんと翼はどういう関係なんだ?」

「幼稚園のころからの幼なじみだ」

「幼なじみで恋人、ってわけじゃないのか?」

「全然そんなんじゃねぇよ」

「そうか……」

 ほっと息をつき、ほんのりとうれしそうな顔になった。

 もはや隠そうという気はあまりないのかもしれない。そのことを咎めるつもりもなければ権利もないけれど、最低限守ってもらいたいことはある。創真は冷ややかに見つめながら釘を刺す。

「さっき言ったことを忘れてないだろうな」

「そういえば、なんで男のふりなんかしてるんだ?」

「ああ……西園寺グループって知ってるか?」

「いや?」

 日本に住んでいるひとならたいてい名前くらいは聞いたことがあるという、とても有名な企業グループなのだが、東條はずっと海外にいたので知らなくても仕方がないのかもしれない。

「まあ大きな会社だと思ってくれればいい。翼が生まれたのはその西園寺グループの創業家なんだけど、男しか跡取りになれないのに子供四人がみんな女だったから、末っ子の翼を男として育てることにしたらしい」

 要するに家の事情である。いまでこそ後継者という運命を積極的に受け入れているものの、翼自身の意思で始めたことでははないのだ。

 それを聞いて、東條はよくわからないとばかりに首を傾げる。

「それって何の意味があるんだ?」

「えっ?」

「女ってことをひた隠しにするならわかるけど、みんな知ってるんだろう? 男のふりをしても、結局は女だから跡取りになれないんじゃないのか? それとも男のふりさえしていれば跡取りになれるのか?」

 そう問われ、思わずついと眉を寄せる。

 話を聞いたのが幼少のころだったこともあり、そういうものだとあたりまえのように受け入れていたので、深く考えたことはなかった。言われてみれば確かに判然としない部分はあるが——。

「多分、何かしら決まりがあってのことなんだろう。旧家だからいろんなしきたりとかありそうだし。オレは外部の人間だから詳しいことはわからないけど」

「そうだよな。諫早くんを問いつめても仕方ないのに」

 東條は苦笑して肩をすくめた。そんな彼を、創真はじとりと横目で睨む。

「だからって翼を問いつめるなよ。さっきも言ったけど、翼が女だってことは公然の秘密だからな。翼のまえでも知らないふりをしてくれないと困る」

「わかってる」

「いい意味だろうと悪い意味だろうと女扱いはするな。女だってことを身勝手に押しつけるな。たとえ翼をそういう意味で好きになったとしても」

 瞬間、彼は虚を突かれたように大きく目を見開いた。しばらくそのまま凍りついたように動きを止めていたが、やがてふっと息をつき、微笑を浮かべて意味ありげなまなざしを創真に向ける。

 やはり、と推測は確信に変わった。

 彼はきっとあのとき翼に一目惚れしたのだ。同性だと思いつつも好きになってしまったのか、同性だと思ったから好きになったのかはわからないが、異性だと知っても気持ちは変わらないように見える。

 さっそく昼飯を一緒に食べる約束を取り付けたことから考えると、かなり積極性はあるのだろう。これからも何かにつけて翼につきまとってくるかもしれない。今日のように創真の居場所を奪いつつ。

 いっそ、とっとと想いを告げてふられてしまえ——。

 うっとうしい蝉の鳴き声がやまない。夏の日差しがじりじりと照りつけるグラウンドはさらに熱を帯びる。創真はじわりと汗をにじませて、無表情でスクールバッグを掛けなおしながら校舎のほうへ身を翻した。


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