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花々繽紛タリ  作者: 天水しあ
巻の一「大切な人」
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「襲撃!」

「師父を呼んできますね、きっとお喜びになりますから」

 琉樹と珪成に二人が近づいていくと、枯葉の山をきっちりと取り終えた珪成が、くるりと踵を返した。とたんに琉樹は顔を顰め、

「どーせ寝てるんだろ。いいから老いぼれはそのまま寝かせとけ」

「まーた師兄ってば。いくら三カ月ぶりだからって、相変わらず怕羞てれやなんだから!」

 開けっぴろげな珪成の言葉に、楓花は思わず笑ってしまう。琉樹が「意味が分からねえよ」と渋い顔を見せると、珪成も志均も揃って笑い出した。そんな時だった。


 突然、風が起きた。


 と同時、琉樹が飛び退って三人から距離をとる。「下がって!」声とともに志均が、楓花を庇うようにその前にたった。

 飛び退った琉樹が着地する瞬間――その足元に息つく暇もなく、鋭く突き出されるのは棍棒と蹴り。小柄な僧形が繰り出すその手元はまるで見えず、ただ棍棒が空を裂く音だけが響く。

 琉樹は時に身を傾け、時に地を蹴って旋回し攻撃をかわす。だが、着地した足元に転がっていた石ころに足を取られ、身体がぐらついた。躊躇なく胸元を狙う棍棒――「大兄!」

 だが。

 蹴りあげた石が、棍棒にあたり僅かに浮いた。勢いの削がれたそれをぐっと握り強く引き、僧形の重心が前に動いた――とたんに琉樹の身体が宙に浮く。前にのめった形の僧形の背をひらりと越え、その背後をとった。

その間に僧形が体制を整え構え直す――と思いきや、突如棍棒を放り投げた。

 みながあっけにとられた一瞬、僧形が振り向きざま空を切った右手から放たれた何かが、まるで引き絞られた弓から放たれた矢のように鋭く、まっすぐ琉樹の眉間を目指す。

「きゃあ」楓花が両手で押さえた口元から漏れた小さな声は、突如起こった破裂音にかき消された。

 左手に一尺ほどの棒を持って立つ琉樹の足元に、大小幾多の破片が散らばっている。呆気に取られる二人の耳に、嗄れた笑い声が聞こえて来た。


「久しいの。図体はでかくなったが、動きが鈍くなったのではないか? 儂の言うとおりに日々鍛練しておるのであろうな」

「全部かわしただろうが」

「かわさせてやったのだ。ちゃんと手ごろな石を置いておいてやっただろう?」

 すべては目論見通り――とばかりにからからと笑う老僧に琉樹はいきり立ち、

「この死に損ない! 俺は胡桃割りじゃねえってんだ!!」

「胡桃割りだったら、きちんと中身を渡してもらわんと。こんなに粉々になってしもうては食うところがないわ」

 老僧は小柄な体を屈め、琉樹の足元に散らばる殻の残骸から種を拾い上げると、ふっと息をふきかけ、それを口に放りこんだ。

 こんなのは、いつものことじゃない――思いながらも、両手で強く押さえつけた心臓はいまだにバクバク言っている。どうにか鎮めようと楓花は志均の背後でひっそりと深呼吸を繰り返した。

 さて、胡桃を咀嚼し終えた老僧は、腰に下げていた瓢箪を傾けながら目だけを琉樹の左手に移し、

「鉄笛か。相変わらず趣味と実益を兼ねておるのか。どうだ久しぶりに一曲――」

「生憎てめえに聞かせるほど安い腕じゃねえよ! だからここには来たくなかったんだ!!」

 憤懣やるかたない、とばかりに荒々しく師匠に背を向ける。鉄笛は、名のとおり鉄製の笛。吹くこともできるが高い打撃力を持つ武器でもある。

「おやおや、かわいい弟子の腕加減を見てやっただけというのに。随分な言いぐさじゃ」

「三年も前に、しかもたった二年、屋根を借りただけで師匠面するな。あんたには読み書きと武芸の触りくらい教わったかもしれないが、それを補っても余りあるくらいこき使われたぜ。炊事洗濯掃除から、酒肉の調達に女の確保。人の足元見やがって、この賊禿くそぼうず!」

「炊事なんぞは仏弟子として当然。とはいえ、殆どは珪成が手を貸しておっただろうが。そういうお主こそ、どうして珪成に『師兄あにでし』などと呼ばせる。珪成は六年も前にこの寺に入り以来ここにいる。お前の方が格下だろう」

「――お、俺が言わせてるわけじゃない」

 とたんに歯切れが悪くなる琉樹を庇い立てするように、

「そうです老師、僕が勝手に呼んでるんです。第一、師兄は沙弥しゃみで僕はまだ行者ぎょうじゃ。修行期間なんて関係ありません。僕は師兄を尊敬してるんですから」

 琉樹の横で拳を握って熱弁を奮う珪成に、

「お主はまだ受験資格がないのだから仕方ないではないか。いやはや、一緒だろうと離れていようと変わらぬなあ」

 老師はそう言って、大きなため息をついた。

 ちなみに行者とは有髪の仏教修行者で、沙弥は国家試験に合格した見習い僧のこと。そして国家試験は十五歳から受験することができる。正式な僧は比丘びくといい、二十歳を過ぎた沙弥が周囲に認められることで、ようやくその称号を得ることができるのだ。


「まあ、それはともかく」


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