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花々繽紛タリ  作者: 天水しあ
巻の六「不可避」
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「登場」

「師兄!」

 珪成が駆けつけたのは、乱闘が始まってしばらくのこと。その姿を目の端に留めた琉樹は大きく息をつき、

「おっせえよ珪成――って、どうした、それ」

 彼の背後には、珪成にがっちり腕を掴まれた張青が、決まり悪そうに目を伏せている。

「途中でバッタリ会ったので、連れて来ました。――春麗さんは?」

「春麗?」

 その名を耳にするなりばっと顏を上げた張青は辺りを見回し、開いた扉口に志均と並び立つ楓花と目が合う。

 今度会ったら色々言ってやりたい――そう思っていた相手の出現に、楓花の目は自ずと厳しくなる。だけど、それでも春麗の想い人だ。ぐっと唇を噛んで、室内にチラッと目を投げてみせた。とたんに張青は珪成の腕を振りほどき、駆け出した。あちこちに倒れたりうずくまっているものに躓いたり、避けようとしたりで、何度も転びながらも、まっすぐにこちらに向かってくる。その必死さに、わだかまるものが完全に消えたりはしないが、ほんの少しだけ安心する。

「さっすが師兄」

 琉樹の周囲には、約半数の僧たちが白目をむいたり、身体のあちこちを押さえたりして倒れ、呻いていた。残りの半数も新たな敵に襲いかかるどころか、兄弟の動向をやりとりをうかがっている態を装い、獲物を構えたままぜえぜえと息を整えている始末。

 そんな彼らの前をゆうゆう横切って琉樹の側に寄った珪成が、息を呑んだ。

「ちょっと師兄、血が出てます!」

「ああこれ、ちょっとかすっただけ――」

ちらっと左手の甲に目を投げた琉樹の声は、途中でかき消された。

「おまえたち、師兄によくも――許さん!」

 転がっていた錫杖を拾い上げた珪成は、雄叫びを上げながら残る半数に、まっしぐらに疲れ切っている僧形たちに向かっていった。

「やれやれ、ちょっと休憩」

 金属のぶちあたる硬い音やら叫び声やらが響き渡る中、琉樹は数歩後ろに下がって階に腰を下ろした。

「実はあいつ、俺より怖えよな」

 僅かに息を乱しながら、肩越し振り返る。目線の先には、志均がいた。

「そりゃそうでしょう。珪成は、あの老師の秘蔵っ子ですから。老師のにわか弟子でしかないあなたが敵うわけありません」

「だーかーら、弟子じゃねえって言ってるだろ! それに、修行期間なんか関係ねえんだよ、才能ある人物にとってはな」

「言いますねえ。でも、息上がってますよ」

 冷静な志均の台詞に、琉樹は「ふん」と鼻を鳴らして境内に目を投げた。

「何をしている、さっさと片付けんか!」

 境内ではあれだけ威勢の良かった陳丁が、情けない声を上げていた。室内では張青が、泣きそうな声で何度も春麗の名を呼んでいる。

「ぐわあっ」

 だが陳丁頼みの僧形たちは、最後の一人が珪成の錫杖になぎ倒された。

「おお、お見事」

「本当だな。さーて、どうする」

 琉樹が再び背後の志均を振り返ったとき、

「わっ!」

 という珪成の声。同時にガシャンと錫杖が地に投げ出された。

「小癪な孺子こぞうめが」

 見れば目の前でぎらつく白光に、珪成が息を詰めたまま後ずさっている。

「そうだ、まだあいつが残ってた」

 武挙人である。

「悠長に構えてる場合じゃないでしょう!」

「全くだ、待て待て、お前の相手は俺だ!」

 言いながら琉樹は勢いよく立ち上がり、駆け出していた。

 相手の獲物は大振りの曲刀――琉樹は足元に転がる錫杖を拾い上げて、珪成の前に立つ。

「師兄!」

「下がってろ――と言いたいところだが、これは俺一人の手には負えん。お前も加勢しろ」

「はい」

 珪成は固く頷き、さっき投げ出された錫杖を手にした。


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