「正道」
春麗がいなくなってしばらく、その場の四人は黙って茶を啜っていた。だが、
「――また随分つまらない話を持って来てくれたじゃないか」
沈黙を破ったのは琉樹である。志均はお茶を啜りながら、
「そうは思ったのですが、話を持って来られたのが顔の広いお方で。何かと世話にもなっていて、無下に断るわけにはいかないでしょう? 今後の商売に障りますから」
「ふーん商売ねえ。でも彼女が進んでお前のところに来たとは思えないんだけど。近所のおせっかい爺が、何か悩んでいるふうな彼女を心配して、『このお方なら何とかして下さるで、さ、話してみろ』とか言ったんじゃ」
「よく分かりましたね。台詞までその通り」
手を叩いてにこやかに言う志均を琉樹はキッと睨みつけ、
「分からいでか! 一体いつから『必殺解決人』を始めたんだよ。何でもかんでも引き受けて来るな、俺だって忙しいんだ!」
だが志均は何らこたえた様子もなく、
「おや、随分乗り気だったと珪成から聞いていましたけれど。まあ乗り掛かった船ですし、今更降りるとは言いますまい? 依頼料も払うとおっしゃってるわけですし」
「どうだかな……」
なんだか気配を感じてそちらに目を向けると、珪成がこちらに向かって必死に目配せをしている。え、何? 戸惑いながら彼の視線を追って、そこでようやく志均の碗が空になっていることに気づいた楓花は、慌てて立ち上がった。志均がいるときには、珪成は決して手を出してこない。ひとえに私に気を遣ってのことなのに、いつもながらそれになかなか気づけない。
楓花はそんな自分を情けなく思いながらも志均の椀に茶を注ぎ、遠慮がちに訊いた。
「どう思われますか?」
「ああ、ありがとう。――まあ証文は、きちんとしているでしょうね。相手は百戦錬磨、玄人なわけですから」
志均は冷静に答える。それに琉樹は頷き、
「そうだろうな。となれば証文を改めさせるか奪って破り捨てるしか――でも契約を交わした以上、騙すも何もそれが正規のものだからな。そんなことしたら、こっちが悪者扱いだぜ」
「そうなんですよね、それで困ったのです。私も法を犯すつもりはありませんから」
「商売に障るからな」
「分かってきたじゃないですか」
「そんな」
悠長な二人の遣り取りに、反射的に非難めいた声を上げてしまい、楓花は慌てて顔を伏せた。
「しっかしそれを分かって、なんで引き受けてくるかね。口先一つで角を立てずに断るなんざ、お前のお得意だっていうのに」
琉樹が皮肉たっぷりにそんなことを言ったが、志均は笑顔を崩すことなく、
「そりゃ決まってます。口実を作ってでもあなたに会いたいからですよ、ねえ珪成」
「はい」
図ったように笑顔で頷き合う二人に、
「馬鹿なこと言ってるんじゃねえ!」
大いにうろたえて怒鳴りつけると、琉樹は慌てて茶に手を伸ばした。冷えたそれを飲み干すと、
「ま、いい。全ては明日さ」




