「美しい依頼者」
「ああ、ちょっと綺麗と評判の女が殺されて渠水に放りこまれるって連続殺人事件ね」
その言葉に、珪成はたいそう驚いた様子で、
「……随分お詳しいんですね」
「道中噂になってたんだ。詳しくは知らねえけど。――さて、茶菓でも頼むとするか。おい!」
言い訳めいた口調でそう言うと、琉樹は大声ですぐさま童子を呼び、何事かを頼んでいた。
そうでしょうね、まさか妓楼でそんな話をきいてきた、なんて言えないよね。珪成には――。
たちまち、さっき元弘寺で琉樹の腕を叩いたときに立ち上った甘やかな香りを思い出して、知らず口が尖る。
そこで違和感。
「……どうか、されました?」
楓花は目を上げて、そう訊いた。目の前の志均が珍しく肘をついてこちらを楽し気に見ていたから。
「いや。さっきからコロコロ表情が変わって面白いなあと思って」
さて隣席では、琉樹の狼狽にも嘘にも気づかない珪成が、少しだけ声を潜め、
「そうなんです。周囲で佳人とちょっと名の知れた女が姿を消し、数日、もしくは数週間後に変わり果てた姿で見つかるという……。去年の秋、師兄が香山にお戻りになって、すぐ最初の事件が起こってもう四件目です。先日の大雨で増水した渠水から離宮に遺体が流れ込んで、大騒ぎになりました」
離宮は楽南城内の西にある。もともとは皇帝の避暑地として年に何度か使われる程度だったが、現皇帝がこの離宮を大層気に入ったため、現在大々的な整備が行われているところである。
童子がやってきた。新たな茶と茶菓数皿を手際よく並べていく。多くを占める甘い茶果に合わせるように、茶は色濃く、渋みのあるものが用意されていた。
「そうか、今回はそれ絡みの依頼なんだな。志均の患者にその関係者がいたとか? なんにしてもでかい話だ」
「違いますよ。余り詳しいことは伺ってはないんですが、何でも患者さんの知り合いが金櫃に騙され云々って話だって――」
「は?」 珪成の言葉を途中で遮った琉樹の声は、明らかに不機嫌だ。
「どうするんですか」
楓花が眼前の志均に目を向けると、彼は楽し気に茶を啜っている。
「ふざけんな。借銭塗れの貧困人から何が取れるってんだ。秋に呼び出された時も、『患者さんから大金はとれない』とか何とか言って報酬を小銭でごまかしやがったくせに。もう許せん。迷惑料ぶんどって帰ってやる!」
ガタン! 椅子を引く音。琉樹が席を立ったのだ。だがそこに、珪成の冷静な一言。
「すっごい美人らしいですよ、その人」
その言葉に、「それを早く言え」などとのたまいながら琉樹は椅子に座り直した。「もう!」思わず声が出てしまい、楓花は慌てて口を押さえた。
そこへぼそっと珪成の声。
「……。老師そっくり」
「何か言ったか?」
「いえ別に」
冷やかな声。そうして隣席に沈黙が落ちた。




