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マヤ神聖文字殺人事件 その五  作者: 三坂淳一
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マヤ神聖文字殺人事件 その五

十月十二日(金曜日)、フィリップからのメール連絡で、あの奇妙な絵模様は『死』を表すマヤ神聖文字であることが判明した


フィリップからのメールが届いた。

フィリップと光一のメールの遣り取りは毎回スペイン語でなされた。

これは、メキシコで知り合った二人の暗黙の約束事項であった。

英語が母国語であるフィリップはもちろん、光一にとっても英語の方が楽であったが、あえてスペイン語を使うこととしていた。

絵文字は二枚共、『死』を表すマヤの絵文字とのことであった。

マヤ語で、『死』はキミと発音される。

そして、絵文字は二種類共、マヤの碑文で頻繁に使われる『死』を表す絵文字であることが判明した。

光一は、正樹に三枝美智子が受け取った二通の封筒のことも含め、これまでに調べた内容を話した。

「これは、正樹、殺人予告かも知れないね」

「マヤ数字と思われるものが、お父さんの言うように、日付と考えれば、十月三日及び十月十日に起こった殺人事件を明日調べてみますよ。例の吉祥寺の部長殺しも再度調べてみますよ」

「明確な殺人事件の形をとっていなくとも、殺人の疑いのある事件を全て調べてごらん。何か、特別な共通点もあるかどうかも含めて」


十月十三日(土曜日)、新聞記事と正樹からの捜査情報


昨日の朝刊に掲載されていた以下の小さな記事が目に止まった。



会社副部長、変死体で発見

十一日午後八時ごろ、東京都文京区小石川二丁目のワンルーム・マンションで××鉱業株式会社の副部長井上雅宏さん(五十歳)が死亡しているのが発見された。

会社からの連絡を受け、家人が同マンションに赴いたところ、井上さんの死体を発見し、富坂警察署に届けた。

死亡原因について現在富坂警察署が調べているが、前日に死亡したものと思われる。

現場は後楽園駅から北西約二百メートルの住宅街



「正樹、この記事が妙に気になるんだが、そちらの方でも何か判ったかい?」

 深夜になって帰ってきた正樹に光一が切り取った新聞記事を示しながら訊ねた。

 「××鉱業の副部長さんの件でしょう。僕も前の大森さんと年齢が同じということで何か共通点がないかどうか、調べてみました。お父さん、共通点がありました。死因に関しては目下解剖所見を待っていますが、やはり大森さん同様、首筋に注射の痕がありました。それと、これは極秘ですが、前回の大森さん、そして今回の井上さん、二人ともお父さんと同じ日墨交換留学生だったのです。お父さんより二期後の第八期交換留学生です。しかも、メリダのユカタン大学研修グループです」

 「何だって。じゃあ、三枝さんのグループだ」

 「三枝さんもメリダグループだったんですか? 解剖結果が出て、やはり大森さん同様、クラーレといった矢毒系統の毒物起因であれば、警視庁捜査一課の案件として捜査本部を立ち上げることとします」

「他に、何か無かったかい?」

「ありました。大森さんの時は、パンと水というものが妙な組み合わせだな、と不思議に思いましたが、今回の井上さんの時はもっと奇妙な状態となっていました。部屋が完璧に荒らされていたのです。新聞紙、雑誌、宣伝ちらしなどが紙くずのように部屋一杯にばら撒かれていたのです。それに、洗濯物、衣服も無茶苦茶にばら撒かれ、まるで、廃墟のようでした。それと、窓際に置かれていたと思われる観葉植物の植木鉢が食卓の上に置かれ、且つその葉が一枚残らず、むしり取られ、テーブルの上に撒き散らされていたのです。井上さんにも不思議なことがありました。普通、殺された場合は死体の目は見開いているものなのですが、井上さんの目はしっかりと閉じられていました。犯人が目を閉ざしたとしか思えません。部屋は荒らされてはいましたが、財布とか貴重品はそのまま現場に残されており、盗られたものは別に無さそうなのです。現在、念のため、第一発見者の奥さんに確認して貰っていますけど。その他、現在、マンションの監視カメラの映像を調べています。誰か、不審な者が映っていないかどうか。僕もざっと見ましたが、マンションの住人らしい人とか宅急便配達の配達人といったところで、怪しげな人物の映像はありませんでした。今、精査しています」


「正樹。僕は米国とメキシコに行って来るよ。殺された人が元交換留学生であると分かったら、ここにじっとしては居られないんだ。ヒューストン経由で行けば、フィリップにも会えるかも知れないし。確か、コンチネンタル航空ならば、ヒューストン経由になるはずだから。メリダに行って、第八期のメリダ留学生に何があったか、調べてみることとするよ。正樹、心配は要らないよ。お前の迷惑にはならないよう、行動するからさ。調べて、何も判らなかったら、マヤの遺跡とかカンクーンにでも立ち寄って、暫く遊んで来ることとするよ。そうだ、思い出の地、グアナフアトにも行って来よう」

 「お父さん。三枝さんには未だ被害者がどちらも元留学生だったことは言わない方がいいですよ。警察でもまだ、この事実は極秘情報ですから。勿論、マスコミにも流していません。不要な混乱を招くだけですから」

 「そうだね。正樹の言う通りだ。誰にも言わないことにするよ」


十月十四日(日曜日)、米国・メキシコへの搭乗手続きを行なった


光一は銀座に出かけ、旅行会社で明日の米国便を予約した。

乗り継ぎでメリダ国際空港までの予約も入れておいた。

航空運賃は随分と安くなったものだと思った。

三十年前は交換留学ということで自分でお金を払うことは無かったが、私費留学をしている学生の話では片道で二十五万円ほどしたとのことだった。

今は、シーズンも外れているせいもあるが、往復で十三万円弱といった金額だった。

四分の一程度になっているのか。光一は航空運賃に隔世の感を抱いた。

搭乗券は成田の航空カウンターで直接受け取ることになった。

暫く銀座を歩いた。

久し振りの銀座は歩行者天国で老若男女が行き交い、混雑していた。

ふと、フィリップにお土産を買う気になった。

フィリップは独身を通しているので、あまり家庭的なものを買ってもしょうがないだろうと思い、鳩居堂に行った。

店内は外国人含め大勢の人でごった返していた。

肩をぶつけながら歩くような混雑振りで光一は辟易しながらも、無難なところかなと思い、男物の扇子を買った。

鳩居堂を出て、隣のカフェテリアに入った。


濃い目に入れてあるコーヒーをゆっくりと飲みながら、第二の被害者、井上さんの事件を考えていた。

いろいろと不可思議な現場事実があるとの正樹の言葉だった。

最初の大森さんの事件では、パンと水、次の井上さんの事件では、室内の凄い荒らされ方と葉をむしり取られた鉢植えの植物、それに犯人が殺害後、井上さんの目を閉じていたらしいことが気になることだった。

どこかで、このような情景を見たことがある。

昔だったか、つい最近か、確かにどこかでこのようなことを、と思いながら、思い出せないもどかしさにじりじりとしていた。

ふと、店の前を見たら、そこには警察の交番があって、宅急便の配達人が警官に何か訊ねている光景が目に入った。

ははん、宅急便の配達人でも場所が判らず交番に訊くこともあるのか、と思いながら見ていた。

現在のマンションの室にも宅急便の配達人はよく来る。

この間も、少し早めの林檎が実家から届いたばかりだ。

インタホーンが鳴り、宅急便です、という声にドアを開け、ハンコを押して受け取る。

林檎だから、かなり重たかったな。

実家の母の孫に対する愛情の重さかと思い、毎年ありがたく受け取っている林檎宅急便だった。

その時だった。

ふと、頭に閃いたことがあった。


コーヒーを一口飲み掛けていた光一は少しむせった。

犯人が、宅急便の配達人の格好をしていたら、と思ったのである。

自分を殺害する目的で現われた犯人を被害者はご苦労さんと言いながら、警戒もしないでドアを開け、玄関に招じ入れる。

配達物の伝票にハンコを押す。

ハンコを押す時には普通は配達人から視線をそらし、伝票のハンコが押されるべき場所にどうしても注意が行く。

その時、配達人を装った犯人に狙われたら、ひとたまりも無い。

隠していた麻酔剤で鼻を覆われ、思わず深く吸引し、意識が急激に混濁する。

ぐったりとなった殺害ターゲットを抱きかかえ、室内に運び、椅子に座らせた上でクラーレを注射する。

意識が無いまま、痙攣し、呼吸困難に陥り、ついには窒息死に至ったターゲットを残し、現場に意図的な仕掛けをしてから、持ってきた配達品を抱えて、部屋を出て行く。

そんなふうな殺害の構図が頭の中を駆け巡った。


光一は店を出て、携帯電話で正樹を呼び出した。

「ああ、正樹かい。実は思いついたんだが。井上さんの事件で、監視カメラに宅急便の配達人が映っていたと言ってたろう。犯人である可能性も考えられる。その配達人は配達品を持参してマンションに入ってきたと思うが、帰りもその配達品を持ち帰っていないかどうか、確認して欲しい。あと、その配達人が入ってから出てくるまでの時間を調べて欲しい。そう、そう。長過ぎるようであれば、ますます犯人である可能性が出てくる」

正樹は直ちに警視庁に行って調べて来るとのことだった。

電話一本で警視殿を自由に使う、というのは悪くないなと光一は電話を切った後でにんまりと微笑んだ。


「お父さんの言う通りでした。宅急便の配達人は夜十時五分にマンションに配達物と思しき品物を小脇に抱えて入り、十時二十分に同じものと思われる品物を抱えてマンションを出ています。確かに、十五分というのは異常に長い時間です。但し、残念なことに帽子をまぶかに被っていたため、人相までは確認出来ませんでした。身長は一メートル七十センチ位で、まあ、中肉中背といった体格をしています。ただ、動きから見て、若者のような感じがします。指紋含め、犯人の遺留品は何もありませんでした。明日から、第一の事件、大森さんの事件でも宅急便の配達人が目撃されていなかったかどうか、所轄の武蔵野警察署に連絡して調べて貰うこととします」

「大森さんのアパートには監視カメラは付いていないの?」

「残念ながら、付いていません。なにせ、老朽アパートで且つ社宅ですから、監視カメラ設置の必要性は感じていなかったんでしょう」

「社宅は、そうか、周りが全部同じ会社の人間ということで、顔見知りばかりだものな」


十月十五日(月曜日)、光一 ヒューストンでフィリップと再会する


光一は午後のコンチネンタル航空の便で成田国際空港を飛び立ち、同日夕刻ヒューストンのジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に着いた。

ホテルは空港傍にあるマリオットホテルに予約していた。

飛行機の中では毎回そうであるが、あまりよく眠れず、ホテルに着いた途端、睡魔に襲われた。

時差の関係で、アメリカに来る時は一日儲け、日本に帰る時は一日損をするか、と思いながら光一はチェックインをして部屋に荷物を放り込んだ後、ホテルのロビーの豪華な革張りの椅子に座って、フィリップを待った。


「オラ! 光一、久し振りだね」

フィリップが手を挙げて、近づいて来た。

光一もホテルのロビーのソファーから立ち上がって、三十年振りに会う旧友を笑顔で迎えた。

久し振りに握手をしたその手は少し小さくなったように感じた。

おそらく、フィリップもそう感じたことだろう。

しっかりと握手をして相手を見ている内に、涙がこみ上げてくるのを感じた。

年は取りたくないな、どうも涙もろくなっていけない。

フィリツプの目も少し潤んでいるように見えた。

「コーイチ。健康そうだな。安心した。毎年のクリスマスカードの遣り取りとか、メールで君の現況は知っているつもりだが、どうだい息子さんは、ばりばりやっているかい?」

「毎日、夜遅くまで働いているよ。彼は司法試験も合格しているので、司法研修を受ければ、弁護士にも検事にもなることが出来る。今は、警察官の方に興味は向いているけどね」

「時に、コーイチは会社を辞めて、今はハッピー・リタイアメントでのんびりと人生をエンジョイしているのかい?」

「ああ、そうでもなければ、こうしてここには居ないさ」

「なるほど。さて、と。とりあえず、用件を片付けておこうか」

フィリップは光一がメールで送ったあの奇妙な絵模様を鞄から取り出した。

「これは、間違いなく、マヤの絵文字だよ。二枚共、『死』を表す絵文字だ。ずばり、マヤの発音で『キミ』と読んでいる死の文字だよ。マヤの考え方では、死は肉体の世界から霊魂の世界へと移行する時であると捉えているんだ。そして、死ぬと人の霊魂は地下のシバルバという場所、怪物が棲み、邪悪な力が渦巻くという恐ろしい場所に行き、そこで修行をして、一種の清めを終えた後ではじめて、新たに地上に生まれ変わることが出来ると信じられていたんだ」

「やはり、そうか。思った通り、殺人予告の手紙だったんだな」

「人が殺されたのかい?」

「うん、未だ断定は出来ないが、予告された日に人が殺されたようなんだ」

「予告殺人か。合衆国でも聞いたことがない話だな。で、二件共、そうなのか?」

「そうらしい。で、僕は三件目がまた発生するかも知れないと思っている。未だ、三件目の殺人予告は無いが」

「これから、どうするんだい?」

「二件共、どうも共通事項がありそうに思えるんだ。それで、明日の便でメキシコに行く」

「メキシコのどこ?」

「メリダ」

「メリダ? ユカタン半島のあのメリダかい?」

「ユカタン・マヤの本拠地、メリダさ」

「今は十月だから、気候としてはまあまあいい季節になっているな。先月なら、蒸し暑くて大変だったぜ」

「行って、調べてみて、何も収穫が無かったら、思い出のグアナフアトにでも行ってくるかなぁ」

「羨ましいな。こっちは、六十歳だというのに、未だ中学校でスペイン語の先生をやっているというのに」

「その罪滅ぼしに、今夜はおごるよ。昔に帰って、飲み明かすかい」

「未だ、週の初めだよ。週末ならいざ知らず、今夜はほどほどに飲むことにしようぜ」


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