表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

8、大切

「…俺には十歳より前の記憶が一切存在しない…今まで気にもしなかったが、ルナは知っているんだろ?俺の過去を」


そう、セツナは十歳より前の記憶が存在しない。気が付けば化け物のような身体能力を手にして、戦場に送られた。その傍らにいたのはいつもルナだった。セツナが記憶を失った直後に目の前にいたのもルナだった。

初めて会ったルナはセツナにこう言った。


『ごめんね』


セツナは今までその言葉の意味を聞くことはなかったし聞く必要もないと考えていた。けれど今のセツナはそれが気になってしょうがなかった。


(いや、俺は聞かなかったんじゃない…逃げていたんだ…初めて会ったルナの悲しそうな顔を見て何も言えなかった…)


セツナはルナ…まだ名も知らぬ少女の辛そうな表情を見て胸がズキンと痛んだ感覚を今でも覚えていた。そんなルナを見てセツナは何も聞けず、ただ見つめることしか出来なかった。


セツナはその時、何かを失ったという感覚だった。


それから五年間、セツナはルナと共に戦場でひたすらに敵を殺し続けた。

何も考えず殺し続けた。

戦場で戦えば何も考えずに済む。

戦場で戦うことが自身の価値。

自然にセツナはそう考えるようになっていた。けれど本当はずっと自分が真実から逃げていると知っていた。ミライもルナも隠し事をしているとセツナはずっと知っていた。それを知ってもなお、セツナは逃げていた。


(俺は…怖かったのかもしれない。

あの時のルナの顔が忘れらなかった…

これ以上踏み込めば俺はまた何かを失うかもしれない…でも)


ハンバーグを食べて理解した感情、それがセツナを突き動かした。


「ルナ…俺はもう、逃げない」

『セツナ…』


懐かしい、とセツナは感じていた。

ハンバーグにではない、ルナの作ったハンバーグに、だ。セツナはこの味を知っている。そう感じたのだ。


『………』

「教えてくれ…俺に何があった…?」


バンッ


セツナがそう言うと、実験室の扉が開かれる。そして部屋に入ってきたのは…


「教えてやる、実験材料、ついてこい」


セツナの真実を知るもう一人の人物…ミライだった。


♢♢♢


セツナが連れてこられたのは異世界に繋がるゲートがある部屋だった。ゲートはとても巨大で二階建て一軒家もまるまる入りそうなサイズであった。

一般人はこれを通って異世界に行っている。セツナは五年前からこの部屋には近付くなと言われていた。


「覚えているか?実験材料、お前はここで五年前に記憶を失った」

「ここで…」

「私はお前に隠していたのではない、お前が聞くのを待っていたんだ」


セツナは部屋を見渡す。確かに五年前とは部屋の配置が変わっているがセツナには見覚えがあった。


「何故…隠していたんだ…?」

「五年前…記憶を失った直後のお前は空っぽだったからだ」

「空っぽ?」

「記憶を失ったと同時に記憶の中の感情を忘れたんだ。当時のお前は本当に無感情だったよ…」

『………』


ミライの話にルナは辛そうな顔をする。


「しかし感情は失ったんじゃない…忘れたんだ。思い出すことが出来る、それを信じて五年待った…本当に、本当に長かった…」


ミライはニヤリと誰にも気付かれないように笑い「これでセツナが帰ってくる」と小さく呟く、けれどセツナとルナにはその言葉は届かなかった。


「実験材料、失った記憶を取り戻したいのだろう?」

「…ああ」

「その為なら自身の何かを失っても構わないという覚悟はあるか?」

「? あぁ、あるが…」

「ルナちゃん、五年前の約束だ。果たしてもらうよ」

『………』

「五年前、記憶を失ったセツナを戻す方法を聞いた時、『代わりの大切があれば』と言ったね?」

『………』


セツナには二人が何を話しているのかまるで理解が出来なかった。


「実験材料、初めに言っておく。ルナちゃんはお前の使っているナイフの付喪神だと説明したが…あれは噓だ」

「…何故、そんな嘘をついた?」

「ふっ、少し前まで了解、の一言しか言わなかったお前がここまで成長するとはね…ハハハッ、実に面白い」


ミライは腹を抱えて笑う、そして笑い終えると「教えてやろう」とセツナを真っ直ぐに見て話す。


「嘘の理由から話すとしよう…まぁ話す事は少ないがね」

「………」

「それはな、真実を中途半端に話せば実験材料は異世界に関する資料で調べていずれ真相に辿り着くと思った。だから付喪神だと言った方が都合がよかったんだ」


しかし隠すことを止めた。それは真実をしるための準備がどこかで行なわれていたということだ。

セツナはいつそんな準備をしたのか理解できなかった。


「まずルナちゃんだがね…お前と契約をしている精霊だよ…元人間だがね。ククッ」

「契約?」

「異世界の技術だよ、精霊と人間が力を貸し合う約束の事さ。しかし契約するときに人間は【大切】を精霊に差し出さなければならない。力の強い精霊だとその分必要な代償は高い…」


契約の代償、その単語がセツナの頭の中を飛び交う。

セツナは契約する時に何を代償にしたか、そんなものは覚えていない。しかしここでこの話をする。それ自体がセツナを自然と真実へと導いていった。


「契約の代償は…俺の記憶?」

「フフッ、答え合わせが終わったところで、こんなことをわざわざ教えた理由を言っておかなければね」

『………』

「私は記憶を戻す方法を探して見つけた。それは契約者の【大切】を代償として捧げることで初めの代償が返ってくる…というものだった」

「…何が言いたい」

「実験材料の【大切】が当時は分からなかった。何故なら感情を忘れていたからね、そんな【物】に【大切】があるとは思えなかった。だから感情が戻るのを待った」

「それは理由になっていない」


セツナは不気味な笑みを浮かべるミライの話の意図が読めず、セツナは苛立ちを覚える。


「まぁ聞け。それで教えた理由だがね…」

「ああ」

「教えたところで今の貴様は消えることになるからだよ」

「…消え、る?」


ミライの突然の言葉にセツナは驚きを隠せず、聞き返す。


「ああそうだ、記憶を取り戻すための代償だがね、【この五年間の全ての記憶を代償にしてくれ】、そう言うんだ」

「何、を…」

「ルナちゃん、君だってセツナに会いたいだろう?」

『………私は』

「会いたくないわけがない、だってルナちゃんはセツナが大好きだったろう?ルナ姉ルナ姉って毎日のようにセツナはルナちゃんを頼っていたし…そうだろう?」

「姉…?」

「ああそうだ、セツナはルナちゃんの義理の弟で…私の息子だ」

「科学者が…俺の、母さん」「お前のじゃないっ!!」


セツナがミライを母さんと、言った瞬間ミライは怒声を上げる。


「私はお前を息子だと思ったことは一度もない!私の息子はセツナだけだ!いいか?お前はセツナの形をした化け物だ!」

「………」


セツナは何も言えず、ただ膝から崩れ落ち下を向いた。ミライからはセツナの表情は見えていない。


「ルナちゃん、早く契約の代償を変えるんだ。そうすればこの化け物は消えてセツナが帰ってくる」

『…出来ません』

「…なに?」

『私はセツナの了承無しに代償を変えることは出来ないし、変えられたとしても私は絶対にしません』


ミライからの命令にルナは背く。セツナにはその言葉が聞こえていないのか、ずっと下を向いている。


「何故だ?ルナちゃんはセツナに会いたくないのか?」

『セツナはずっと私達の傍にいますよ』


静かに答えるルナはミライを真っ直ぐに見て淡々とした口調で答える。

ルナの瞳には底知れない怒りが宿っていることはミライには分からなかった。


「違う!違う違う!こいつはセツナじゃない!セツナの皮を被った化け物なんだよ!でなければ戦場で何も考えずに人を殺すことなんて出来ない!」

『………セツナは戦場でどんな怪我を負っても泣くこともしないし、殺す事だけを考えます』

「そうだ!だからその化け物は」『でも!』


ミライの言葉をルナが遮る。


『セツナをそうさせたのはあなたです』

「何を言っている…!早くその化け物からセツナを救い出せ!」

『…セツナは初めて戦場に出た時、震えていました』

「っ!!」

『セツナには超速再生があります。受けた怪我も十数秒で治ります。ですが、痛みがなかった訳ではありません』


セツナは今こそ数メートル離れているところからの銃弾を避けるほどの反射神経を持っているが、初めは何度怪我をしたか数え切れない。

怪我をする度にルナが慰めていたのはまた別の話。


『お義母さんはセツナを見ようとしなかったから知らないのかもしれない。でもセツナは毎晩毛布も用意されていない硬いベットで泣いていたを私は知っています』


硬いベットを用意したのもミライであった。本来はセツナが記憶失う前のベットを使う予定だったがミライがそれを拒否したのだ。「化け物にセツナのベットは使わせない」と言って…

ルナは自分の部屋に来るように言ったが、セツナは「問題ない」と拒否をした。その時、セツナが明らかに無理をしていたのは分かっていた。倒れるのではないかと考えたが、セツナの身体能力がそうさせなかった。


『セツナはいつもお腹を空かせていました。サプリしか与えられておらず、軍の食事はお義母さんが食べるのを止めていたのを知ってるんですよ?』


「食事は人間のもの、だからお前は食べるな」とミライが言い聞かせていたのをルナは知っている。その時に『食べてもいいんだよ?』とルナは言っても「命令だから」と冷え切った声で返答したセツナの眼には光が宿っていなかった。


『初めは敵を倒す以前に、武器を見るだけで泣き顔になっていました

心が休まる場所が無くても身体の丈夫さが倒れさせてくれなかった

空腹感が絶えなくて戦場で人間の肉を食べて何度も吐いていました

それが今では…

人を殺すだけが生きる意味だと感じて

心が休まる場所を戦場に求めて

餓死出来ない身体だからと言って、魔力を高めるための触手生物だけを食べています』

「………」


ルナの言葉にミライは何も言えない。何故ならミライは記憶失ったセツナを今まで一度も見ようとはしなかったのだ。

見るのが辛くてずっと逃げていたのだ。


『セツナはずっと疲れていたんです。感情も思い出したんじゃなくて、溜まったストレスから生まれたものなんです。だから…そんな辛い思いをしたセツナが理不尽に消すなんてことは絶対にしません!』

「五月蠅い…五月蠅い五月蠅い!!」

『それとお義母さんの言う方法ではセツナの記憶は戻らないんです』

「五月蠅い!聞きたくない!」

『逃げるんですか!』


冷静を保っていたルナは声を荒げて言う。その声にミライはビクッと驚く。


『セツナは逃げない、と言いました。それがどんな事実だろうと…それなのにお義母さんは逃げるんですか?覚悟はあるかとセツナに聞いて自分は逃げるんですか?』

「………」


ミライが静かになるとルナは話し始めた。


『契約者の【大切】であるかは精霊の基準で決まります。あくまで精霊が決めるわけではなく、精霊の基準で決めるんです。私の基準で判断すると…この五年間の記憶は代償として認められません…』

「なっ、何故だ!」

『五年間でセツナは辛い思いばかりしてきました。辛い記憶が【大切】だと思いますか?』

「………」

『だけど…絶対に契約の代償として認められるセツナの【大切】があります』

「ほ、本当かい!」

『だから、そのためにお義母さんは一回部屋を出てください。セツナと話をします』


セツナは先ほどから下を見ている。ミライとルナの会話も聞こえていない様子だった。

ミライの言葉でこの状況になったため、大人しく部屋を退出するのであった。

ミライが部屋を出てルナはセツナの目の前に立つ。


『セツナ』

「………」


セツナはルナの呼ぶ声にピクッと反応するが、姿勢は変わらない。ルナの声は聞こえているようだが今は何も考えられない様子だった。

セツナが泣いた時、ルナはいつも抱きしめて優しく撫でた。だからルナはいつものように抱きしめてセツナの頭を撫で始めた。


『昔の話、しよっか』

「………」

『お姉ちゃんね、養子だったんだ。養子として取られた後にセツナが産まれたの、私は凄く舞い上がっちゃってね。理由なんかなくてただ弟が出来るって思うと凄く嬉しかったの』

「………」

『セツナは私をいつも頼ってくれてね、ルナ姉って言って歩いてくるの、それが堪らなく可愛くて』

「………」

『セツナが七歳の時に私はある事件に巻き込まれてね、そこから成長が止まっちゃったの。セツナの成長が見れないって思うと凄く辛かった…』

「………」

『でもお姉ちゃんね、すっごく嬉しかったんだ。目覚めたときにセツナが十歳になっててまたセツナの成長が見られるんだ…って』

「………」

『それと一緒にセツナは私との契約で記憶を失ってるのが分かったの、それで私がセツナの大切を奪っちゃったって思って泣いちゃったの』

「………それで、今度は何を奪うんだ…?」


黙っていたセツナが口を開く。そう、ルナだってセツナに記憶を取り戻してほしいのだ。そのためには【大切】を捧げなければいけない。


『フフッ、セツナがずっと言ってた言葉があってね』

「それは…?」

『僕は好きな人がいるから、その人のためにチューを取っておきたいってね……その後、頑張ってねって応援したら何故かテンション下がってたけど…』

「…まさか」

『…うん、セツナの【大切】な初めてをお姉ちゃんにくれないかな…?』

「………」

『………』


その日、セツナは記憶を取り戻した。失った大切は本来は全く価値のないものだった。けれど二人にはとても価値のあるものだった、しかしその大切を失っても新しい大切を置いていった…

抜けていた記憶の中にずっと眠っていた感情…愛という、大切を置いていった…

ブクマ、評価等、励みになります。

次回は過去編

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ