7、ハンバーグ
『今日は―――のハンバーグ食べたい!』
『ふっふっふ!お姉ちゃんに任せなさい!』
『わーい、―――ありがとう!』
(行かないでくれ)
『僕ね、―――のこと大好きだよ!』
(行かないでくれ…)
『お姉ちゃんもね…お姉ちゃんも、―――が大好きだから!』
(俺を…一人にしないでくれ!)
♢♢♢
「………」
セツナは目を覚ますといつもの研究所の天井がそこにはあった。昨日上司に報告した後に自分の寝床に戻ってすぐに就寝したことを思い出し、先ほどの声が夢だと認識する。そしてすぐに起き上がり着替えるとルナが部屋に入ってくる。
『あ!セツナおはよう!』
ルナはセツナが起きたことに気付くと挨拶をする。それにセツナが普段は応えることはない。それを知っておきながらルナは毎朝セツナが返事をしてくれると信じてその言葉を繰り返すのであった。
「…あぁ」
この日、セツナは返事をした。何故かは分からない。
(何故だ…?何故ルナを見ると俺はこんなに息が詰まるんだ?)
『セツナが返事を…嬉しいよ!セツナ~』
(これは…恐れている?俺は何に恐れているんだ?)
セツナはそれと同じ感情をどこかで感じていた。それはセツナが先ほど見ていた夢だった。何の会話かはセツナには分からなかったが一つ分かることがあった。
それは…
「ルナ…」
『ん?セツナ…?』
「俺と…ずっと、一緒にいてくれないか…?」
いつか目の前の人が離れてしまうのではないかという不安だった。何故そんな感情が芽生えたかはセツナには理解できなかった。
『………』
ルナは突然黙り込む、そのことにセツナは不安を覚えたのか恐る恐るルナの表情を伺う。
ルナは子供を可愛がる親のように優しい笑顔を見せていた。
『セツナは本当に甘えん坊さんだねっ』
ルナはそういうと背伸びしながら手を伸ばしてセツナの頭を優しく撫でる。
『よしよし、セツナが初めて挨拶してくれた記念に何かしてあげよう!何をしてほしい?』
「戦じょ…」
セツナは戦場と言いかけたところで上司の言葉を思い出す。戦場には行ってはいけないと命令がセツナには入っているのだ。
ミライにも上司は説得を行い、この二日間はセツナに休日を与えることが決定した。
「………」
普段から休日にも戦場に足を運んでいたセツナは休日の過ごし方がまるで分っていなかった。
どうすれば休日になるのか、どうすれば休んだことになるのか。戦場で人を殺しながら育ったセツナにはそれが理解できなかった。
『私はね、料理が得意だから何か作ってってお願いでもいいんだよ!』
「………りょう、り」
セツナの食事は奇声を発する謎の触手生物、一日三体よく噛んで食べている。セツナは味など気にしないがミライが兵士の一人に食べさせたところ、一瞬で吐き出した。
その兵士の感想は「噛み切れないし、臭い、味、噛むと出る変な汁、全てが吐き気を催します」だった。
セツナはその気さえあれば戦場に転がってる死体さえ食べる。それだけ味など気にしないのだ。
それ故、料理を知らない、今まで食べてきたのはサプリと触手の変なのだけなので料理とは何かすら分からない。
けれど一つだけ…形も味も何も分からないがセツナには頼みたいものがあった。
「は…」
『は?』
「はんばーぐ、が…食べたい」
そう、それはセツナが夢で聞いた料理の名だ。聞いたことのないその料理の名前はセツナは何故か懐かしく感じていた。
『よろしい!私に任せなさい!』
ルナはそういうと部屋を出てどこかに向かった。セツナはどこに行くのかが気になり着いていく。ルナが向かった場所は【第三実験室】と書いてある部屋だった。
第三実験室はまず使われることはない。ミライが普段いる場所は第一実験室だ、そこにセツナが行く時は呼び出された時と報告の時ぐらいだった。
第二実験室はセツナが待機していろと言われる場所、と言っても戦場にいる時間が長いのでいることは少ない。置いてあるものは必要最低限の生活品とナイフのみ。
もはや実験室はセツナにとっては寝る場所となっていた。
『さっ、入って入ってー』
ルナに押されて部屋に入るとそこには…
「ここは…実験室であっているんだよな」
ピンク色のカーペットの上には透明の丸テーブル、セツナが使っている硬いベットとは違い一般家庭にありそうな普通のベット、ベットの上には何個かのぬいぐるみが置いてある。セツナの使っている第二実験室のコンクリート壁と同じだが、第三実験室には壁紙もしっかり貼ってあり、【女の子の部屋】という雰囲気を出していた。
『そこら辺に座ってて、すぐに作るからね!トイレは向こうだから、DVDは見てていいよ!あ、クローゼットは覗かないでね!』
「あぁ…」
セツナは何故軍の研究所の第三実験室にキッチンやトイレ、クローゼットにテレビ、更には洗濯機と風呂があるのか気になってしょうがなかったが、聞いてもセツナの生活に必要とは思えなかったため聞かなかった。
ルナはピンク色のエプロンを着て、髪をゴムでまとめポニーテールになる。キッチンには背が届かないためか小さな台が置いてある。
「…テレビでも付けるか」
セツナはテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。テレビはもう何もやっていないため、DVDを入れて再生する。初めのDVDには【お父さんの】と書かれている。
『俺が戦場から帰ったら…結婚してくれ!』
『死亡フラグ乙』
『そ、それは…結婚してくれるってことかい?』
『生理的に無理です』
『ジョセフィーヌ…結婚の約束のために…俺は帰ってくるよ!』
『…私の名前…ユリアなんだけど』
『愛してるよ…ジョセフィーヌ…』
『というかさ…』
『ん?』
『お前誰?』
ピッ
セツナには面白いというものが分からず無言で電源を切った。そしてDVDを取り出し別の物に変える。
次に入れたDVDには【お母さんの】と書いてあった。
『お母さんは…僕が嫌いなの?』
『子を愛せない親がいる訳ないでしょう…』
『………』
『大好きよ…』
ピッ
セツナは母親が誰かすら分からないので無言で電源を切った。そしてDVDを取り出し別の物に変える。
次に入れたDVDには【ステラの】と書いてあった。
『助けてー!』
『フハハハハハ!人間をひき肉にするのは楽しいなぁ』
『うわー!私の息子がー!』
『母さん!きっと魔法少女きらりんが助けてくれるよ!』
『そうね!きっと…』
『うるせぇ(ぶちっ)』
『きゃあああああああ!!』
『そこまでよ!』
『遅いわよ!』
『お!お前は魔法少女きらりん!』
『怪人ダークネス・ブラッティロード・アヴソリュート・デスホール!あなたの好きにはさせない!』
ピッ
セツナは遅すぎる主役の登場に苛立ちを感じ無言で電源を切った。そしてDVDを取り出し別の物に変える。
次に入れたDVDには【私の】と書いてあった。
『助けて…誰か…』
『はっ!誰が助けに来るというのだ!』
『…クルス…』
『クルス?あぁ、あのガキか。あのガキは別の部屋で俺の部下が拷問してるぜ?何でも弟らしいじゃねぇか。お前を人質に取ってるって言ったら簡単に捕まったぜ?』
『クルスには手を出さないで!』
『へっ、感動できる兄弟愛だねぇ。でもあのガキはもう死んで『勝手に殺さないでくれるかな』』
『ク、クルス!』
『なんだと!?』
それは子供向けのアニメだった。けれどセツナはそのアニメを消すに消せなかった。
あと少し、あと少しと見ている間にセツナはジッとそのアニメを見ていた。
『セツナ~、ハンバーグできたよ~』
「できたのか」
ルナはハンバーグを持ってきた。セツナはテーブルに置かれたハンバーグを見て「これが…料理」と呟く。
『はいはい、セツナも手を合わせて~』
ルナの手を合わせる動作をセツナは真似する。
『いただきま~す』
「いただきます…」
セツナは一口、ハンバーグを口に入れる。そして口の中に広がる感覚にセツナは「おい、しい…」と不意に呟く。
「美味しい…美味しいよ…」
セツナが繰り返しそういうと、ルナはいつものように子供のようにはしゃぎながら喜び…はしなかった。
『……そっか』
「ルナ、何故泣いている…?」
『えっ?』
ルナは…セツナを見ながら泣いていた。その目はセツナには見覚えがあった。
『ごめんね…私、嬉しくって…』
「それは…料理を褒められたからか?」
『え?う、うん』「いいや、違う」
セツナはルナの言葉を遮るように否定する。
「ルナ、その目は違う」
『違う…?』
「俺にもよく分からない…けど何故か知ってるんだ。その目は…消えてしまった人と会えた時にする目だ」
『っ!』
ルナは図星を突かれたような顔をする。セツナは知っていた、その目をしていた人間を見たことがあった。覚えていないけれど知っている。セツナの中にはそんな言葉が渦巻いていた。
「…俺には十歳より前の記憶が一切存在しない…今まで気にもしなかったが、ルナは知っているんだろ?俺の過去を」
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