5、異世界へ
「今…何と言った?」
「言葉通りさ、うちの実験材料を異世界に向かわせるから手配しろと言ってるんだ」
その部屋には普段セツナが報告をしている上司とミライが話をしていた。話は実験材料―――セツナを異世界に向わせろというものだった。
しかし上司はそれを簡単に了承することは出来なかった。
「突然部屋に来たと思ったら何を言い出すんだ?」
「なぁに、異世界に少し興味を持ってね。兵士一人に休暇を与えるぐらい楽なことだろ?」
「…ミライ博士、セツナ君はもう兵士一人の価値ではないのだよ。彼がいなければここまで日本は生き残れなかっただろう。今だってそうだ、彼は東京エリアに入った敵兵を全て殺すことを日課にしている。数日でも離れれば敵兵がここに侵入だってする可能性がある、彼は日本の最後の砦なのだ」
セツナは十歳の頃から血生臭い戦場に送り出され、それから五年間は毎日殺すという作業を繰り返している。セツナが一人で殺した敵兵の数は定かではない。
帰って来ても傷一つなく、今では近距離射撃も避けることが出来る。言ってしまえば勝てる人間がいないのだ、それに勝った人間がいた場合、日本は落ちる。それを上司はしっかり理解しており、最後の砦と言ったのだった。
「十五歳の子供を最後の砦、ねぇ…フフフッ」
ミライの言葉に上司は何も返すことが出来ない。上司が言っていることは正しくとも、十五歳の子供なのだ、そんな子供に重大な責務を負わせるのは上司も罪悪感があった。
「五年間の間で実験材料は一度だって休暇を取っていない。少しぐらいの休暇は与えてもいいんじゃないかい?それに…」
「………」
「あの子は兵士じゃないだろう?」
そう、上司はそのことを知っていたから何も言い返せなかったのだ。セツナは正式な兵士じゃない。それどころか一般人だ。
では、何故そんな子供が戦場にいるのか?それは―――
「私は五年前『うちの実験材料を貸してやる』と言ったんだ。レンタル期間は終わったんだよ」
「……本当にそれだけですか?」
「…なに?」
「ミライ博士は何か隠してるのでしょう?例えば…五年前の事件とか」
「何のことだろうね?セツナは死んだんだ、死んだ人間のことなんてどうでもいいじゃないか」
「セツナ君は…いや、これはタブーだったな」
上司は「セツナ君は死んでいない」と言いかけて止める、以前ミライにこの言葉を言った時には上司は殺されかけた過去がある。
上司自身、五年前に何か事件があったことは知っている。けれど詳細は謎に包まれていた。
唯一知っているのはセツナと言う当時十歳の子供が関わっていること。
直接聞きだすことは出来ず、会う度に「事件」と言う言葉で探りを入れている。
「セツナが…戻ってくるかもしれないんだ」
普段から感情が読めないミライの手は強く握りしめられ身体を小刻みに震えさせていた。色々な人間を見てきた上司はミライだけの感情は今まで読めずにいたが、その時のミライからは何か強い意志が感じられた。
「……分かった、ミライ博士には負けました。けれど今すぐという訳にはいきません。こちらにも色々手続きがあるのでな」
「わかった、いつぐらいになりそうだ」
「…せめて一週間は待ってくれれば」
「十分だ」
そういうと、ミライは部屋から出た。一人残った上司は「セツナが戻ってくる」という言葉に形容しがたい何かを心に抱える。
「…ミライ博士は何をするつもりなんだ」
誰もいない部屋にそんな言葉が響いた。
♢♢♢
「実験材料、一週間後に異世界に行くぞ」
「了解だ」
『何でいきなり異世界なんですか?』
セツナに用意されている部屋にミライはいつものようにノックせずに入り用件だけを言う。セツナの部屋は酷く殺風景で家具が簡易ベットと替えの戦闘服二着が入っている段ボールのみだ。
「異世界に興味がわいた、それだけさ」
ミライはルナの問いを簡潔に答えると、部屋をすぐに出ていった。しかしセツナはその答えが長年の付き合いから嘘だとは薄々気付いていた、けれどセツナはその答えに口出す権利はない。言ったところでどうしようもないからだ。
『異世界かぁ~、楽しみだね!』
「………………そうだな」
『!!』
セツナのいつもとは違う言葉にルナは驚きを隠せていない。
『セツナが…いつもみたいにそうか、じゃなくてそうだなって…』
「侮辱しているのか?」
セツナは馬鹿にされたと感じ不機嫌そうにルナを見る。するとルナは手で自分の口を抑えて潤んだ目でセツナをみていた。
『セツナ…成長したんだね…私嬉しいよ!』
本気で喜んでいる姿を見てセツナはルナが冗談抜きで本当に嬉しいのだと悟る。それと同時にどこか小馬鹿にされていると思うところもあり複雑な気持ちになる。
『よーし、じゃあ異世界に何持っていく?』
「俺はお前がいればそれでいい」
『…ん?セツナ、今なんて?』
「俺はお前がいればそれでいい、と言った」
セツナの所持品は黒いナイフただ一つ、そしてセツナはルナの事は黒いナイフの付喪神だと【思い込んでいる】のだ。
この時、セツナは「ナイフがあればそれでいい」と言ったつもりでもあるのだ。
けれどルナはセツナが自分をナイフだと思っているのを知らない。
『セ、セツナ!?そんなプロポーズみたいな事いきなり言われても…まだ、心の準備がね?あ!別にセツナが嫌いとかそんなんじゃなくてね!むしろ大好き…』
「落ち着け」
ルナが暴走しており、セツナの声に気付いていないようだ。言っていることが誰かに聞かれたら更に面倒なことになるとセツナは考えてルナをジト目で見る。
「………」
『わ、私もね!セツナがいればそれで十分だから!それでね!』
トンっ
面倒くさくなったセツナが暴走したルナの頭を軽く叩く。それほど力も籠っていないがルナを正気に戻すには十分すぎるほどの威力だった。
『痛い!なんで叩くの!』
「いいから落ち着け」
『う、うん…』
「俺は何を持っていけばいいか分からない、ルナに準備を任せたい」
『わ、わかった!任せて!』
そうルナが元気よく返事をすると、セツナの手を引っ張る。セツナはもちろん動かない、それは行く理由がないからだ。
準備を手伝えることなどない、準備するだけならばそれほど重いものは無いはずなのでセツナが持つ必要はない。
「…?」
セツナは不思議そうな顔をして、俺は必要ないだろう?と言おうとする…が。
『私が教えてあげるから一緒に準備しよっ!』
セツナはルナに全て任せる気だったのだが、ルナの今まで見せたことのないような嬉しそうな顔を見るとセツナはいつものように拒否することが出来なかった。
♢♢♢
「あと、少しなんだ。セツナ、絶対に戻して見せるから…」
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